第30話 銀の森へ
アナンタの背の乗り心地はとても良かった。
初めて空を飛んだ時は落ちるかもしれないとずっとヒヤヒヤしていたし、死海を渡った時はそれはもうたくさんもモンスターに追い掛け回された死ぬかと思った。
しかし今回の空の旅は実に快適だった。飛ぶことにも慣れたし、モンスターにも襲われていない。平和そのものである。
グリンカの町を出てまっすぐ北へと向かうと魔王の住む都市がある。
そこへ一直線に乗り込むには流石に厳しいものがあるということで僕たちは現在、魔都を迂回して更に北方にあるという【銀の森】を目指していた。
「薄々思ってはいたんだが、アナンタは恐らくユニーク個体だろうな」
「ユニーク個体っていうと……少し変わった進化をしたモンスターでしたっけ」
「そうだ。ちゃんと勉強してるじゃないか」
実は一度だけ遭遇したことがある。
ラインハルト達と古城に棲みついたモンスターを討伐しに行った時だ。
その時に現れたのは赤いオークだった。通常は汚れた緑色の肌をしているのだが、その個体は遠くからでも目立つ真っ赤な皮膚をしていた。
当然、僕は荷物持ちだったから戦わなかったが、4人は結構苦戦していた。矢も通らず、魔法も効かないという無敵みたいな肌をしていたっけ。
結局最後は古城の最上階から落として倒すという情けないやり方で倒した。
それくらい強いモンスターということだ。相当知恵も回る奴だった。
つまりアナンタもそれくらいの知恵と強さを兼ね備えているということだ。しかも亜竜と言えど竜種には変わりない。
オークなんかよりも、もっともっと強いし賢いはずだ。
「魔大陸が何で魔大陸って呼ばれてるか知ってるか?」
「私は知ってます!」
「僕は知りません!」
「ヴェラが説明してくれるそうだ」
「そんなの言ってない……」
面倒臭くて投げたんじゃなかろうか……。
「まぁ簡単に説明すると、この大陸は他の大陸に比べて魔素がとても濃いんだよ」
「魔素が濃いとどうなるの?」
「魔法の扱いが難しくなるけど、その分威力が上がる。モンスターが軒並み強くなる」
「良いことが少ない……」
慣れればメリットにつながるのかもしれないが、そこまで魔法を主として戦ってきた者はこの中にはいない。
そうなるとデメリットが目立つ。【
「それでそのモンスターの強化だが、これは魔大陸で生まれ育ったモンスターは他の大陸のモンスターよりも多く魔素を吸収していることになる。だから強いんだ」
「……となるとアナンタがこの大陸に降り立っても元気にしているってことは、ユニーク個体である証になるってことですか?」
「そういうこと。魔大陸並みに強い個体だってことだな」
師匠がそう言うとアナンタは嬉しそうに一声鳴いた。
なるほど……亜竜にしては恵まれた体格や、それに見合った体力はそういう理由があった訳だ。
思えばアナンタと最初に対峙した時に少し気にかけていたような気がする。見た目からして他と違うなら、気付けそうなものだもんな。
それが魔大陸に降り立ってもこうして元気にしているということで証明されたということだ。
「お前はとても凄い奴だったんだな~、アナンタ」
「ぎゃうう!」
乗っかる背中を撫でると嬉しそうに鳴くアナンタ。
この子とは今後も元気にやっていけたらいいなと思う。
さて、僕たちは現在、魔大陸の中心から少し南を飛行している。
眼前には最終目的地である魔都のシルエットがうっすらと見えている。
不思議なシルエットだった。屋根と言えば先端が尖っているのが普通なのに、どれもこれも四角だ。それも塔ばかりが目立つ。
魔大陸特有の様式かと思ったが、あの獣人たちの町はいたって普通の町だった。あの魔都だけが、特殊な様相をしていた。
「不気味だな……」
「ちょっと大きく迂回しましょ! なんか怖いです!」
「だな。アナンタ、頼んだ」
「ぎゃう!」
一声鳴いたアナンタが滑空しながら魔都から遠ざかるように進路を取り直した。遠ざかる魔都はぼやけていき、そのうち見えなくなった。
再び進路を北に取り、銀の森を目指す。
しかしこうして快適な空の旅をしていて思うのだが、これが馬車だったり徒歩だったりと考えると大変だ。
僕より1年も先に渡ったラインハルト達はどうしているのだろう。あまり頭の中に置きたくなくて考えないようにしていたが、もうここまで来ると無視して行動するのは難しい。
もはや僕か勇者か、どちらが魔王を倒すかのところまで来ているのだ。
飛んで、休んで、飛んでを繰り返す。
町はいくつか眼下を通過していった。寄りたい気持ちはあるが、グリンカのように腹の内を探られるような目に遭うのはごめんだった。
途中、適当な森を見つけて食べられそうな果実や、食べられそうなモンスターは狩ってバチバチに燻した。
肉汁溢れる新鮮な焼きたての肉が食べたいところだが、この大陸にいる以上は難しそうだ。
「もう1週間か」
「移動だけでだいぶ時間使っちゃいましたね」
もう7度も拵えた風呂は慣れたもので、一瞬で作れるようになるくらい構造を覚えてしまった。風呂屋になろうかな……。
浴槽の中で両手両足をかっぴらいて星空を見上げる師匠の後ろで薪を焼べる。
現在は銀の森の一歩手前というところくらいだ。もう明日の昼前には着くだろう。
「銀の森には反魔王勢力がいる、でしたっけ」
「私が得た情報ではそうだな」
「しかしよくそんな情報を得られましたね」
魔王側のふりをしたと言っていたけれど、そんな簡単に騙されるものかね?
「あの場ではああ言ったが、実際はそうじゃないよ」
「というと?」
「万が一誰かに聞かれちゃそいつが大変なことになるからな……本当はあの町にも反魔王勢力がいたんだよ」
「そうなんですか?」
初耳だった。これだけ離れれば聞かれる心配はないが、もっと早く教えてくれても良かったのに。
「お前の友達一家だよ」
「ベックの?」
「あぁ。対外的には町民に協力的な姿勢は見せてたけどな」
「そうだったんだ……無事だといいなぁ」
両親は師匠に情報を伝え、息子は僕に逃げろと伝えてくれた。
一家全員が無事であってほしい。今更になって接触していたのが不安になってくるが、こればっかりは事前に分からなかったのだから防ぎようがなかった。
いつか帰れる時はベックに会いたい。
師匠の風呂の世話を終え、ヴェラが入浴し、最後に僕が入る。温めなおしたお湯の中で蕩けながらも、頭の片隅には先ほど話したベック達の姿があった。
不安と心配が入り混じる気持ちで入浴を終え、食事をし、床に就く。
気付いた時はすっかり朝だった。ヴェラが作るスープの香りでぼやけていた頭がすっかり目が覚めた。
「ごめんなさい、寝坊した!」
「いいよいいよ。疲れてたんだよ~」
気にしないでという言葉が申し訳なく聞こえてくる。
流石にこれ以上はと手伝おうとするが、ヴェラが匙を貸してくれない。
「シーザー、座ってろ」
「はい……」
「別にお前は小間使いじゃないんだ。そんなにせっせと世話を焼かなくていい」
「わ、わかりました……!」
慣れないな、と素直に思ってしまうくらいには荷物持ち生活が染みついていた。
しかし今のこれが普通なのだ。持ちつ持たれつが正しい姿だ。
片方に全部持たせるような、量る気のない天秤のようなパーティーは遅かれ早かれ、潰れてしまう。
僕がいた場所がそうだったように。
用意された朝食を食べ、十分に休んだアナンタに乗って10分ほどで森の入口にまでやってきた。
木々が多い茂る森からは濃密な魔素が含まれているのがここにいても分かるくらいだ。
その自然に魔素が集まる原因は、あの銀の葉をつけて木だろう。怪しく光る葉からは時折、粒子となった魔素が中空へと放たれる。
魔素を吸った木が放出しているに違いない。
「ここは特に魔素が濃いようだが、大丈夫か? アナンタ」
「ぎゃうぎゃう」
「そうか。なら行けそうだな」
もう師匠がアナンタの言葉を理解している。
ぎゃあとぎゃうしか言ってないのにどういうことだと頭を抱えそうになるが、師匠だからそうはならなかった。
疑問を持つことに疑問を抱くレベルなのだ。師匠に関しては。
「よし、行くか」
いよいよ反魔王勢力と接触だ。どう転ぶかは分からないが、できれば穏便に話ができるといいなぁ……。
「お前みたいな荷物持ちは鞄の肩紐だけ握ってろ!」と言われてムカついたのでこっちからパーティー抜けたった。~その後、師匠の下でめちゃくちゃ修行したら凶悪スキルが生まれました。流石に勝ちです。~ 紙風船 @kamifuuuuusen
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