ヒーローは五丁目の赤堀さんンアッ!!

どっぐす

ヒーローは五丁目の赤堀さんンアッ!!

 研修期間を終え先月から支部所属員として活動していたヒーロー、コードネーム・アイアンブルーファルコンは、今日も怪獣と戦っていた。


「これで終わりだ! インフィニティブラストウェーブ、発射!」


 アイアンブルー色のヒーロースーツとフルフェイスヘルメットに身を包み、背中の翼で大きく飛翔していた彼。その手に持っていた箱型の銃から、轟音とともに∞形の強い光が放たれた。


 すでに弱って飛ぶこともできず地面でふらついていたハエ型の怪獣は、断末魔の叫びとともに、その光に飲み込まれる。

 やがてその光がやむと、怪獣はゆっくり倒れ、爆散した。


「よし。ミッションコンプリート」


 ストンと着地したヒーローのまわりに、子供たちが集まった。

 それぞれ握手を求めたり、かっこいいと声をかけたり、さまざまである。

 最後にやってきた子供は、色紙とペンをヒーローに差し出した。


「ヒーローのおにいさん、サインちょうだい」

「うん。いいよ」


 アイアンブルーファルコンは快くオーケーサインを出す。

 しかし手を動かす前に注文がついた。


「あ。ヒーローのなまえじゃなくて、ほんとうのなまえのサインちょうだい」

「ああ、悪いね。ヒーローの本当の名前は秘密なんだ」

「ひみつなの? ごちょうめのあかほりってひとだってきいたけど」

「え? あれ? あっ、いや、えーっと、本当の名前は聞かれても答えられないことになってるんだ」

「ごちょうめのあかほりじゃないの?」

「ご、ごめん。とにかくアイアンブルーファルコンのサインしか書けないんだ。ごめんね」


 ササっとサインを書き、子供に渡す。

 子供の顔はやや不満そうであったが、頭をでられるとその場を去った。


 さて帰るか、と飛び立とうとしたアイアンブルーファルコン。しかしその背中にまた声がかかった。


「よかった間に合った。うちの子にプレゼントしたいのでサインをお願いしていいですか?」

「はい。かまいませんよ」


 今度は大人の女性から、色紙とペンを受け取る。


「あっ、サインは本名でお願いしますね」

「いえ、本名は明かせないことになっていますので。ヒーロー名でのサインになりますが」

「秘密なの? 五丁目の赤堀さんって聞きましたけど」

「ごめんなさい。ちょっとそういうご質問には……回答できないことになってまして」

「でも、五丁目の赤堀さんなんですよね?」


 ヘルメットのガラス部分をのぞきこまれそうになり、アイアンブルーファルコンは上半身を慌ててのけぞらせた。


「うわっ、い、いや、組織の規程で、お答えできないんですよ」

「答えないということは認めたってことでいいですか?」

「いえ、えーっと、そういうことではなくてですね……」

「違うならはっきり否定してください」

「えー、あー……ごめんなさい! 任務完了の報告をしに戻らないといけませんので! サインはこれでご了承いただけるとうれしいです!」


 アイアンブルーファルコンはヒーロー名のサインを押し付けるように渡すと、空に飛び立ち、その場を去った。







「何? アイアンブルーファルコンも退職?」

「はい。申し訳ございません」


 執務室で担当職員から報告を受けた支部長は、腕を組んで小さくうなった。


「原因はやはりアレか」

「そのとおりです。週刊誌に本名を書かれてしまったそうで」

「こうも退職が続いてしまうのは痛いな。強靱なメンタルを持っている者を採用していたはずなのだが」

「もちろんそうですが、同時に素直で正義感が強く、うそを嫌い、また優しい性格の者が選ばれておりますからね。彼の場合は『赤堀さんですよね?』という聞かれかたをされることが続いていたらしいです。イエスと答えれば規程違反、ノーと答えれば市民に嘘をつくことになってしまいます。かといって話しかけられて無視というのも良心が痛むようで、かなり困っていたようですね。しばらくは悩んだまま頑張ってくれましたが、とうとう耐え切れなくなった模様です」


 担当職員は残念そうにため息をついた。


「困ったものだ。だが罪悪感なく規程を破ったり、嘘をついたり、市民を邪険に扱ったりするような性格の人間を採用するわけにはいかんぞ」

「まあ、そうですよね。ヒーローの適性を欠き本末転倒です」

「どうにかできないのか、週刊誌は」

「できませんね。過去の判例からヒーローは公人扱いということになっていますので、週刊誌側はそれを根拠に『報道は公益である』と主張しています」

「ヒーローのプライベート暴露のどこが公益なんだ。単なる業務妨害じゃないのか」

「私もそう思うのですが。仮に週刊誌を訴えてこちらが勝訴したとしても我々は小銭を得るだけで、あまり意味はないのが実情です。完全にあちらサイドの“書き得”ですね」


 お手上げ。そんなポーズを担当職員がとった。


「ふむ……。そうなると、いよいよ採用路線を変えなければならないのかもしれんな」

「何かお考えをお持ちなのでしょうか?」

「私にはないが、上層部にはあるようだ。内容はまだ私も知らん」


 あまり期待はできなそうだがな――と、支部長もため息をついた。




 戸籍を持っておらず、本名が存在しない。ヒーローになる前の記憶すらもない。しかも隠し撮りされた変身解除時の写真の解析からは、なぜか過去に日本や海外で死刑になった人間たちに顔が酷似している……というヒーローが急増している。そして、皆そろって同じようなしゃべり方と性格――。


 アイアンブルーファルコンの退職から約半年後。そんな記事が週刊誌に載り、内閣総辞職となるほどの大騒動となるが、それはまた微妙に別の話である。




(完)

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