第六話
私が町のみならず国中で評判の絵描きとなってから、数ヶ月が経過した頃だった。
私宛てに、城から一通の手紙が届いた。
それは、城で個展を開かないかという内容だった。話によれば、私の絵の評判が異邦にも広まっており、一目見たいという声があるそうだ。
祭りで手応えはあったが、その後は頼まれて数枚描くことがあるくらいだった私は、本当に個展を開く価値はあるのかと少しだけ疑問だった。
だから城の者に直接話を聞き、確認した。異邦での評判の信憑性を聞き、不安は
自分の将来への自信も湧いてきた私は、個展を開く為の準備を始めた。
絵を売って稼いだ金でまた画材を追加で買い、質のいい紙も購入し、露店の時よりも多く描いた。
描いた絵は立派な額縁に入れられ、会場となる城の広間に飾られた。額装されただけで、絵が価値を得て輝いているようだった。
そして、個展開催の当日を迎えた。本当に客が来てくれるかと内心不安だったが、いざ扉が開くと、異邦から訪れた人が次々と現れた。私の絵を見に、たくさん来てくれたのだ。
その誰もが私の絵の前で立ち止まると感嘆し、溜め息をついた。眺めたあとには褒め、買わせてほしいと願い出る者もいた。私はここでも言い値で絵を売った。
その客たちの中でも特に、口の周りに黒髭を生やした一人の紳士が私をほめそやした。
「いや、素晴らしい。全ての絵を見させてもらいましたが、どれも繊細なタッチで趣味で描かれていたとは思えません」
「ありがとうございます。そんなに褒めて頂けるなんて、光栄です」
「ご謙遜を。聞けば、左腕が半分ないと言うではありませんか。そんなお身体でこんな素晴らしい絵を生み出す力をお持ちとは、拍手を送らずにはいられません」
「やめて下さい。私はそんな大した人間ではありません。私よりも、この国の民たちの方が素晴らしい。私なんかより彼らの方がよっぽど素敵で、逞しくて、尊敬に値しますよ。ぜひ町へ行き、彼らと話をしてみて下さい」
「この国の方は皆、貴方と同じような身体だと聞いています。あとで寄らせて頂きましょう」
異邦人がこのような身体の民と会った時に、どんな反応をするかは少し心配したが、接してみれば彼の価値観も変わるだろうと、自信を持って勧めた。
すると紳士は、私にある話を持ちかけて来た。
「ところで。もっと絵の勉強をしたいとは思いませんか」
「絵の勉強?」
「もしもその気があるのなら、私の国へ来ませんか。我が国には、他国にその名を轟かすほどの画家が多く住んでいます。私も有名な美術学校の学長を務めておりますので、一度そちらで学んでみませんか。貴方の腕なら、特待生として学費も免除できます」
「私の絵に、将来性があると?」
「ええ。貴方なら将来、世界で有名になれます」
個展を開くだけでも十分だと思っていたのに、まさかそんな話を持ちかけられるとは思ってもみなかった。ましてや、この身体で異邦に行っても絶対に受け入れられないと思っていた。
「本当にそうできるなら、ぜひ頼みたい」
この話を断れば二度と叶わないと思った私は、迷わずその場で返事をした。話はそのままトントン拍子で進み、日は早い方がいいということで、翌日、紳士と共に行くことになった。
個展が終わってからすぐに帰り、旅立ちの準備をした。
荒んでいた私を拾ってくれた一家にも、事情を話した。突然のことで驚いていたが、応援すると言ってまた背中を押してくれた。
本当にいい家族に巡り会った。敬語も礼儀も欠いた私を、よく受け入れてくれたと思う。
だから私は世話になった礼として、一家に個展で展示した絵を一枚贈った。
「世話になった。ありがとう」
「気にすんな。持ちつ持たれつだ」
「もう一人息子ができたみたいで、嬉しかったわ」
「兄ちゃん。たまには手紙くれよな」
「ああ。書くよ」
一番挨拶をしなければならない両親には、合わせる顔がなくて、結局最後まで会わなかった。その代わりに手紙を書き、世話になった一家に託した。
手紙にはこう書いた。
『私の両親へ。
急ですが、私は絵の勉強をする為に異邦へ行きます。私を生み育ててくれたのに、今まで親として見られなくてすみませんでした。もしも絵を仕事にできたら、今までのお詫びと、私を生んでくれたことを感謝させて下さい。
では、再びお会いできる日までお元気で。』
✢ ✢ ✢ ✢ ✢
個展が開かれた翌日の朝。青年は紳士と共に馬車に乗り、生まれ育った国を出発した。城から町を見下ろしていた先王たちは、走り去って行く馬車を見送っていた。
「希望は旅立ちました。あとは、時が未来への道を作ってくれましょう」
「今生きている私たちの身体はもうどうにもならないが、これから生まれてくる子孫たちが幸福な身体となることを───五体満足であることを信じましょう」
「彼が、この世界の最後の奇跡の人間であることを祈ろう」
先王たちは、神に願いが届くようにと、手を組んで祈った。この選択が、人類が素晴らしい未来へ進む分岐となることを信じて。
青年が旅立ったあとの魚屋では、少年が部屋から彼の置き土産を見つけていた。
「父ちゃん母ちゃん。こんなの見つけた」
少年は、見つけた冊子を両親に見せた。母親はそれを手に取ると、パラパラとページを捲った。
「あの人の日記みたいね。ここに来てからのことを、書いていたのかしら」
「そんなの捨てちまえ。あの兄ちゃんはもうここには戻って来ねぇんだし、同情は禁物だ」
父親は、悲しみでも憎しみでもない、手伝いを頼む時と同じ口調で言った。
「そうね。捨ててしまいなさい」
「わかった」
母親からもにこやかに破棄を言われた少年は、贈られた絵が突っ込まれたゴミ箱に何のためらいもなく捨てた。
「兄ちゃんは、
その後。
異邦へ行った青年は、消息不明となった。
入学した筈の美術学校にも、籍はなかった。それどころか、そのような人物の入国は誰も認めていなかった。
彼を連れて行ったあの紳士でさえ。
これは、どこかの世界の物語。
あったかもしれない、現実の話。
〈終〉
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三日国王〜『奇跡の人間』と呼ばれた青年は…… 円野 燈 @tomoru_106
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