第25話 手掛かりを求めて
「死海はモンスターが泳いでやってくる、か。だから渡ろうとしても死ぬから死海ねぇ」
この1週間で調べた結果、海を渡るのに船を使うという案は絶望的という結論に至った。
船が駄目なら泳ぐと言い出しそうな師匠だったがその提案は出てこなかった。
割とお手上げ状態だが、僕を含め3人とも諦めた顔はしていない。
きっと何か方法があるはずだ。
そう信じて町を駆け回り、死海に関する情報を仕入れていた。その中で色々な情報を得たが、死海攻略の助けになるものはなかった。
ヴェラの帰りが遅かったので師匠と一緒に食事をしていると、食堂にヴェラが転がり込んできた。
慌てた様子から何かお得な情報を拾ったのかもしれない。僕たちの姿を見つけたヴェラが駆け寄ってきて、両手でテーブルを叩いた。
「シヴァさん、シーザー君! ドラゴンがいるらしいよ!」
「ドラゴン? 攻めてくるのか?」
「西の山に棲みついてるそうです!」
ドラゴンね……死海とは関係ないなぁ。山だし。
「となると凶暴性はなさそうだな」
「温厚なんですかね?」
「翼のあるタイプなら乗れるかもな」
「なるほど……え? ドラゴンに乗るんですか?」
「乗れば死海を渡れるぞ」
とんでもない提案が出てきた。しかしそうか……空を行くという発想がなかったな。
万が一危険なドラゴンだったとしても、【
ならさっさと西の山へと向かうとしよう。これから行ったっていい。
「今から行きたそうな顔をしてるが、もう日が暮れている。魔大陸も近いし夜の遠征は危ないぞ。準備もしてない」
「ぐぬぬ……明日、速攻で準備します! ていうかこれからします!」
「あ、ちょっと! 自分の分は自分で払う!」
残っていた料理を口の中に突っ込んで店を飛び出そうとするが、パーティールールを出されて踵を返してポケットの財布から代金を取り出し、店員さんに渡す。
今度こそ出発の為の食料やらを集めに店を飛び出した。
翌朝、一番に宿を出た僕は荷物片手に通りを眺めていた。
今日もいつも通りの日常だ。防衛隊は町を守る為に訓練と警邏を欠かさない。
正直、冒険者が国が親分の防衛隊に入ったところで素行不良で追い出されるもんだと思っていたが、案外そうでもない。
意外にも、というと変な話だが、国が雇っているので給料が良いのだ。
やはり安定した職というのは何ものにも代えがたいものらしい。
冒険者が悪い訳ではないし、実力と運さえあれば安定職なんか比にならないくらいでかい金額が入ってくるのも冒険者だ。
実際、師匠はそうやって生活してこれまで困るようなことはなかった訳だし。
いくつも二つ名が付けられるような実力がない人間は安定した職に就くのも良い判断なのかもしれない。
僕は……どうだろう。冒険者も辞めてしまったし。職そのものがない。
運良く魔王を倒して勇者と聖女とその他諸々の鼻を明かした後はどうやって生活しようか?
「早いな、シーザー」
「あっ、おはようございます、師匠。……あれ、ヴェラは?」
「まだ寝てる」
足並みがなかなか揃わない……。
師匠も準備は終えているようで、とくにやることもないようだ。
ジャリ、と靴の裏で砂を鳴らして僕の隣へ立ち、そのまま座り込んでしまった。
会話のない時間が流れる。
「……」
「……私は魔王を倒す理由がある」
「?」
「シーザーにも理由がある。だがヴェラには危険に付き合う理由がない」
「そうですね。……置いていくんですか」
「まさか。何を言われるか分かったもんじゃない」
両手を挙げて苦笑する師匠。確かにヴェラならボロクソに文句を言いそうだ。僕にはできないことだが師匠とヴェラの関係値なら、ない話じゃない。
「ギルドを辞めてまでついてきた女だ。そう、私たちの所為でギルドを辞めさせてしまった。その分は、どうにかしたいところだな」
「そうですね……あの盆地に戻って、平和に暮らすっていうのはどうですか? 時々アケイラに降りたりして、町の人とちょっと喋ったりして。それで気が向いたら旅に出たり……そういう生活って楽しいだろうなって考えてたんです」
まさに今、思っていた話だった。魔王を倒した後は悠々自適に暮らしたい。なら場所はあの盆地がいい。
師匠と修行の日々も楽しそうだし、盆地の奴らと戦うのも楽しそうだ。アランと戦えるようになるくらいには頑張りたいが……。
そこにヴェラもいたら、きっともっと楽しくなるはずだ。
「それも良いかもな」
「でしょ? 絶対楽しいですよ!」
「その為にも、頑張らないとな」
師匠が立ち上がり、ググッと腰を伸ばした。
それと同時に宿の扉が開き、ヴェラが申し訳なさそうにそっと顔を覗かせた。
「すみませ~ん……寝坊……!」
「こいつが馬鹿みたいに張り切ってるだけだ」
「なっ……!」
「さぁ、行こう」
□ □ □ □
港町ヘレンズポートより要塞都市フェレスタまでずっと馬車旅だったが、流石に西の山行きの馬車はなかった。
久しぶりの徒歩である。となると盗賊都市ヴァルナータへの行軍を思い出すかもしれないが、今回はそんな大急ぎの旅ではない。急ぎではあるが。
今回はちゃんとヴェラにも歩いてもらっている。
「なんか、こうして歩いてるとシヴァさんとパーティー組んでた時のこと思い出しますよ~」
「二人並んで歩いていたな。金はあったがお前の財布の紐がきつすぎて大変だったぞ」
思い出話に花を咲かせる二人の後ろをついて歩く。
ちょっと疎外感を感じたりするが、こればっかりはしょうがない。
そんなことよりもこれからの生活の為に頑張ろうという気持ちの方が大きいのでそれ程気にならなかった。
フェレスタから西の山へは徒歩で半日と少しくらいの場所だ。これから麓まで行くとなるとすっかり夜になってしまうから、今日は日が暮れそうになったら野宿する予定だ。
どんな場所でも【白織の箱】があるから安心して休める。師匠がこれを買うと決めたのはヴェラと別れる前だったのか、後だったのか、ちょっと気になる。
そういえば、大陸の北端ということもあって気温とか低いのかなぁと思っていたのだが、季節的なこともあってか案外暖かい。
もう1、2カ月もすれば観光都市辺りは半袖の市民も増えてくる頃だろう。この辺りだとまだちょっと肌寒い。
何回かの休憩を挟んで歩き続け、山のシルエットがスタート地点の時よりも大きく見えてきたところで、その山に向かって太陽が沈んでいった。
リュックから箱を取り出し、起動してから野営の準備を始める。テントを取り出し、組み立ててから薪を組んで火付けだ。
「シーザー、風呂作ってくれ」
「了解です」
構造はこの間師匠が作ったのを見たから覚えている。
師匠は土魔法で鉄板とかいう意味の分からないことをしていたが、僕は【
薪と水は師匠にお願いするとしよう。
風呂作成が終わり、次の仕事は調理だ。これは勇者パーティー時代からやっていたことなので自信をもって提供できる。
と言っても師匠やヴェラが好むのは塩気が強い料理が大半だ。特に今日はいっぱい歩いて汗もかいただろうし、その補給ということで塩分多めにしておきたい。
「できましたよ!」
「いつもすまないな」
「美味しそう~!」
こうして喜んでもらえるなら何も苦にならないから不思議だ。
できあがった料理に舌鼓を打ち、寝床の用意をする。その間に二人は風呂だ。
きゃっきゃと騒ぐ声が聞こえてくる中、僕はテントで一人、装備品の点検だ。
それが終わる頃には師匠達も風呂を上がって、僕の番だ。
「ふぅー……」
まだ2回目の経験だが、外で入る風呂はめちゃくちゃ気持ちいい。
前にラインハルト達が話しているのを後ろで聞いていたことがあったのだが、なんでも地面から天然のお湯が沸きだしている場所もあるらしい。
それがどれくらいの温度かは分からないが、入れるなら入ってみたいものだ。
「湯加減はどうだ?」
「どわぁ!?」
「そんなに驚かなくたっていいだろう」
ボケーっと空を眺めていたら急に耳元で師匠の声がした。流石にびっくりした。
慌てて前を隠しながらできるだけ身を隠そうと肩まで浸かる。
「隠れても透明だから意味ないぞ」
「だからって覗き込まないでくださいよ!」
「別にいいだろう。減るもんでもないし」
「減るんじゃなくて増えるんですよ。羞恥心が」
「そんなもん、いくらあったっていい。あればあるだけ可愛がれるからな」
「くっ……無敵過ぎる……!」
風呂の度に僕をからかわなきゃ気が済まないのか、この人は!
「何騒いでるんですか~?」
「やばい……」
「何がやばいの……って、あー! 何か面白そうなことしてる!」
ただでさえ見られたくないのに見なくてもいい人がどんどん集まってくる。
これ、逆の立場だったら問答無用でぶっ飛ばされてるんだろうなと思うと世知辛い。やったもん勝ちなのに負けるなんておかしいよ!
その後はじゃれて僕の両腕を引き剝がそうとする二人を【
しかし師匠に関しては効いていたような気が全然しなかった。あの人、普通に掌握を振りほどいて帰っていった。
まったく、どれだけ強いんだか……。僕も湯冷めしない内に寝るとしよう。
さすがにテント内は大人しくしてくれる、よな……?
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