第5話 ポイント(チュートリアル)



 悲報、幼女相手に負ける。


 大人が幼女にケンカを売ってる時点で、すでに社会悪として裁かれるべきレベルの大敗なんじゃないか?


 というまっとうな感性は捨ておくとして、俺の異世界での無差別級第一戦は見かけから戦闘能力を判断してはいけないという教訓を得る痛い敗戦となった。

 ひたすらにステータス差と異世界特有の謎チカラによって、浦島が浜辺を通らない世界線の亀みたいなボロ雑巾にされただけなので描写は省くことにする。

 

 おおよそ何があったかは「常識は捨てろ、ここは異世界だ」で通じる人には通じるだろう。


「は〜、負けだ負けだ。やってられるか」


 異世界モノへの理解は深いつもりだったが、まだまだ常識にとらわれてしまっていたらしい。

 レベル99の冒険者ひとりと作業員複数人のトロッコ問題、正解は冒険者にトロッコを破壊してもらうが模範解答になります。

 異世界では常識に囚われてはいけないのですね!

 

「ううん、キミは強かったよ。とくに『こっから先は10割だ』なんて言われた時はイタさのあまり悲鳴が出そうになったくらいにねぇ」


「け、決着後の死体蹴りはマナー違反だぞ……」


「敗者をからかうのが勝者の務めともいう。言わない?」


「俺が勝った場合だけは言う」


「自由なヤツだねキミは……」

 

 そこら辺に適当に寝転がっていた俺に、見下ろし顔の神様から追撃をあびる。

 ころころとおかしそうに笑う神様の様子からは勝負前までにあった険悪さ、なにより俺への遠慮が消え去っているように感じられた。

 

 俺も俺で、きっちりと敗北宣言をしたことで力が及ばないことを認め、素直にその強さを称賛した。

 こうして白黒はっきりつけた間柄というのは、先ほどまで真剣にいがみあっていたとは思えないほどに穏やかになり、間を吹き抜ける風さえ清々しい。

 一杯酒でも飲みたい気分だが、コイツに杯を勧めるのはまあ……うん、やめておくべきだな。

 

「でも……キミ、そういえばあれを言ってすぐに降参してたよね。なにが10割になってたの?」


「それはな、選択肢だよ。例えばたたかうコマンド入力後に選べるのは話すとかアイテムとか除いた、全体の4割くらいまで減るだろう?」


 相手を倒すことが目的じゃないのに真っ向勝負をするというのは、他の手段で目的を達成する手段・・を制限するってことだ。

 

「本気ってのは目的のために手段を選ばなくなるってことだ、と俺は思う」


「目的ねぇ。つまりボクに謝って許してもらうのが目的ってこと? なら最初から謝れば負かされることだってなかったかもしれないのに」


「それはあれだ。筋を通したかったんだよ。悪いことしたら謝るってのは小学校で教えてもらえるが、責任の取り方は大人になるまで誰も教えてくれない」


 だから身近な大人を見て学ぶことになる。

 ひたすら謝るのか、金で誠意を見せるのか、そもそも責任を取ることから逃げるのか。


「相手の気がすむまで殴られてやるのが俺なりの責任の取り方なんだ。正しいかは知らないが……オマエは気持ちよく暴れられたか?」


「……ふーん。やたらと挑発してきたのはそういう意味だったんだね。いいよ、ボクを騙したことについてはゆるすと約束しよう」


 異世界向きの責任の取り方だね、とほめてるのか貶してるのかわからん口調で付け加えられる。

 

「悪かったな、チョロ神なんて言って。それで神様……ってのは秘密にしたいんだっけか?」


「神様のままでいいよ。この世界の住人はよっぽどのことがないとボクを神様だとわからない仕組みになってるから。キミに神様なんて呼ばれた程度ならバレない……名前もないしね」


 連れ回してる幼女を神様と呼んでるおっさん。

 

 ……………………。

 (俺の評判は)大丈夫か?

 

「あっそう。なら改めてよろしくな神様。俺のことはエスツーとでも呼んでくれ」

 

「よろしくね悟(エスツーは無理があるよ)」


「ああ、ほどほどにな(あだ名で呼ばせるには親密度が足りなかったか?)」


 立ち上がって身体をほぐし、この先のことについて考えを巡らせる。

 冷静に思い出せば現在の俺は文なし宿なし力なし、起こすべきは負けイベなどではなく冒険者登録イベだとなろう読者が口をそろえる状況である。

 盗賊に襲われている商隊とエンカウントするまで街道を歩け派もいるだろうが、あれは初期チートが戦闘向けの場合にかぎるからな。


「さて、と。それじゃ街でも目指して出発するか。どの方角に進めば吉とかお告げでもしてくれよ」


 あいにくと東西南北に見渡すかぎり道がない。

 あてどなく歩いても異世界転生者補正的な、なにか世界意思の忖度が作用してたどりつけそうな気もするが、隣にいる神様からマップを聞いた方が利口だろうと。

 

「いや、その前にキミにはモンスターを倒してもらう。王様命令ならぬ神様命令だよ」


「そこはお告げじゃないのかよ」


 しかし神様、意外にもこれを拒否。

 おまけにとんでもねえことを言い出しやがったので、俺はといえば苦笑いである。

 仮に「スライムがザコとか何言ってんだ? 物理無効の強敵だぞ!」の方ではなく、一般通過ザコモンスター的な立ち位置にあるスライム相手であっても素手では倒せる自信がない。

 てかそれ以前に素手でさわりたくはないな、ブヨブヨしてそうでばっちぃ。

 

「……一番いい武器とは言わないけどな。なんか剣とかナイフとか手に入ってからじゃダメなのか?」


「それがねぇ。これから始めるチュートリアルは、キミにとってもそうだが、ボクのためにも今日こなしてもらいたいんだよ」


「チュートリアルだって? そりゃまた、気の利いた話で」


 チュートリアルはすべてにおいて優先して行われるべきだからな。

 ……ところでなんのチュートリアルだ?


「チュートリアルはチュートリアル、転生者限定の強化要素『ポイント』のチュートリアルだ」

 

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