第26話 西の山のドラゴン
見上げた山はそれ程険しくもなく、高くもなかった。
「ここにドラゴンが?」
「なんか思っていたよりもしょぼいのは師匠の盆地を見てたからかな……」
「そうだな。あれに比べれば丘だ、丘」
あの山はまさに絶壁と言って差し支えないくらいの標高を持っていたから、この山を見るとちょっと霞んで見えてしまう。
木々もまばらだし、ほとんど岩山だ。
「これくらいなら素手で問題ないな」
適当に歩いていると登りやすそうな裂け目があった。これなら両手両足を交互に突っ張ればある程度の高さまでいけそうだ。
「……これを登る、の?」
「? これくらいならヴェラもいけるでしょ」
「無理に決まってるでしょ」
こんなの朝飯前だ。ていうかまだ起きてもいない。
何を言ってるのか分からなくて首を傾げてしまうが、ヴェラの方も首を傾げていた。
もしかしてだけど師匠と旅をしていた頃はこういう場所には行かなかったのだろうか?
「何を遊んでるんだ。さっさと行くぞ」
「はーい」
「無理だって……くそ、かくなる上は……」
岩に手を掛け、何をするんだろうと振り返るとヴェラの姿がなかった。
まさか逃げたのか? と思ったのだが……ふわりと風が頬を撫でた。
何事かと周囲を見ると、いつの間に辺りが霧に包まれていた。もしかしなくてもヴェラだった。
「山登りが嫌だからって魔法ですか……」
「シーザー君、これは山登りじゃなくて崖登りだよ。普通の人はできないんだから」
「山も崖も一緒だ。さっさと登るぞ」
師匠の意見に賛成だ。それにこれは山じゃなくて岩製の丘だ。登山にもならない。
テキパキと登っていくとあっという間に標高の半分くらいまでやってきた。別に山頂を目指している訳ではないし、この辺にいてくれたらありがたいのだが……。
「あっちから気配がする」
「行きましょう~」
さっさと人間姿に戻ったヴェラがてくてくと歩いていく。
なんか腑に落ちない気持ちを抱えながらついていくと、そこは山の裏側だった。
不思議なことにこちら側は木々が生い茂っている。反対側は岩ばっかりだったのに。
「誰かと誰かの戦闘の跡だったのかもしれないな」
「あぁ~。じゃああの崖も、剣か魔法でできた亀裂だったのかもしれないですね」
「それって結構な実力の持ち主じゃない? 噂のドラゴンかな?」
「いや、苔も生えてたしそんなに新しい傷じゃなかった。噂が流れるよりもだいぶ前のものだろうな」
ということはあの傷を作った者がこの場にいる可能性は低いということか。良かった。
あれだけのものを作るとなると僕じゃきっと相手にならないだろう。師匠なら問題ないとは思うが、地形はかなり変わるだろうな。
道を進んでいくと森が深くなって進みにくくなってきた。むやみに切り倒す訳にもいかないし、困ったな。
「……この上だな」
師匠が上を見上げてぽつりと呟く。僕たちが歩いてきたのはたまたま道のようになっていた場所だが、正確に言えば崖沿いを歩いてきただけだ。
師匠は崖とは反対側の山肌側を向いていた。ということはまだ登る必要があるようだ。
僕は一向に構わないのだが、ヴェラがうんざりとした顔をしていた。どうせ霧になるんだからそんな顔する必要ない癖に……。
「あ、今『どうせ霧になる癖に』って思ったでしょ? これ結構魔力使うんだからね?」
「じゃあお留守番する?」
「こんな場所に置いていくなんて信じられない!」
誰か、最初のちょっと遠慮がちだった頃のヴェラに戻してほしい。
今度は断崖絶壁というわけでもなく、かといって亀裂があるわけでもない。
となれば普通にジャンプで登っていけば簡単だ。
タン、タンと師匠が登ったあとの足場を真似て登っていくと再び開けた場所へとやってきた。
先ほどの亀裂の先よりも広い。小さい山とはいえ、振り向くと綺麗な景色が広がっていた。
「あれだな」
師匠の言葉に振り返ると山頂へ続く道っぽい岩の横に洞穴がぽっかりと口を開けていた。
不意にフューガーのことを思い出した。あの洞穴からフューガーみたいなのが出てきたら嫌だな……できれば翼をもっててある程度丈夫そうであれよりも弱い個体だと嬉しい。
師匠は足元に転がってる少年の拳くらいの石を拾い上げるとおもむろに振りかぶり、まっすぐと洞穴の中へと投擲した。
ヒュッという風切り音だけを残して消えた石。
次に聞こえてきたのは『ギャッ!』という小さな悲鳴だった。
「よし、出てくるぞ」
「乱暴……」
「うるさいぞ、ヴェラ」
チラ、とこちら見る師匠。人型に戻ったヴェラがサッと僕の後ろに隠れた。
まるで僕が睨まれてるみたいだからやめてほしい。
視線を洞穴へと戻す。暗闇をジッと見ていると、奥から何かが出てくるのが見えた。
右手の中にラーヴァナを召喚する。ヴェラも短剣を抜いて姿勢を低くし、攻防いつでも対応できる準備をしていた。
師匠はというと腕を組んだまま正面を向いて立っているままだった。武器を取るまでもない相手なのか、それとも僕たちが守ると信じてくれているのか。
いよいよ洞穴の主が顔を出した。赤い硬質の皮膚に身を包んだ顔が、左右を確認し、正面の僕たちに視線を固定した。
そのままゆっくりと這い出てきて全貌が明らかとなった。
全身を赤い鱗で覆い、立派な翼を持ち、長い尾を揺らす姿はまさにドラゴン……じゃなかった。
「ドレイクだな、こいつは」
「ドラゴンじゃなかったですね」
ドレイクはドラゴンとは似て非なる種類で、いわゆる亜竜と呼ばれるモンスターだ。
ドラゴンよりも体躯は小さいし、弱い。本来ならちゃんと見れば間違いようもないモンスターなのだが、この目立つ赤色は遠くからでも目立つ。
例えば飛んでいる時のこいつを離れたところから見たら勘違いもしてしまうだろう。
そういった偶然が重なって『西の山にドラゴンが棲みついた』なんて噂が出来上がってしまったのだろう。
「しかしこいつ……妙に大きいな」
「本来はもっと小さいんですか?」
「あぁ。一回りは小さいはずだ。もしかしたらこいつは……ヴェラ、その短剣を貸してくれ」
「はい~」
数多くのモンスターを退治してきた師匠は何か違いがあると言うのならそうなのだろう。
その体躯の大きさもあって見間違えたのか……なんて考察している間にヴェラから短剣を受け取った師匠は鎧も着ずにドレイクの方へと向かって歩いて行ってしまった。
「師匠!」
「そこで待ってろ」
そう言われたら待つしかない。固唾を飲んで見ていると、自分の身の危険を察知したのか、ドレイクが牙を剥き出しにして威嚇し始めた。
しかしそんなもので師匠が止まるはずもなく……更に近付いたところでドレイクがたまらず先行攻撃を仕掛けた。
翼を広げて飛び上がる。体躯の大きさから遅いと予想したのだが、翼も大きい所為か目を見張る速さで翼の先端にある指だった名残の爪で切り裂こうとする。
「なるほど、速いな」
「ギャオォ!!」
「いいぞ、その調子だ」
師匠は短剣を上手に使ってドレイクを傷付けずに攻撃をいなしていく。
負けじとドレイクも爪や牙、尾を使って攻撃するが師匠に見事に捌かれて一つもダメージを与えられない。
奴もこの辺りではブイブイ言わせたモンスターの王だったのかもしれない。流れるような動きから繰り出す攻撃はそんじょそこらのモンスターとは比べ物にならない技術の差が見えた。
そんなドレイクよりも明らかに強い師匠の出現に業を煮やしたのか、ドレイクは飛び上がると肺いっぱいに空気を吸い込んだ。いや、正確には空気中の魔素だ。
「師匠、ブレスです!」
「分かってる」
じゃあなんで鎧を着ないのか。思わず飛び出しそうになったが、腕をヴェラに掴まれる。
「大丈夫だよ」
「いや、でも……!」
「ほら、見てて」
そう言うヴェラがあまりにも落ち着いているものだから、自分が空回りしていることに気が付けた。
視線を再び師匠に戻すと、まさにドレイクが炎のブレスを吐き出すところだった。
そして僕は信じられないものを目にした。
「嘘だろ……」
「ね、大丈夫って言ったでしょ?」
辺り一帯を燃やし尽くす勢いのブレスを師匠は飛び上がり、正面から短剣で切り裂いたのだ。
師匠の勢いは止まらず、そのままドレイクの首に組み付く。足を引っ掛けてくるりと回って背中へと乗っかり、短剣を首元へと添えた。
ドレイクは暫くその場に留まっていたが、観念したのかゆっくりと洞穴の前に降り立った。
師匠は亜竜を短剣一つで完封し、しかも倒さずに降伏させたのだった。
「よし、良い子だ」
「師匠……凄すぎですよ」
「そうか?」
心做しか嬉しそうな顔をしていた。放り投げた短剣はヴェラが掴んで鞘に仕舞う。
短剣を外されたにも関わらず、ドレイクは少し拗ねたような表情で地に伏せ続けていた。
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