第2話 ご注文はチートですか?
ファンと公言した作品を秒で駄作と貶してきた性悪な幼女を前にして俺はフリーズした。
クソ野郎を自負する俺は相手が幼女だからといって手加減する優しさなど持ち合わせていない。
脊髄反射で「いい度胸だなクソガキが」と吐き捨てかけたが、幸運なことに理性の働きによって喉が痙攣して声にはならなかった。
さすがに相手が悪すぎる。
なりを見て喧嘩を売るような賢しげなど俺には皆無だが、転生先を左右できる神様に乱暴を働くのがバッドエンド直行であるのは容易に理解できた。
「……ははは」
言葉を呑み込んで愛想笑いで濁す。
地獄のような空気だが角が立たないように、白でも黒でもない灰色の態度でやり過ごすことにしたのだ。
しかし得意げな顔で続けざまに批判してくる姿にひくり、頬が自然と引き攣った。
「あれ楽しみにしてたんだけどねぇ。作者はアニメがこけたからやる気なくなっちゃったのかな?」
……俺がいつまでも優しい大人だと思ってたら大間違いだぞ……。
保護者を呼べ。
ムチを用意しろ。
クソガキへの躾け方を教えてやる。
「……どうでしょうかね、俺は今も楽しく読ませてもらってるんで、ちょっとよくわからないな」
グギギギ、と歯を鳴らしながら必死にこらえる。
絞り出した声音が低く唸るようなものになっていたが、気にした風もなく神様は調子を崩さない。
「ふーん。ま、ボクは一部で人気だったキャラをあんなに退場させちゃったら苦しいんじゃないかなって
「ぷっ……」
限界水域を越えた怒りの氾濫。
ぐいっと口の端を持ち上げて嘲った。
偉そうなことを言っていたがやはりクソガキ、何も分かっていなかった……。
どれくらい分かっていないかと言うと、リアル寄り格闘漫画の最強議論で、急に「クリリンの方が強い」とか言い出すヤツくらい分かってない。
確かに魅力的なキャラクターの死亡、有能アシスタント独立による作画レベルの低下、アプリ移行による隔週連載ふくめて二部が一部に及ぶ点は多くない。
……………………。
それはそれだ。
とにかくコイツは分かってないのが分かってない。
――要するにオタクというものは、自分の好きなものを貶されるとブチ切れる習性があるのであった。
「……なにかな、癇にさわる笑い方だな。もしかしてボクの忠実な下僕とやらをやめちゃったのかな?」
「そんなこと言ったっけか? 刹那で忘れちゃったなそんな嘘は」
気分を害した風な神様に不敵な笑みで返す。
そもそも慣れないことをしたのが間違いだった。
脅されたからといって下手に出るのも、本性を隠していい子ぶるのも俺にはとても耐えられない。
生きてた頃からお天道様に舌を出して生きてきたようなヤツが死んだからと性根が変わるはずもない。
「てか俺が選ばれた訳もわからんな。それなりに荒事慣れはしてるがそれだけだろ。狙いはなんだ? 狙いを言え、それ次第では転生されてやっても構わんぞ」
猫をかぶる気の失せた俺は絶好調だ。
無言で虫にされるのも覚悟の上の狼藉だが、神様は怯んだ表情でスッと目線を横に逸らした。
怯え……というか、これはアレだ。
悪さをしたガキがそれを隠そうとしてる時の反応そっくりだった。
「……条件があるんだよ。能力とか道徳観とか適応力とか、死んでから誰にどう供養を受けたか、他にも面倒な条件があって……キミはたまたまちょうどいいんだ」
説明があやふやだ。
顔を寄せれば、さらにスゥーっと視線が遠泳。
もしかしてアレか?
テンプレ的によくあるアレなのか?
「なんか歯切れ悪いな……? まさかオマエ、手違いで俺のこと殺しちゃったからそのお詫び、なんて言い出すつもりじゃないだろうな? ありがちだが」
ありがちというのは神様がうっかり殺してしまった主人公にお詫びとして異世界に転生させるといった、なろう系でよく見られる導入のことであり、現実でこんなうっかり神様がいるとは信じがたい気分だ。
だがどうにも反応がそれっぽい。
よくよく考えれば、悪運の強かった自分が事故にあっさり巻き込まれてお陀仏とは釈然としない。
もし事実であれば幼女であろうと関係ない。
『うっ(命)
「い、いや、ボクにやましいことはない。だ、だいたい知ったとして何する気? 何もできないでしょ? じゃあもういいでしょ、終わりだよこの話は」
逃れるように背を向けた神様。
その首根っこをつかんで力ずくでこちらに向け直して眉間を合わせる。
傍目に俺はヤンキーだった。
不敬も何もあったものではなかった。
神罰不可避の狼藉である。
「吐け。ほら、言ってみろ。言えるもんならな」
強まり続ける圧力に行き場を無くしたのか、ぐるぐると回していた目がカッと見開かれ、神様は口角に泡を飛ばす勢いでたたみかけてきた。
「ぐ、ぐ…………じゃあもう言うけどなぁ! ボクは殺してなくてキミはふっつーー……っに死んだよ!」
「お、おう……?」
見た目は幼女だというのにあまりに勇ましい啖呵。
むしろ詰めていたこちらがたじろぐほどだ。
そして俺は特になんの謂れもなく、日常的に起こり得る程度の不運で命を落としたらしい。
まさかこの剣幕でデタラメを吐けるとは思えない。
俺はすんなりと信じた。
「それと確かに異世界行きたがるヤツはいくらでもいるよ! けどそんなヤツも精神的に成長したり新しく所帯持ったら元の世界の家族ともう一度会いたいとか、そんな面倒くさいこと抜かし始めるんだよ! それすらないぼっちがオマエなんだよ! 後腐れなくて助かるよコッチは! 遠慮なく異世界に送り込めるよ! でもなんだよ肉親への感情値が双方向からプラスでもマイナスでもなくゼロって! 憎んですらいないのかよ! どういうことだ、オマエは木の股から生まれたのか!? ボクが神の慈愛を思い出すレベルで同情する人生送るヤツがそう何人もいてたまるか!」
とんでもない言われようだった。
そんなに酷かったか俺の人生?
……ああ、うわ、どうにもならない酷さだったわ。
てかそっか。
俺はもうなんとも思ってなかったけど、親からもなんも思われてなかったって聞くと、親子って似るもんだなーなんて妙な感心が……あ、あはは。
「……ライン越えてるって、それは……」
俺の人生あばかれすぎだった。
なんで考えることも厭わしい親の顔をこの年になって思い出さにゃならんのか。
神様はテンパり、俺は心の闇を晒しものにされた。
誰も得をしていないこの展開は誰が引き起こしたのか。
許しがたい犯人が誰かと推理する。
うむ。
だいたい俺のせいだった。
「――あっ、言うつもりなかったのにうっかり……」
極めてなにか澱みきった、触れてはならないと神にさえ思わせるほどの闇のオーラが垂れ込めている。
三十までは生きられた、だから生存不可能なほどに壊滅的な境遇ではなかったが……神にまで同情されるようじゃ強がりさえ言えないな……。
きっと明日はいいことある。
……なにもなかったな。
「そ……そうだよ、第二の人生こそ幸せに生きればいいじゃんか! キミは異世界に行けるんだよ? チートもあればなんでもうまくいくよ!」
あわあわとあっちこっちに視線をさまよわせて動揺をあらわにする神様。
人間の転生先を虫にするような上位存在でも、同情したヤツの傷口に塩を塗りこんだら自責の念でなぐさめの言葉をかけるらしい。
へえ、そっかぁ…………。
これチャンスじゃね。
弱みにつけ込んでゆすれば、なんかオイシイ事態に転がりそうな気配を感じるぞ。
「え、えーっと、チートはチェンソーマンへの変身能力でいいんだよね? ちょっとまっててね……!」
手に持っている端末(ゲーム機に似ている)をかちゃかちゃと動かしてなにかを調べている様子の神様。
どうやらチートは神様の裁量ひとつで決まるわけではなく、何か決まりの中で与えられるものらしい。
そうなると規約的に不可能なことはどう揺さぶったところで無理なものは無理と断られるだろう。
……しかしだ。
神様の裁量が許す範囲で心付けをくれる可能性はある。
演技力なんて磨いた試しはないが、ものは試しに泣き落としを仕掛けてもいいかもな。
そうと決まれば作戦開始だ。
直立姿勢から身体をクネッとやや横にひねり、だらんと下げた腕の肘にもう一方の手を当てて「傷心中のポーズ」を完成させる。
「……いやもう、無理だってこれは。俺もう生きていけねえよ。早く虫にしてくれ……」
心にもないことを言いながら演技に余念はない。
顔の角度は斜め下、視線は伏せて声音を震えさせる。
なかなか才能あるんじゃないか?
神様はすっかり騙されているようで、その動転ぶりが落ち着く気配はいっこうにない。
「あ、ああああああああの……あっ! あっ、たけどくぉれはアレだねぇ……規約的にダメだって……?」
ヒクヒクと頬をひきつらせて俺を心配する神様。
どうやら俺はなろう界のチェンソーマンにはなれないらしい。
じゃあ代わりに〇〇にしてくれ、と提案したいところだが、卑屈かつ悲惨な心理状態でそんなことが言えるのだろうか。
そんなはずはないと、へらっと力ない笑顔を返す。
「そう……全然いいよ。俺みたいなまるでダメなおっさんが少しでもいい夢見れた時点で、クソみたいな人生の最後のプレゼントにしては十分だ……」
噴飯モノの台詞だが効果はあったらしい。
神様は口に手のひらを当てて「しまった! しまった!」と心の声を喧伝している。
チョロすぎないかこのクソガキ。
一周回ってかわいく見えてきたんだが。
「な、なにか他に希望はないかな? ちょっとくらいオーバースペックでも大目に見てあげるけど……?」
「許されるギリギリで強力なチートをください」とは言えず、遠い目で空笑いする。
「縄、かな。丈夫なやつがいいな……」
「縄かぁ! 縄はチートではないかなぁ!?」
……演じるのってクソ面倒だな。
しかし今さら冷静になるのはいきなりすぎるし、この押せ押せムードを終わらせてしまうのはもったいない。
もっと譲歩を引き出せそうだが、何かいい案はないだろうか。
と、名案を閃いた。
しおらしい態度を演じるのは面倒だが、逆はどうだろうか。
つまりパッション全開で発狂するのだ。
これは逆転の発想だなと思わず感心しそうになる。
「――は、ははっ、あはっはははっ! 殺せ! 殺せよォ! 次の人生だって同じなんだろ!? だ、騙されねえよ、さっさと殺して虫にしてくれよォ!」
舌を突き出し天空に吠えたところ、俺の身体がパラパラと光る粒子に分解され始めた。
このいかにもな光は……ま、まさか虫!?
だがここで引き返すわけには――ええい南無三!
「て、転送の準備!? ま、まだチートも付与してないのに旅立とうとするなぁ!」
「は……はーーっはっはっはっは! い、逝かせてェ! 逝かせてくれェェェ!!」
「――そ、そうだな二つあげてもいいかな!? ひとつはアレでいいとして、もうひとつ……もうひとつはなにならいいんだろ……!!?」
グッド!!
その言葉が聞きたかった……!!
「こ――――勝ち確――――!」
「あ、あんな状態で旅立たせたら……! 誰かに自殺しないように見張らせないと! トルシエル……ジャ〇プ買いに行かせてたんだった! エルリラ……円盤買わせに行ってた! ヴルグジョー……全員いないよー!? も、もうこうなったらボクみずから――!」
大草原に立っていた。
高い草の背が風を受けて波のように揺れている。
草のこすれる音に耳をすませば、自分が牧歌的な童話に入り込んだような錯覚を覚えるほどにのどかだ。
遠くにのぞむ巨峰は日本が誇る霊峰のように頂が雪化粧、麓とのコントラストはまさに絶景かな。
美しい。
素直にそう思えるのは、今、心が歓喜に満ちているからに違いない。
「クッ、クク……まだ、まだ早いか……?」
見られている可能性がある……深こっ、深……っ。
だ、だめだ、もう堪えられそうにない――!
「俺の、俺の勝ちだ……はは!! あーっはっはっはっはっは!!!!」
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