第6話 レベルアップ【1to2】

 森。


 やたらと子どもを豊かな自然に放り込みたがる教育現場に従事している者でなければ、日本ではそうそう縁のない勾配の目立たない森だ。

 なんでもモンスターを倒すというのがチュートリアルクリア条件らしいので、目の前のくぼみに貯まった水を飲みにくるモンスターを狙って待ち伏せていた。


 かれこれ一時間。

 茂みに中腰になって身を隠し、脱いだ上着を両手に構えるおっさんが泉の番をしていた。

 俺は何をやってるんだろうか。

 異世界にチートありで鳴り物入りの転生を果たしておきながら、冒険者ギルドにもダンジョンにも奴隷商にも向かわずに何をやってるんだろうか。


 と、思考の迷路をさまよっていたのがいい具合に気配を隠す秘訣につながっていたのか、ふいに獲物が無警戒に俺の前を横切ろうとしていた。


「おおお!」


 バッと飛び出して飛びかかる。

 その小さな獲物はいっきに逃げ去ることはなく、小刻みにステップでかわそうとしていたようだが、上から上着をかぶせることで難なく捕獲に成功。

 

 捕まえたモンスターはウサギの見てくれをしている。

 違いといえば額から人の指程度の角が生えているくらいで、モンスターの一般的なイメージからくる凶暴で人に害があるような様子には見えなかった。

 

 神様が言うに、この一角兎というモンスターはただの獣との判別がしやすくて人より弱い、初心者でも安心して倒せるモンスターと聞いていたが……。

 くいっと巾着のようにまとめ、吊り上げた上着の中でもがく一角兎。

 鳴き声は先の短さを獣ながらに感じ取ってしまったのか嘆きの色に満ちていた。


「きゅぴぃ! きゅいぃん!」


 これ、素手でいくの?

 剣とかあればスパッといけるけどさ、これ素手でいくのか?

 いやぁ、グダグダやってもしょうがねえからやるけどさ……初心者向けならもっと気兼ねなくやれるビジュアルにしてくれよな……。


 と、躊躇してたのがよくなかった。


「いっ、しまっ――ぐはぁ!?」


 案外鋭かったらしい角が上着を裂いて、そのの隙間からするりと一角兎が脱出してしまう。

 しなやかな動きで着地。

 そのまま脱兎の勢いで森の奥に逃げ去ってしまうのなら、それはそれで……。

 そんな逡巡をしていたところ、跳ねた兎の後ろ足が俺の腹に突き刺さり、衝撃に激しくせき込んだ。


 ――ヤロウ反撃してきやがった。


「お、おとなしく森に帰っておけば見逃したものを……!」


 執拗に浴びせ蹴りを仕掛けてくる一角兎に反撃をあてること三度、小さなアゴにこぶしが入るとヤツは大の字になって倒れ伏した。

 ……小動物の死に様じゃねえぞ。


「また見た目で油断しちまったよクソ……神様! おい、言われた通りにモンスターを倒したぞ」


 神様は何をしていたかといえば休憩中であった。

 異世界でも電波を受信しているらしいゲーム機で、木の幹に近い根っこにぺたんと座りながらソシャゲのログイン巡りをしていた神様。

 閉じかけるまぶたをぐしぐしとこすりながらゲーム機にかじりつくこの姿を見て、俺は本当にコイツを神様と呼んでいいのだろうかと悩みそうになった。


「ぅん、それじゃステータス見せて……」


 木漏れ日と森林浴の合わせ技で睡魔ゲージはかなりギリギリの位置にありそうだ。

 重たそうなまぶたでふらふらと立ち上がった神様が危ない足取りで寄ってくる。

 

「そろそろ説明をだな……ま、いいか。【ステータス】と、出したぞ」


 強いことは強いんだ。

 今回みたいなザコモンスター相手ならともかく、強敵相手ならばちゃんと役立ってくれるだろう。


 ……最悪盾や囮として活用してやる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


  

   里崎 悟

 

Lv.2 ← 1UP!

 

筋力:G(69) ← 6UP!

耐久:G(57) ← 5UP!

魔力:H(4)  ← 1UP!

器用:G(98) ← 9UP!

敏捷:G(58) ← 4UP!

 

スキル

家事:G


アビリティ

《獲得EXP増加傾向》


【現在の保有ポイントは503です。使用しますか?】

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 低いだけあってか、モンスター一匹討伐でレベルが上がったらしい。

 それから予想はついていたが、既に引いているためSSRアビリティガチャはステータスから消滅している。

 

 他にざっと目にした限りではステータスのノビにかなりのばらつきがあるのが目立つ……特に成長著しい器用と最低値近い魔力の差が顕著である。

 仮にこの成長率のままだと、高レベルになった時かなり凸凹でこぼこしたバランスになりそうだ。

 

「あれだな、すごい脳筋型だ。器用さ活かせる生産職とかのが適性ありそうだな……」


 隣では神様が俺の肩をつかんで背伸びしながらステータスをのぞき込もうとしている。

 神様なら浮遊とかできないんだろうか。

 まあいい、少し屈んでやると見やすそうになった。


「んー、魔力は生まれつきの才能だからね。現地人に生まれ変わる方の転生ならまだしも、肉体そのまま転移するとどうしてもねぇ……」


「へえ、そういうのもあったのか。けど俺は元の肉体のまま転生させてくれて感謝してるぜ。なんせ俺の運命力でまた赤ん坊からやり直しとか、次は大人になれるか怪しいレベルだからな」


「ちゃんと普通の親のところに送るよ……いや、キミならそれでも死にかけそうだね。それと魔力のことだけど、これから説明するポイントの使い方次第で魔法使いになれないことはないよ」


 ほうと頷く。

 となると、ポイントってのはステータス強化に回せる独立リソースってことだろうか。

  

「と、そのポイントってのがステータスの最後にあるが前はなかったな。これをどう使うかってのをそろそろ聞かせてくれよ」


 素手の現代人に狩りの真似事をさせるくらいだ。

 今後の異世界生活を送る上で重要な、早い段階から意識しておくべきようなことなのだろう。

 神様は思案げに眉根を寄せ、ぽつぽつと慎重に、言葉を選びながら話し始めた。


「もうこの異世界に転生させたのがキミひとりじゃないのは気づいてるよね?」


「初耳だ」


「そう、いるんだよ。それでこの世界の運営を始めたばかりの頃って、やっぱり力を持ちすぎた転生者が人間相手に暴れたり、かと思えば何もせずに平和に生活したり、とにかくモンスターを倒してくれなくなったんだ」


 なんとも容易に想像できそうな話ではあるが、だからこそ防ぐのも難しいということか。

 しかしペラペラ話してやがるが、これ情報漏洩とかにあたらないんだろうか。


「まあボクはそれもありだと思ったけど、神の選んだ人間が堕落するのはよくないって意見が天界から出たんだ。それで『どんな人間でも継続してモンスターを討伐したくなる理由付け』が行われた」


「……ああ、なんとなく読めた」


 人間の欲ってのは底知れない。

 さも現状に満足してそうな顔のヤツも、ひと皮むけば何かくすぶった欲望の熱を抱えてるものだ。

 

「だいたいわかるよね。ポイントはモンスターを倒せば手に入る。莫大なポイントの景品には不老不死や若帰りの霊薬、惚れ薬なんてものがあるんだ。飽くなき欲望に駆られて、転生者は戦い続けるって仕組みさ」


 

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