第29話 食後のデザート
街を行く人たちはとても毛深かった。というのは外の大陸から来た人間側の印象だ。
彼らにとっては自分達の容姿が普通で、僕たちが異端だ。
つまり彼らは僕たちを見てヒソヒソとこう話しているのだ。
『なんか薄毛の奴等が来た』と。
まだまだ若いを自称する我々にとって薄毛煽りは誠に遺憾だ。しかしこれも文化の違いとして受け入れねばならない。
それはお互いに受け入れねばならぬもので、彼らには薄毛連中がドレイクを引き連れて街中を歩くことを受け入れてもらわなければならない。
店先にドレイクを寝かせて食事をすることも、厩舎でドレイクを寝かせて薄毛連中はベッドで眠ることもだ。
もちろん、僕たちも彼らの文化を受け入れて勉強せねばならない。互いに互いの文化を学ぶこと。これが異文化コミュニケーションである。
「骨まで食うのか?」
「食うというか、しゃぶるというか? ほら、味するし」
「ちょっと私たちには硬すぎるぞ」
「なるほど……」
肉を食べるだけでもこれだ。まさか骨までいくとは思わない。
こういう普段から絶対に違わないだろうという部分まで異なる文化ができあがっているのだから大変だ。
そしてそれが同時に面白かった。これは向こうに戻った後に本にしたら売れそうだ。シーザー・シックザールの魔大陸冒険譚、みたいな。
そうして互いに互いのことを知ろうと歩み寄り合いながら、気付けばもう1週間だった。
「おいシーザー!」
「ん? あぁ、ベックか……」
「何だよ、何でそんな冷たいんだよ!」
「いやぁ……ね」
「濁すなよ! 傷付くから!」
ベックはこの町に来て最初に話した門番の男だ。あれから色々あって割と仲良くなった。
というのも聞けば彼と僕は同い年で、彼も僕のように冒険をしてみたいのだが親の方針で町から出ることができずに悶々とした生活をしているらしい。
だから僕のことが羨ましいようで、暇さえあれば外の話を聞こうと絡んでくるのだ。
でも僕には彼に話してあげられるほどの冒険譚がない。
僕の人生には苦い記憶と修行の日々しかないのだ。僕はそれで良いと思っているのだが、彼の好奇心を満たすには少し塩分が足りない。
「シーザーはずっとここにいるのか?」
「いや、そんなことないよ。もう少ししたら出るんじゃないかなぁ」
「てかわざわざ普人の大陸からこっちに何しに来たんだよ?」
「んー、内緒」
「あっそ」
別の大陸から侵攻してきて王様を殺します。なんて言えるはずもなく。
変に嘘をついて他の獣人が師匠やヴェラに鎌をかけてバレたら面倒なので目的に関しては内緒ということで統一すると事前に決めておいた。
宿で集まって報告会をするが、結構二人とも聞かれるらしい。何を探っているのか……仲良くしてもらってる手前、こちらから手を出したくはないが、いざという時はそれなりの対応をせざるを得ないのがすごく嫌だった。
「仕事はいいのか?」
「あ、やべぇ。今日は門番休みだから畑手伝えって言われてたんだっけ……だりぃけど、食う為にはやるしかねぇのがだりぃわ……」
「親孝行してやれよ」
「……だな! 手伝ってくるわ! そうだ、これやるよ」
別れ際に何かを手渡された。何かを紙で包んでるようだ。
それを開こうとしたらギュッと手首を掴んで止められた。
「まだ食うにははえぇよ。夕食の後まで我慢しろよ?」
「そういう文化か? まぁ、お前が言うならそうするよ」
「おう、じゃあな!」
受け取ったそれをポケットに仕舞い、ベックとは逆方向に歩き出す。
こういう不思議な文化が多いのだ。確かに朝食を食べたばかりだが、別に昼食の後だっていいだろうに。
まぁ、言われたことには従う約束だ。何かは分からないが、ゆっくり待つとしよう。
□ □ □ □
日が暮れて夕食の時間になった。宿の替わりに借りている空き家のテーブルに料理を並べていく。
町で買った食材で作った料理だが、食べる物は獣人も普人も大差ないようで安心した。芋の色がちょっと違ったりと品種的な違いはあるみたいだが、1週間も暮らせば気にならなくなる。
「おっ、今日は芋料理か」
「市場に並んでて急に食べたくなったので買っちゃいました」
「こっちのお芋、美味しいよね~」
「わかる。屋台で売ってた芋料理がめちゃくちゃ美味しかったんだよ」
なんて和やかなムードで食事が進む。そして食事と一緒に今日あった出来事の報告会も進んでいく。
ヴェラはうんざりした顔で細切りにして焼いた芋をフォークの先でつつく。
「何しに来たんだ、どこへ行くんだ。そればーっかりよ」
「気になるのは分かるが、さすがに気にしすぎだよなぁ」
「探って魔王に報告、という線が濃いと私は推理している」
「自分とこの王様ですからね……やり合いたくないなぁ」
食事は美味しいのに喉を通らない。過ごせば過ごす程、疑惑が深まっていくのがやり辛かった。
フォークが食器に触れる音だけが部屋に響く。3人ともこれ以上ないってくらいに暗くなっていた。
居心地の悪さに尻がむずむずしてくる。何となく座り心地が悪くて座りなおして、ふと尻に違和感を覚えた。
「なんだ……あ、そうだこれ……」
尻のむずむずは尻のポケットに入れた、ベックからのデザートの所為だった。
ポケットから取り出した紙に包まれたそれをテーブルの真ん中に置いた。
「これは?」
「ベックから夕食の後に食べろって渡されたんです」
「毒じゃないだろうな?」
「さぁ……包みを開こうとしたら止められたので」
「私が見てみよう」
師匠なら毒物にも詳しいだろう。ベックがそんなことしてくるとは思いたくないが……ここは師匠に一任することにした。
フォークを置いた師匠は包みをゆっくりと広げていく。何重にも折り畳まれた紙を開いていくのを、ジッと見つめる。
一折ずつ開かれていく包み。最後の一折まで紙が開かれる。
「……何が入ってました?」
「何も入っていなかった」
「なんだそれ……ベック、何がしたいんだ」
「私たちを助けたいんだろうな。ほら」
折り畳まれていた包み紙を手渡される。包み紙というか、何も包んでないからただの折り畳まれた紙だが……受け取った紙をよく見る。
すると紙の中心、折り畳まれる際に一番奥になる場所にはペンで走り書きがあった。
「『今夜中に逃げろ』?」
「あんまりにも私たちがはぐらかすものだから痺れを切らしたんだろうさ。良い友達じゃないか」
「ベック……」
少しでも彼を疑ったことを後悔した。酷く胸が締め付けられる。
「……ていうかこうしてる場合じゃなくないですか?」
「そうだな。逃げろと言われて留まる馬鹿はいない。ほら、残りを口に詰め込め。すぐに出るぞ」
「ベックに挨拶は……」
「そんな暇はないし、会えば彼に疑いの目が向けられる。黙って出ていくのが彼の為だ」
「……わかりました!」
皿と部屋を大急ぎで片付け、元通りの状態に戻す。襲われるとしてもなんだかんだ世話になったのも事実。礼儀としてそれはちゃんとしたかった。
襲ってくるなら寝静まる深夜だろう。僕たちはその前に町を出ることにした。
借家の裏で寝ているアナンタをそっと起こす。口の前で人差し指を立てて『シーッ』とやると鳴こうとした口を閉じた。本当に賢過ぎる。賢過ぎて不安になってくるレベルだ。
そっと背中に跨ると、アナンタが静かに翼をはためかせる。ゆっくりと上昇していき、ある程度の高さになったところで力強く翼を動かし、一気に町との距離をあけた。
これだけ離れればもう矢も魔法も届かないだろう。ベックのことだけが心配だが、こうして距離を置く以外で彼の身を守る手段がないのが歯痒かった。
「これからどうします? 多分、他の町に行っても同じような展開になりますよ」
「ここから北にまっすぐ進むと魔王のいる首都がある」
「まさか乗り込むんですか?」
「最後まで聞け。その魔王城を迂回した更に北には銀色の森があるそうだ。そこに住む者たちは反魔王勢力らしい。そこなら安全に対魔王の準備ができるはずだ」
「そんな情報、いったいどこで……?」
僕もヴェラも探られながらではあったが色々と調べていた。が、そんな詳しい情報はまったく拾えなかった。
師匠はふふん、としたり顔で懐から紙の束を取り出した。それはメモ帳だった。
「情報は足で探すんだ」
「なるほど……地道な捜査、ですね。でも反魔王の僕たちがよく魔王の敵対組織の情報を得られましたね」
「ん? 魔王側の人間のふりをしたらいいじゃないか?」
なんて小首を傾げる師匠だった。バレたら危ないから目的は内緒と言っていたのに……まったく、この人は本当にとんでもない人だ。理解が追い付かない。
でもお蔭様で非常に有力な情報を得ることができた。これから向かうのは魔大陸北端の銀の森。
なんだかどこに行っても北ばかり目指しているような気がするが……いったい僕たちはどこまで行くのだろうか。
不安半分、ワクワク半分。久しぶりに空を飛んでご機嫌なアナンタの背の上で、僕は何とも言えない顔で星空を見上げるのだった。
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