私と希死念慮さん
安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!
※
この秘密は、何があっても隠し通さなければならない。
この『秘密』の内容が恋であれば、それはラブストーリーだ。
殺人であればミステリーやサスペンス。異能力であればファンタジー。立場や職業、財産なんかでもいいかもしれない。
おおよそ、世の中の小説は、みんな『秘密』を暴く過程を書いていると言ってもいい。ちょっと暴論が過ぎるかもしれないけれども。
……そんなことを思う私にも、実は秘密がある。
絶対に隠し通さなければならない秘密。誰にも知られてはならない秘密。
私はその秘密を思いながら、手にした包丁を眺めていた。お味噌汁を作るためにネギを切っていた包丁は、わずかに
ふと、その刃を、首にあててみたくなった。冷たくて、鋭くて。きっと日々使い古したこの刃じゃ、スパッと綺麗に死ねやしない。
「……」
私はその衝動に抗えず、柄に両手を添えて包丁を逆手に取ると、そのままそっと首筋にあてがった。
冷たいと思った刃は、ほんのりとぬるくて。一際ネギの臭いが鼻につく。
……私は、誰にも言えない秘密を抱えて生きている。
──死んでしまいたい。
別につらいことがあったとか、人間関係に不満があるとか、そんなことがあったわけじゃない。
定職につき、結婚もしている。私を愛してくれる家族に友人がいて、憧れていた夢も叶えた。傍から見たら私の人生は、きっと薔薇色に輝いて見えるのだろう。
だけど私はずっと、ただただ死に焦がれている。最近の話ではなくて、物心ついた頃から。中学に上がった頃にはもう私は希死念慮とは仲良しこよしで、私の人生は常に希死念慮さんとの戦いだった。
壊れていると思う。壊れたまま、死を追い求めて、生きている。
なぜこんなに死にたいのか、私にだって分からない。案外、私が抱えている秘密は希死念慮ではなくて、希死念慮を募らせる原因の方なのかもしれない。
私が、私自身に絶対知られてはいけないと思っている『秘密』。
──違う、かな。
私が抱えている秘密が『希死念慮』で。
希死念慮さんはきっと、そこに至る理由を私に隠して、私の中で息をしている。
「ただいま〜」
そんなことを考えていたら、ガチャリと玄関の鍵が開く音が聞こえた。私は反射的に手にしていた包丁をまな板の上に戻すと、ヒョコリと廊下へ顔をのぞかせる。
そしてニコリと、自然に笑った。
「おかえりなさい」
人は、小説の中の登場人物でなくても、『誰にも知られてはならない秘密』を抱えて生きている。
私は、死んでしまいたいけれど。その想いを周囲に覚られて、皆を悲しませるのは本意じゃない。だから私の中で息をする『希死念慮さん』の存在は、絶対に知られてはならない。
──あぁ、今日も死にたいな。
そう思うに至った理由を知らないまま……希死念慮さんが抱えた秘密を暴きたいと願いながら、私は今日も希死念慮さんと生きていく。
【了】
私と希死念慮さん 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki
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