第24話 北方要塞都市フェレスタ
石と木で組み上げられた防壁を見上げる。年季の入った壁には傷と修復が入り混じり、不思議な雰囲気を漂わせている。
その防壁と同じ高さの門には吊り下げ式に鉄製の柵が組み込まれていた。これを持ち上げて出入りするようだが、さすが最前線。
仰々しいというか、物々しいというか。見慣れてないが、これが日常だとすれば相当な危険地帯である。
馬車は鉄柵の下をくぐり、町の中へと入っていく。そのまま大通りを抜けて中心にある砦の中へと入っていった。
荷台から降ろされ、兵士達に囲まれながら中へと進む。御者のおっちゃんはついて来なかった。会釈はしたが、無事に帰ってほしいものだ。
案内されて砦に入ったらエントランスというか、ホールというか、とにかく広い場所に出た。侵入者を上からいくらでも攻撃できるよううな場所だ。
「ようこそ! 勇敢なる戦士たちよ!」
なんとも胡散臭い言葉だ。正面にある階段を下りてくる男がホール中に響く声で僕たちを歓迎する。
傷だらけの顔だった。頬から目まで続く縫い目はスキンヘッドの頭にまで続いている。よっぽどの怪我だったのだろう。
お腹から響く声で笑う男は横一列に並ばされた僕たちへ、順番に握手をしていく。
「ほう、こんな子供までやってくるとは!」
「……どうも」
「可愛らしい女性までいらっしゃるとは、ハハハ! このむさ苦しい町も住みやすくなるな!」
「えへへ……」
僕もヴェラも圧倒されて不愛想だったり愛想笑いだったりで、微妙な空気が漂う。
そんな空気を決定的に凍らせたのは、やはりというかなんというか、師匠だった。
「貴女も素晴らしいな! 美しさの中に強さが見える! 頼りにしているぞ!」
「悪いがお前たちの戦いに参加するつもりはない」
「ほう……」
快闊な表情をしていた男の目が一気に鋭くなる。差し出された握手の手は握られず、そのままの姿勢で質問が始まった。
「では何をしにフェレスタへ?」
「死海を渡るために」
「魔大陸へ攻め込もうというのかね? ハッ、馬鹿馬鹿しい。我らは死海より来るモンスターへの対処は任されているが、魔大陸への侵攻は許可されていない」
「お前たちの部隊に加わる気はない。だからその理由は関係ないな」
師匠が話すとどうしてこうも喧嘩腰になってしまうのか……。
生来のぶっきらぼうさが原因なのは分かっているのだが、上手く口を挟む技術が甘い僕はいつもハラハラしながら見守るしかない。
チラ、と隣に立つヴェラを見る。……駄目だ、僕と同じ顔してる。
しばらく黙っていた男は差し出したままだった手を引っ込め、腕を組みながらジッと師匠を見つめた。
「……まぁ確かに、この町へ来たから我々の部隊に所属しなければならない、という決まりはない。死海に向かうのも個人の勝手だ。すまないな、貴女の筋は通っているな!」
「分かってもらえて助かる」
「名を聞いてもよろしいか? 部隊員ではなくても、覚えていたい」
再び差し出される手を、師匠はギュッと握り返した。
「シヴァ・ノクトだ」
「……そうか、貴女が。既知の名ではあったが、改めて心に刻んでおこう。そちらの二人は貴女のパーティーだろう。是非とも名を聞きたい」
急にこっちに話題が降りかかってきて慌てたが、落ち着いて名乗る。
「シーザー・シックザールです」
「アルヴェラ・ベラドンナです」
「ふむ……確かに覚えた。君たちが帰ってきた時は盛大に歓迎するとしよう!」
何だか話が大きくなってしまった。できればこっそり行ってこっそり帰ってきたいものだ。
「そうだ、名乗るのが遅れてしまったな。シヴァ殿やシーザー殿、アルヴェラ殿以外の者も失礼した。私はハルドナ聖星軍北方方面防衛隊隊長のヴラド・グングニルだ! どうぞよろしく頼む!」
各々がよろしくお願いしますとまばらに返事をし、満足したのかヴラド隊長は後ろで待機していた軍服を着た男にいくつか指示をして再び階段を上がっていってしまった。
残っていた隊員が僕たちの方へと歩いてくる。黒い髪を肩で揃えた男は小脇に抱えていた冊子を開いていくつかの指示を出した。
「長旅お疲れ様です。私は防衛隊副隊長を務めさせていただいています。ヒジリです。防衛隊に入隊する方は階段脇の扉より会議場へお進みください。規則等の説明をさせていただきます。入隊されない方はこちらへ」
入隊されない方である僕たちはヒジリ副隊長の下へと行く。
開いていた冊子のページをいくつか捲り、目的のページに辿り着いたのか少しの間目を左右に動かして文章を読み込んでいた。
何かの確認が取れたのか、文章を読み終えたヒジリ副隊長は冊子を閉じて僕たちへと向き直った。
「失礼、違反のないように規則を再読していました」
「それで?」
「本来、防衛隊に入隊した隊員にはフェレスタの資材や設備を無償で利用してもらっています。ですが入隊されない者へは有料での提供をしております」
まぁ、当然の話だ。
「ですが今回は死海を渡り、魔大陸への侵攻をされるということで隊外隊員という形であなた方を誘えればと思います。この隊外隊員は1パーティーで形成された部隊で我々の指示外の部隊となります。これまでのシヴァ殿の功績は私たちも把握しておりますので、十二分な働きをしていただけると計算し、資材および施設の無償利用を可能と隊へ指示を出させていただきます」
「功績か……私はもう冒険者じゃないからそれは難しいんじゃないか?」
「はぁ?」
めちゃくちゃ真面目な人から出てくる素っ頓狂な声ってめちゃくちゃ面白いよね。
「魔王討伐に行くと言ったらハルドナの冒険者ギルドマスターに止められたので辞めてきた。煩わしいからな」
「……………………なるほど」
「有難い申し出だが元々ここを利用する際には適切な料金を支払うつもりだったから気にしないでくれ。そう長く世話になるつもりもない。まぁ、モンスターが攻めてきたらその時は適当にやらせてもらうよ」
それだけ言うと師匠は踵を返して砦の出口へと向かっていった。
残された僕たちはヒジリ副隊長にお礼をしてから師匠の後を追った。
なんだか申し訳ない気持ちになるが、冒険者を辞めた僕たちが功績を振りかざして防衛隊の既得権益に乗っかるのはさすがに拙い。
砦を出る師匠の後を追っていくとさっきは馬車の中で見えなかった砦の周りが見えてくる。
上裸で汗を流しながら剣の素振りをする隊員たちや、弓矢の練習、魔法の練習をする姿が見える。
戦闘がない時でもこうして欠かさず訓練をしているのだろう。やっぱり断って正解だったな。
こんなに頑張ってる人たちの権利を奪うことなんてできるはずがない。
砦の敷地から出た師匠の隣へと歩み寄る。
「これからどうします?」
「死海を渡る方法を調べる。だがその前に飯だな。いい加減、腹が減ってしょうがない」
確かに馬車旅中はリュックから出した非常食をつまみつつ、夜は宿の食事を食べるくらいだった。
慢性的な空腹に襲われていたのは確かだ。ここらで一つ、胃を満杯にしたっていいはずだ。
「食事処が決まったら私は先に宿を確保してきますね!」
「ありがとうヴェラ。さぁ、さっさと探すぞ」
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