第2話 これって、いじめ? リワードの現実




「でもマジメな話、生成AIが広く普及したらさ……絶対、出てくるよねぇ。そこにお金が絡むとなると、特に」


「AIの書いた小説?」


「AIに書かせた小説、かなぁ」


 放課後、教室の片隅で今、女子高生二人が何気ない会話の果てに、AIが導く創作の未来について語ろうとしていた。


 ――質問すれば答えを返し、注文すればそれに応じた作品を生成する。

 それが最近、世界に広く普及しているAI技術だ。


 たとえばイラストを生成するAIを使えば、絵の知識なんてまるでない素人にだって、何かしらの文章を入力するだけで、それを表現したイラストをつくってくれる訳である。


 ……AIが学習する元となったイラストのサンプル、の出所がよく問題視されているのだが――極論すれば、ある漫画家の絵のタッチなどを徹底的に学習させれば、まるでその漫画家が描いたかのようなイラストを新規につくりだすことが出来るのだ。


 ……実際、すでに故人となった「漫画の神様」の作品を学習させ、AIにその「続編」を執筆させる、というプロジェクトも存在しているという。


 漫画が描けるなら、すぐに小説も……。


「文体? ていうの? 何作も出してるプロの作家がさぁ、完全にAI頼りのものを出したらすぐにバレそうだけど、サイトに投稿する人っていわば素人でしょ? 新人で、文体も何も知られてないわけで。AIに書かせててもバレないだろうし」


 ……そもそも、そのプロの技術を学習させてしまえば――


「そうなったらもう終わりだよね。百年後とかの未来人が現代の小説を評価する時、『これはAI製か? 人間製か?』っていうので分類する学問とか生まれそう」


「20年代あたりの小説はぜんぶAIの手が入ってる可能性があるから、それ以前の文学と比べて評価が低い、的な?」


「信頼できるのは20世紀までの紙の本だけ、とか」


「そもそも、本読む人なんているかな? なんかもっとすごいエンタメとかありそうだし」


「それは一理ある。今だって小説よりは漫画、漫画よりはアニメやドラマって感じだしね。ゲームとかいろいろあって、ユーザーが持ってる時間という資源の奪い合い。果たして小説は生き残れるのか……」


 ……少なくとも、素人の書いた投稿小説に時間を割く人なんていなくなるだろう……。


「AIが書いた小説だけが氾濫してたら、飽きられそうだけどねぇ」


「いや、そこは逆に、AIの書いたものだけが売れてたりして。小説っていうか物語って、いくつかのテンプレがあるわけだし。そういうのを分析して、適度に盛り上がりや引きのある展開を入れてっていう構成作業、AIの方が得意そうじゃない? 今の『人間らしいAI』って、要は話し相手である人間にそう思わせるのが得意、つまり人間の顔色を窺うのに優れてるって印象だし」


「じゃあもう、そういうクリエイティブな仕事はAIにとられちゃうねぇ」


「昔からロボットに仕事を奪われるーっていう風潮はあったけど、たぶん人間がかかわる仕事っていうのはすぐにはなくならないと思うよ。特に、命がかかわってくる系。そういうところで人間って臆病だから。AIとかに任せるのは危険ー、誰が責任とるんだーって。でも確かに、クリエイティブは怪しいわ」


 クリエイティブは怪しいのか……。わたしは密かに肩を落とす。


 確かに、AIが発達することでいろんなことが効率的になって、そのぶん無駄がなくなるのであれば、人間はラクが出来るし、たぶん地球環境にも悪い影響は出ないだろう。そういう点だけで言えば、わたしもAIの存在は悪くないと思う。


 だけど――


「そういえば見たよ、見た。会話型のAIに『恋愛小説を書いて』って注文したら、すらすら文章出てくるの」


「絵を描きたいとか小説を書きたいって思ってる人はいっぱいいると思うし、そういう人たちにとっては確かにありがたい存在っていうか、良い玩具になりそうだけど、専業作家にとっては致命的だよね。正直な話、ユーザーにとって作者が誰かとか、どうやって書かれたとかってあまり関係ないんだし。面白ければいいわけだから」


「中身がAIでもいいわけかぁ……」


「まあ、作家が好きで読んでるって人も一定数いるだろうし、そういう世代が存命なうちは廃れないだろうけど……生まれたときからAIに触れてる世代が数を占めるようになったら、どうだろうね。その人たちにとってはもう『注文してつくってもらう』……それが創作っていう認識になってるかも。今だって『AIイラストレーター』名乗ってる人はいるわけで」


「その時はさすがにあたしもおばあちゃんですよ」


「そのころには医療も進歩して、平均健康寿命も伸びてるかもだ」


「あうち」


 おばあちゃん、逃走失敗。




「というかさ、AI云々以前に、どこからが創作で、どこからが技術なのかっていう話よ。たとえばさ、漫画で、超キレイでリアルな背景とかあるじゃん? ビルとか、建物の中とか」


「あるある。あれって、写真を元にしてるんでしょ?」


「トレースとかね。それって、AIの力を借りてるのとどこが違うのっていう話になってくるよ。アイディアを出してAIに書いてもらうのと、AIとかソフトの力を借りて背景つくってもらうの」


 千賀さんはほかにもいろいろな「たとえ」をあげていく。


「ゲームのフィールドとかに生えてる地面の草。あれってAIで自動生成したものらしいし。実際の写真を加工して、それを自動で貼り付けたりしてるわけね」


「技術を使った、作業の効率化じゃない?」


「それと、『創作』のボーダーが曖昧な時代なんだよね、今って。イラストだとさ、左右反転とか、コピペとか。元となる絵は人が描いたものでもさ、調整するのに技術を用いるわけで。小説に関しても、たとえば『三題噺』っていうのがあって、ランダムに出た三つのお題から小説を書くのね。ああいうランダム性っていうのもAIに近くない?」


 そもそもそのランダムなお題を提供してくれるソフトやサイトもあるわけで……。


 対話型AIを通してアイディアを得て執筆することと、思いついたアイディアをもとにAIに執筆させること。


 ……二人のやりとりを盗み聞いてアイディアを得て、それでものを書いているわたしの立場……。


「だからさ、近い将来のクリエイターっていうのは、『すごいアイディアを出す人』になると思うんだよね。なんか面白い要素を考えだすっていう、創作の根源的な部分に立ち返るっていうか」


「真に面白いアイディアマンだけが生き残るんだ……」


「AI蟲毒、みたいな。そうなったらもう、たぶん職業としてのクリエイターっていなくなるんじゃないかな。少なくとも、これからデビューを目指そうって人たちにはつらい時代になる」


「それはなんだか、悲しいねぇ……。なんならいっそ、もう働かなくてもいい社会になればいいのにね」


「そうしたら、たぶん『小説を書く』……創作活動が活発化すると思うね、逆に。どんなにAIが発達しても、たぶんそこだけはなくならないんじゃないかな。商業を抜きにしたら、自己表現、自己探求のためのツールなんだし」


 ……だけど、少なくとも、これから作家を目指そうという人たちにはつらい時代なんですね……。

 誰でもラクに、簡単に作品を量産できる社会……。なんだか、頑張って頭をひねってる人間が馬鹿みたいだ。


「『AIが書いた小説』っていうジャンルを楽しむ向きがあるんなら、別だけどね。AI対プロの対局って、将棋とかチェスとかでもあるし。……まあそのトッププロもAI相手に練習してるそうだけど。今はまだ『人間がAIに勝てるのか』とか、その逆を楽しんでるからいいけど、そういうスポーツもどうなってくのかな、今後」


「Eスポーツとか、AIが入ってきたらヤバそうだもんねぇ」


「チートもそうだけど、実力でゲームに勝つのが楽しいし達成感とか充実感があるのに、AIやらチートっていうラクで安易な道を使って勝つって、どうなんだろうね。技術が発展する代わりに、もっと大事な、何か、根源的なものを忘れていってるような気がするよ」


「それがきっかけで思い出せればいいのにねぇ――」




「……思い出したと言えば、AIじゃないけど、SNSのお陰であたし、疎遠になってた昔の友達と繋がれたりしたわけで。技術の発展も、そこまで悪いことばかりじゃないなぁって」


「それはどうかな」


「なんですと」


「その『哀ちゃん』っていう、中学の時の友達さ……最近、会った?」


「いんや……? ついったでやりとりしてるだけ、だけど?」


「じゃあ、顔も名前も知らない赤の他人だったりするかもしれないじゃん?」


「顔も名前も知ってるし、共通の思い出もあるお友達だけど?」


「実はそれ、ネット上にある、あんたのいろんな個人情報を学習した、AIだったとしたら?」


「…………」


「対話型のAIってやつだよ。アカウント自体は本当にお友達のもので、お友達も実際運用してたかもしれないけど、今はやってなくて――その冬眠してるアカウントをAIが運用してるんだよ。これまでのツイートを元に、哀ちゃんならなんて言うかを学習してさ。写真とかだっていくらでも合成、加工できるわけだし」


「そ、そそそんな、まっさかぁ……」


 スマホの画面を叩く音が、席の離れたこっちにまで聞こえてくる。


「――あぇ?」


 万代さんから変な声が漏れる。なんだろう、とわたしが後ろを気にしていると、


「……哀ちゃんから、ブロックされた」


「どうやら図星だったようだ。SNSでは図星を指されたら相手をブロックするかアカウントにカギをかけるものだ。運営が削除とかして自分たちに不利益になる情報を隠蔽するんだ。監視社会の始まりだ」


「そんな、まさか……シンギュラリティは人知れず進行していたってこと……!?」


「まさに、事実は小説より奇なり――」


 今日の雑談もそろそろ終わりだろう、と思ってわたしが席を立とうとした――その時だった。


「小説といえば」


 千賀さんが言う。


「実は私、クラスメイト全員の名前をSNSで検索して、アカウント特定してるんだけど」


「そんな気持ち悪いことしてたの? というか、まさか哀ちゃんのアカウントを使っていたのは……!?」


 そういえば千賀さんもスマホを手にしていた……! ゲームでもしているのかと思ってたけど、まさか……!


「いや、それは知らんけど。そうじゃなくて。私たちのこの会話、実は人知れず世の中に発信されてるようなんだ。今も誰かがどこかで見てる」


「AIの仕業!? 監視社会はすでに始まっていたの!?」


「実はこのクラスの中に、小説を例のサイトに投稿してるやつがいる」


 ……ぎく。


 わたしは急いでその場を去ろうとした。


「それは百道ももち、お前だ!」


 ……誰だ!?


 ……わたしだ!


 ――かくして、わたしの秘密は明らかになったのである。




 それはそれとして――


 後日、万代さんは昔の友人である「哀ちゃん」とリアルで再会することがあったそうだ。

 その際にたずねてみると、


「ついったー? 確かに前にアカウント持ってたけど、パスワード忘れちゃってもうやってないよ? ブロック? 何それ、知らない」


 ……という言質が得られたという――


 この事実がいったい何を示しているのか、一介の女子高生であるわたしたちに知る由はない。

 仮に人知れず何かが進行していたとしても、その流れは容赦なくわたしたちを巻き込んでいくのだろう。


 それはそれとして、わたしがこういう後日談を聞くことが出来たのも、わたしの抱えていた秘密が明らかになったことがきっかけだった。


 そういう意味では、秘密がバレるのも悪いことばかりではないのかもしれない。


 まあそうなると、千賀さんはわたしが聞いているのを承知のうえでちくちくと、小説家に未来はないというトークを展開していた訳だけど……。


 これからAIが発達して情報化社会がピークに達すると、こういう秘密を持つことも、放課後に雑談する女子高生の姿も、いつかはなくなってしまうのかもしれない。


 そう思うとまあ、この日々も「青春」として美化できるのかもしれない――




「今カクヨ〇では全作者収益額アップしてるんだよね? 何か奢ってよー」


「奢ってよー、そしたら投稿作品にイイネしてあげるからー」


「それはたぶんだけど規約違反! そしてそんなに儲かってる人は本当にごく少数だから! 情報に踊らされないで!」



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放課後雑談部「ある小説投稿サイトのシンギュラリティ陰謀論とクリエイターの未来について」 人生 @hitoiki

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