第27話 魔大陸
「シーザー、相手を操るスキルがあったよな」
「あー、はい。一応ありますけど」
「え、そんな変態みたいなスキル持ってるの? こわ……」
勝手に怖がってるヴェラは放置するとして、師匠はどうやらドレイクにそれを使ってほしいようだ。
今はこうして大人しくしているように見えるが、いつ牙を剥くか分からないしな。使わない理由はない。
僕は左の掌をドレイクに向け、頭にそっと触れて掴む。それだけで【
「雰囲気が変わったな」
「目つきから険しさが消えましたね~」
「一応、僕がスキル解除するまでは言うこと聞いてくれると思います」
「よくやった」
上から降りた師匠が僕の頭をがしがしと撫でる。撫でるというか、もはや掻き混ぜるという表現の方が近い。
「じゃあ行くか、魔大陸」
「えっ、今から行くんですか!?」
「今行かないでいつ行くんだ?」
あまりにも急すぎる。食料は色々買い込んだから当分は大丈夫だとは思うけれど、現地がどんな場所かも調べてないし、何があるか分からない。用意できる物は全部用意したいくらいなのに。
「こいつのこともあるし、戻るというのは無しだ。時間が延びれば延びるほど、お前のスキル解除も先延ばしになって負担になる。左手を封じられた状態でモンスターに攻め込まれたら敵を増やすことにもつながるからな」
「確かにそうですけど……」
「それに魔大陸全土がモンスターの巣窟というわけでもない」
「えっ、そうなんですか?」
それは初耳だった。てっきり有象無象が犇めき合い、魑魅魍魎が跳梁跋扈な
雰囲気の場所だと思っていた。
「人が住んでるんですか?」
「あぁ。そう聞いたことがある。確か亜人という種族だったか……細かく分けると色々な種族の人間が住んでいるらしいな。つまり、いきなり訪問したところで食う物も休む場所もないというわけではない。だからいつ行ったっていいんだ」
「なるほど……納得しました! ヴェラはどうする?」
ここから先は本当に僕と師匠の私的な旅になる。ヴェラ程の実力があればフェレスタでも十分やっていけるはずだ。
ヴェラは首を横に振る。
「こんな山から一人で帰れって?」
「送るよ」
「馬鹿言わないで。そんなの時間の無駄よ。ほら、さっさと行こう!」
これは何を言っても聞かないな……。師匠もしょうがないなって顔をしている。
しかしこの性格でよく師匠とのパーティーを解消できたな……。どういうやり取りがあったのかいつか聞いてみたい。
師匠が颯爽とドレイクの背中に跨る。その後ろにヴェラが。そして最後尾に僕が乗る。
3人乗っても余裕があるくらいに大きなドレイクを師匠は短剣一本でいなしていたのかと、改めて師匠の凄さを実感する。
「よし、飛べ!」
「ぎゃう!」
ばさりと翼が動く。浮遊感に体がこわばるが、お構いなしにどんどん高度が上がっていく。
まさか落とすなんてことはないだろうけれど、落ちることは普通にありそうだ。こんなどこも掴むような場所がないところに乗るなんてどうかしてる。
「たかーい!」
「できればドラゴンの背に乗ってみたかったが、ドレイクの背もなかなか良いな」
「ぎゃう~!」
ドレイクはドレイクでなんか喜んじゃってるし……。
下を見ると先ほどまでいた場所がもう手の届かない距離になっていた。今降りたとしてもそれは降りたじゃなくて落ちたになる。
もう魔大陸に到着するまでこれで行くしかない。
風を切って飛ぶドレイク。だんだんこの速度に快感を感じるようになってきた。
西の山を飛び立ち、あっという間に死海上空までやってきた。実際に死海を見るとここを船で渡ろうなんて思っていたのが本当に間違いだと気付かされる。
しかしそれはこうして上から見たからこそ気付けたことかもしれない。
まず、海の中に黒い長い影が見えた。うねりながら漂い、時々海面に露出するそれはとんでもなく長い体だった。
白波を立てながら浮かび、沈む体。師匠が言うには海龍の一種だそうだ。カールポートからヘレンズポートへ向かう間に出会ったシーサーペントなんてあれに比べたら紐だ。
そんな海龍に絡む吸盤のついたいくつもの触手。弱肉強食の究極系みたいな、地獄のような光景だった。
海上を進むなんてのは選択肢にも入らない行為だと思い知らされた。
しかし、ならば上空を進めば安全かというと実はそうでもなかった。
「落ちる~~~~!」
「ドレイク! 急旋回!」
「ぎゃう!」
「攻撃は僕が逸らします! 師匠!」
「チィッ……!」
空なら安全かと思われたが、空は空でモンスターが飛び交う戦場だった。
鳥系のモンスターが四方八方から襲ってくるのをかいくぐり、避けきれない攻撃は【
1ヶ月の船旅で揺れにはだいぶ耐性がついたと思っていた僕も喉の途中まで胃液が込み上げてきて本当に大変だった。
身を隠す為に雲の中へ飛び込んだり、急降下したりとこれで吐くなという方が無理な話だった。吐かなかったが。
ドレイクもさすがに疲れてきたようで、いよいよ落ちるかもしれないというその時、対岸が見えた。
「着陸するぞ!」
「頑張れドレイク! もうちょっとだぞ!」
「ぎゃぅ……ぎゃううう!」
最後の力を振り絞り、体勢を整えたドレイクが両足を地面に向ける。翼を上手く使って衝撃を逃がしながらもガリガリと地面を削りながら速度を殺していく。
「拙い、このままじゃあの岩にぶつかるぞ!」
「シーザー! なんとかしてー!」
なんとかドレイクを助けたくて僕は体を傾けて地面へと手を伸ばす。
右手の【
でもドレイクの速度が速すぎる。このままじゃ岩を直前で軟化させても衝突は免れない。
「くそ……一か八かだ!」
左手の【
一気に曲げたら体が反動で大変なことになるからゆっくりと前から後ろへ弧を描くように変えるのがコツだ。
しかしそんなことをしている場合ではない。スピリットテイカーを解除されたドレイクは正気を取り戻すはずだ。
速度はゆっくりと落ちていき、やがて止まる。
ドレイクはぶるりと体を震わせる。降りてすぐに戦闘態勢に入りたいのだが、下手に動いて刺激すれば僕たちが乗っていることに気付くかもしれない。
そう思うと体が動かなかった。
「スピリットテイカーを解きました。今、こいつは正気に戻ってるはずです」
「……の割には襲ってこないな」
「体力、使い切っちゃったから?」
師匠がそっと体を撫でる。するとドレイクは首をもたげてこちらを見た。
一瞬、体がこわばる。……だが襲ってくる様子はなかった。しかもどちらかと言うとこちらの安否を気にしているかのような視線だった。
「どうやら、襲う気はないらしいな」
ゆっくりと伸ばした師匠の手にドレイクが嬉しそうに顔を擦りつけた。完全に懐いてる……。
「本当に精神操作はしてないんだよな?」
「してないです。解除しないとその岩にぶつかってたので……」
「ふむ……精神操作をしながらあれだけの体験をしたことで刷り込み効果があったのか……?」
ぶつぶつと考察をする師匠だが、その師匠をヴェラが服の裾を引っ張ることでこちら側に呼び戻した。
「とりあえず、降りましょうよ。絶対重いですよ~」
「む、それもそうだな。労ってやらねばな」
「なら名前付けてあげましょうよ! 頑張ってくれたんだし、もう仲間でしょ?」
「それもそうだな。じゃあアナンタで」
「決めるのはっや……」
あっさりと命名されてしまったが、ドレイクはアナンタという名を気に入ったようで、嬉しそうに鳴いてから体を丸めて寝てしまった。
何はともあれ……僕たちは魔大陸へと到達することができた。
ここがどこだかまったく分からないが、落ち着いたらアナンタの背から確認すればいい。
まずは野営の準備だ。なんだか最近、こればっかりやってるような気がする。気の所為だと思いたい。
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