第28話 獣人の町

 魔大陸へ降り立って一夜が明けた。【白織の箱】はこの大陸でも無事に効力を発揮してくれて何事もなく過ごすことができた。

 新たにパーティーに加わった亜竜アナンタは体力を使い果たしたのと、恐らくだが僕が【精神の掌握スピリットテイカー】を使って精神操作をした影響で朝方までまったく起きることなく眠り続けた。

 体と脳への負担が大きかったのだろう。こういう負担の掛け方は不本意だ。次からは気を付けたい。


 夜明けと共に準備を終え、再びアナンタの背に乗って飛び立つ。どの大陸にいても日が昇る様は美しい。アナンタの背から見る夜明けはこれまで見たどの光景よりも美しかった。


 全員が見とれる中、アナンタの鳴き声に呼び戻される。


「町だな」


 正面には円形に築かれた町が見えていた。ここが魔大陸で最初に僕たちが訪れた町だった。

 誇り高き獣人族の暮らす町、グリンカの町である。



  □   □   □   □



「駄目だな、そいつは入れない」

「何故だ。アナンタも私たちの仲間だぞ」


 来訪拒否をしているのは門番である。槍を持つ手も兜から覗く顔も全部毛むくじゃらの不思議な人間だ。というか犬が二足歩行で人語を喋っていた。

 これ言ったらきっとめちゃくちゃ怒られるんだろうなと思って黙ってはいるが、最初に見た時は歯の後ろまで言葉が出かかっていた。

 先に人語で話し掛けてくれたから良かったものの、危うく戦争になるところでした。


「大人しい良い子なんです!」

「いや、この時点でジッと待ってるからそれは分かるんだが、規則は規則だ。諦めてくれ」

「いーや、諦めない!」

「何でだよ! 折れるところだろ!」


 ヴェラと犬獣人さんとのやり取りは続くが、終わりが見えない。このまま明日の朝まで粘ったっていいが、あまりにも無益過ぎる。


「おい、お前じゃ話にならない。上の人間を呼んでくれ」

「うわ、それマジで言う奴いるんだ……ちょっと引くわ」

「……」

「わァーった! 呼んでくるよ! そんな怖い目で見るなよ! こっちも仕事なんだからさぁ……ったく、朝っぱらから何なんだよもう……」


 折れてくれた犬獣人さんは首元の毛をガリガリと搔きむしりながら槍で肩を叩きながら詰所へと戻っていった。

 そしてしばらく待つと少し犬種の違う獣人が先ほどの男と一緒に戻ってきた。


「その子ですか」

「一緒に入らせてくれ。悪さはしない」

「うーん……パッと見た感じからして大人しそうな印象はあるんですが、住民の皆さんが驚いてしまうので……」

「……分かった。ならこういうのはどうだ?」


 踵を返した師匠が僕の方へとやってきて両肩を掴み、ぐるりと後ろを向かされた。

 何事かと思ったが用があったのはリュックのようで、腕を突っ込んでガサゴソと何かを探っている。

 背中でもぞもぞしている感覚がなくなったので振り返ってみると、師匠がリュックから取り出したのは丸太とロープ、それにペンだ。


 一体何が始まるのか、一同固唾を飲んで見守ります。


 緊張感に包まれる中、師匠は紋様からアパラージタを召喚し、丸太を叩き割った。

 その勢いに獣人2名が息を吞んだ。もしかして実力で黙らせるのかと思いきや、大剣を使って器用に丸太を加工し、一枚の板を生み出した師匠。

 その板の右上と左上に穴を開け、先ほどのロープを通して結ぶ。そしてペンを手に、板に何かを書き始めた。


「よし、これでいいだろう」


 書き終えた師匠はその板についたロープの輪をアナンタの頭に通し、首を経由して胸元に提げさせた。


 皆がアナンタの前に集まる。アナンタも不思議そうに板に書かれたものを見ようと首を引いている。

 師匠が丹精込めて作った木の板にはこう書かれていた。


 『この子は悪い竜ではありません』


「いやこれでみんなが納得したら規則なんていらんわ!」

「納得できる事だったらそれは規則が間違ってる。規則の方を変えるべきだろう」

「そんな簡単に変えてたら規則の意味ないだろうが!」

「ふん、柔軟な発想で流れに乗れないようじゃここもまだまだだな。田舎ですか……」

「たっ、隊長、俺悔しいッス! こんなに言われて黙ってるんですか!?」


 門番さんと師匠の口喧嘩が隊長さんに振られる。ジッと静観していた隊長の口がゆっくりと開かれる。一同、固唾を飲んで見守ります。


「お互いに理解できる話ではある」

「ふん……」

「隊長~!」

「これも新しい試みという意味では最初から拒絶というのも発展の阻害となる。しかしだからと言って簡単に許可しては住民の皆さんの安全を脅かすことになる。わかるかね?」


 隊長の言葉に師匠が頷く。彼女も人間を守ってきた側の人間だ。暴論を振りかざすこともあるが、基本的に無茶はしない人だ。


「私は私の実体験で判断している。このアナンタは他のモンスターとは違って我々の言葉も分かるし、ちゃんと従う。住民に危害は絶対に加えないと、シヴァ・ノクトの名のもとに約束しよう」

「もし、怪我人を出した場合はそのドレイクの首を落とさせてもらおう。それが町に入る条件だ」


 あまりにも重いと、アナンタの味方である僕たちはそう思ってしまった。

 こんなの言い掛かりでどうにでもなってしまうじゃないか……ちょっと尻尾に躓いて転んだだけでもアナンタが殺されてしまう。


「ぶつかっただけで死罪とかふざけたことを言い出したらこちらもそれなりの対応をさせてもらう。お互いに気持ちよく過ごせるように譲歩し合おう」

「そうだな……努力しよう」


 先ほどの丸太の一件で師匠の実力の一端は伝わっているからか、強気の対応にも応じてもらえた。


「ようこそ、グリンカへ」


 気持ちの良い来訪とはならなかったが、渋々ながらも町に入ることはできた。少し滞在し、魔大陸という環境になれるとしよう。

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