放課後雑談部「ある小説投稿サイトのシンギュラリティ陰謀論とクリエイターの未来について」
人生
第1話 カク〇ムではリワード還元増額キャンペーン中(2024年1月現在)
――わたしには、秘密がある。
そして、秘密とは大概いずれ明らかになるものなのである。
「この前さぁ、ロボコン観たんだよね」
「ロボットポンコッツ?」
放課後の教室の片隅で、二人の女の子が話している。
クラスメイトの
わたしは二人とはなんの縁もゆかりもない、本当にただの赤の他人のクラスメイトの一人に過ぎないのだけど――
「何それ、"ロボコン"じゃないし。あ、特撮でもないよ。ロボットのコンテスト的なやつ」
特撮のロボコンってなんだろう、とは思うものの、疑問を挟めるわたしではない。
なぜなら、わたしは放課後おこなわれる二人の会話を盗み聞きしている身分だからである。
「あぁ、高専とかの」
千賀さんが納得したなら話題は先に進む。特撮のロボコンってなんだ? ロボットポンコッツとはいったい? そんな疑問は自力で解決するしかないわたしである。
ちなみに会話の主題になりそうな「高専のロボコン」というものについてはスマホで先に調べておく。
いわく、専門学校の生徒たちがロボットを自作し、様々な課題の克服を競うコンテストのこと、らしい。
「で、あたしもああいう青春が送りたかったなぁ、って思ったってわけ」
「今からでもやれるじゃん、青春。私たち、女子高生」
「はあ……でも、それとこれとはまた別の話なのよね」
……ロボットかぁ。と、わたしもため息。
今の小学生はプログラミングとか普通に習ってるみたいだし、その気になればつくれるんだろうなぁ。もうちょっと遅れて生まれてきたかったわたしである。
「なんかよく分からないけど、いろいろ工夫してさ。頑張ってつくったロボットを操ってなんかするわけよ。ロボットつくる人ってクールなイメージあるけど、あれは青春なんだよね。泣いたり笑ったりね。あたしもロボットつくりたい人生だったわぁっていうね。それはそれとしてさぁ、」
……で、ここからである。今日はどんな話を聞けるのだろう、とわたしは密かにスマホをメモ帳に持ち替える。
この女子高生二人の会話こそ、小説を書くわたしのアイディアの源泉なのである。作家仲間や相談相手のいないわたしにとって、「自分以外から得られるアイディア」として実に有意義な存在なのだった。
で。
「同じチャンネルでさぁ、AIに関する番組やってたわけよ。AIを搭載したロボットがいてね、デカい虫みたいなやつ。自分の足で立ち上がるプロセスを、AIに身をもって学習させてるのね」
「ふうん。人間の赤ちゃんみたいな感覚か」
「そうそう。最初は足の動かし方もわからないんだけど、試行錯誤してる内に立ち上がれて、歩けるようになって――」
「飛ぶようになるとか」
「それを、研究者が蹴っ飛ばすのよ」
「飛びはしたけど、なんで? ……七転び八起き的な?」
「そうそう。転んでも起き上がれるようになるためにってね。それ見てさぁ、ロボコンとの落差っていうかさぁ、人間とロボットのあいだの闇みたいなものを垣間見たよね」
転んで、足をばたばたさせながら、なんとか起き上がろうと試行錯誤する……。一生懸命やって立ち上がれるようになったロボットを、蹴っ飛ばす。
確かに、想像してみると闇が深い。
「こんな扱い受けてたら、そりゃロボットも、シンギュラリティして人類に叛逆するわって思っちゃったよね」
シンギュラリティ――いわく、2045年ごろ、人間の知能を上回るAIが誕生する、という仮説のことだ。
「シンギュラリティが先か、パンデミックが先か、それが問題だ」
「ターミネーターが先かバイオハザードが先かってわけだね。
哀ちゃんって誰だろう。わたしはちらりと後ろの席にいる二人の様子を窺ってみるけど、周囲に第三者の姿はない。
二人ともそれぞれスマホを手に、机を挟んで向かい合って座っている。
「哀ちゃんは『第三次世界大戦』だって。つまり、ターミネーター派かぁ」
「ターミネーターってそういう話なん?」
「忘れた。でもたぶん核ミサイルは撃つ」
「AIが?」
「人類だったかも」
「人類ならやりそうだよね」
ねー、と女子高生の共鳴が聞こえる。誰かが「かわいい」と言うと他のみんなも「かわいいー」と言うあれである。
「シンギュラリティってなんか不安をあおられる感じだけど、2045年なんてあたしもうおばあちゃんだし、関係ないか」
「いや、おばあちゃんではないだろ。あと、2045年っていうのはあくまで予測だし。しかもその予測したのって言っちゃなんだけど、今やひと昔前の人だし」
「ひと昔前の人なんだ」
「知らんけど。でもさ、科学の力ってすげえから、その気になればもっと早く実現すると思うわけ。むしろ2045年って言われたら、もっと早く実現してやろうって連中が出てきても不思議じゃないでしょ」
「ヒマを持て余してる石油王とかが投資したり?」
「そう。国家予算とかつぎ込んで一点集中したりすればさ。案外さくっと出来そうじゃん。というか、AIの学習って試行錯誤、情報のフィードバックの数が物を言うわけ。つまり、数が多ければ多いほど良い。その点、いま流行りの『生成AI』とか」
一般にも広く普及している、生成AI……。
確かに、一般人がいろんなリクエストをして、AIがそれに応えて、という情報のやりとりが繰り返されれば、AIの成長も加速度的に進むのではないだろうか。
「そういえば最近よく聞くよねぇ、生成AIって。ニュースも後半からはAIが読み上げたりしてるし。あ、それで思い出したけどさぁ……なんかねぇ、2020年ごろかららしいんだよ、AIが進化したのって」
と、さっきのロボット蹴っ飛ばし番組の話をする万代さん。
「それまでのAIには解けない、ある問題があってさぁ。普通の人間なら誰でも答えられるんだけど、なぜかAIには解けない。それが、ここ最近のAIは正答できるようになったっていう」
「他人の立場になって、想像して考えるっていうやつ?」
「そういうやつ。よく知ってるね」
ほんとに物知りな二人である。
ちなみにどういった問題かというと――
お人形で遊んでいたA子さんがいます。A子さんはお人形を箱Aに仕舞い、部屋を出ていきました。
次に、B子さんがやってきて、箱Aに入っていたお人形を箱Bに移動させます。
部屋に戻ってきたA子さんはまたお人形で遊ぼうと考えます。
さて、A子さんは箱Aと箱B、どちらの箱を開けるでしょうか?
……この問題、良識のある大人であれば簡単に答えられる。わたしだって分かる。A子さんはお人形が移動したことを知らない訳だから、まず「自分がお人形を仕舞った、箱A」を確認する。これが他人の立場になって、つまりA子さんの立場に立って考える、ということだ。
しかし、AI(とか、まだ幼い子供)は「自分の持っている情報から判断する」ため、「今現在お人形が入っている、箱B」と答えてしまうという。
「それまでのAIは『他人の立場になって考える』ことが出来なかったんだけど、ここ最近のは違うんだって」
ある意味、AIが子供から大人へと成長した、といえるのかもしれない。
「AIが普及したから進化したのか、進化したから普及できるようになったのか。というか、最近の人類の方が他人の立場になって考える能力、ないよね」
「それが問題なのであーる」
きゃっきゃと笑うJK二人。普段ならだいたいこのあたりで別の話題に変わるか、そのまま帰るかするところなのだが、
「そうだ、『〇クヨム』って知ってる?」
と、千賀さんが言ったのだ。
「何それ? マンガ?」
「小説。を投稿するウェブサイト」
二人の会話を盗み聞きしていたわたしは思わず硬直する。
それはわたしもよく利用しているサイトだった。しかも、二人の会話を盗み聞いて考えたアイディアをもとにした作品なども投稿している……。
……まさか、気付かれた?
「そのサイトではさ、小説を投稿するとお金がもらえるわけ。簡単に言うと」
「アフィリエイト的な?」
「そんな感じ。広告収入。『リワード』っていうものがもらえて、それを換金できるって仕組み。でさ、その『ロイヤリティプログラム』っていうシステムが始まったのが、19年とかそのあたりなのよ」
「ふうん?」
わたしも万代さん同様、いまいち千賀さんの言いたいことが読めない。
「つまりね、カ〇ヨムが黒幕なんじゃないかって、私は思うわけ」
「ううん? よくわからないけど、発想ぶっ飛んでない?」
「私は結論から先に言うタイプだからね。まあカク〇ムの裏にも真の黒幕がいるだろうけど、私はAIの進化にはカクヨ〇が関わってると思うんだ」
つまり……〇クヨムが、シンギュラリティを引き起こそうとしている?
「思うに、AIがこれまで解けなかった問題に正答できるようになったのは、『他人の立場になって想像する』ことを学習したから」
「それはそう。当たり前のこと言ってますことよ?」
「なぜそれを学習したのか?」
「ネットじゃない? SNS」
「それもありえるし絶対ツイッターの
千賀さんは言う。メロスは激怒した、と。
――"メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した"
――太宰治「走れメロス」より。
「妹の結婚式あるのに叛逆したり、友達を人質にしたり、あたしはメロスくんちょっと無理かなぁ」
「あれがBLだったら?」
「……おおう」
「まあメロスとその友人の真の関係は別にいいんだよね。AIだったら『直情型の主人公が人間不信の王様に、人間の信頼関係の尊さを伝える作品』とか要約するんだろうけど――そこなんだよね」
「どこなんだい?」
「メロスは激怒した。何に? 邪知暴虐の王に。……つまりね、小説ってやつは人間が何にどう感じるかっていうのを事細かに、具体的に示してる訳よ。メロスは全裸でした。恥ずかしくて赤くなりましたって。散文的で時に脈絡がなかったりするSNSより、小説の方がそういう感情の学習には向いてるでしょ」
……なるほど。いわゆる「心」を持つには至らなくても、感情をシミュレートしていけば、傍からすれば「人間のような感性」をもっているように見えることだろう。
「小説投稿サイトだとこれに加えて、読者からのレスポンスがあるわけよ。なになにが面白かったです、というコメントがあれば、それが面白いものだとAIは学習する。星の数、つまり評価が高くてコメントの多い作品ほど学習対象」
「ほうほう。だから小説投稿サイトがAIの成長に加担してる、と」
「リワードっていう報酬をあげる代わりに、投稿作品から情報をトレースしてるんだよ。リワードを還元できるのも、バックアップしてる企業が裏にあるからなんだよね。それがAIの成長を促している、秘密結社」
タダより恐いものはないってね、と言う千賀さん。とはいえ執筆活動には時間も労力も伴うし、リターンなんて無いに等しいんだけど……。
「もう一つ、エビデンスがあってね。実は最近、カ〇ヨムでは投稿者への『リワード』還元率アップっていうキャンペーンっていうのをしてるわけ。そして同時期に普及しはじめた生成AI……この二つの事実はいったい何を示しているんだろうね……」
カク〇ムにまさかそんな秘密があったなんて――……と、思わず納得してしまいそうになったが、これはあくまで妄想です。
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