第23話 精神の掌握

 土煙を剣の腹で払う。剣の軌道をなぞるように風が土を運び、視界が晴れていく。

 目の前には剣を叩きつけられて真っ二つになったオークの死体。そして僕を取り囲むリザードマンとオーク。

 戦場に飛び込んだのだから当たり前だが、四方八方は敵である。


「逆に分かりやすい! 【物質の掌握マターテイカー】!!」


 剣を地面に突き立て、空いた右手を地面にかざして握りしめる。

 クレーター状に抉れていた地面から全方位に石柱が飛び出して、巻き込まれたモンスター共はぐちゃぐちゃになりながら吹っ飛んでいく。

 こんな戦い方ばかりしているから人との連携ができないのだと心の中で皮肉りながら、再びラーヴァナを掴む。


 石柱の上を走り、まずは沼地側、リザードマンを叩く。


「オラァ!!」


 袈裟斬りに一番前にいたリザードマンを、手にしていた槍ごと切り裂く。

 さすが、タイラントドラゴンから作られた剣だ。リザードマンごときなら障害にもならないな。

 この剣ならあの盆地の支配者、スカイドラゴンのアランを傷付けることもできるだろう。その前に死ぬかもしれないが……。


「やるなぁ坊主!」

「あざす!!」

「そっちは任せたぞ!」


 マルクの声だけが聞こえる。そっちは、ということは彼らはオークに専念するようだ。

 確かに巻き込まれるくらいなら完全に分けた方が良い。状況判断が早いのも長年やってきた経験則だろう。

 そんな男に仕事を任されたのだ。全力でやるしかない。


「とはいえ多勢に無勢……ここは味方を増やすしかない、か」


 僕の味方でありながら、巻き添えになっても心が痛まない人材が必要だ。

 剣を仕舞い、マターテイカーで地面を掌握して一気に土を舞い上がらせる。

 舞い上がった土煙を目くらましにしながら、薄氷を使って静かに素早く、手頃なリザードマンへと忍び寄って背後から膝を蹴って跪かせる。


 目線より下になった頭を右手で掴んで、ぎゅっと握る。


「【精神の掌握スピリットテイカー】。さぁ、僕の為に戦え」

「クルルル……」


 相手の精神を掌握し、操るスキル。これを使うのは初めてだったが、成功したようだ。

 僕の支配下に置かれたリザードマンは近くの仲間を斬り捨て、剣を拾い上げて投げる。剣は投げた先のリザードマンの胸元に突き立ち、絶命した。

 今の一連の流れは僕が指示した訳ではない。リザードマンが自分で考えて行動したのだ。だが斬り殺す対象を選んだのは僕だ。

 つまり、ある程度の指示は可能ということだ。


 精神の掌握とは完全な操り人形にするのではなく、自分の考えに染める力らしい。


「なら、もっと増やしても大丈夫そうだな」


 僕の精神的負担にならないのであれば手駒を増やして最後に自害させれば仕事を減らせる。


「……我ながら血も涙もないな。まぁ、これが戦いなのかもしれないな」


 戦闘経験の少なさから感じる良心はまだあまりにも純白だった。

 師匠と過ごした1年の修行の間にも、モンスター命のやり取りは繰り返し行ってきていたが、こういった一方的に仕掛けて殲滅というやり方は初めてだった。

 命というものへの感謝が、あの修行の頃にはあった。この戦いでもそれは忘れてはいけないものだ。


 戦ってもらうことへの感謝を忘れずに、戦うとしよう。


 定期的に土煙を巻き上げ、次々と【精神の掌握スピリットテイカー】で手駒を増やしていく。

 戦場のリザードマンの半分近くが僕の支配下に置かれたことで戦況は逆転した。


「さて、どうしようか……」


 自害させるべきか……それともオーク側にけしかけるか。それも良いかもしれないが、僕の力が冒険者たちに知られるのはあまりよくない。

 定期的に巻き上げていた土煙は彼らからの目くらましの意味もあった。最初の一撃をわざとらしく見せつけたのも、完全にこちらへの手助けを減らす為の策の一つだった。


 結果的に事が全部上手く運んで僕の望む状況になってはいるが……結末をどうするかで悩んでしまった。

 冷徹に、冷血になりきれない自分が嫌になる。嫌になるが……冷徹になり果てた自分はもっと嫌だった。


「これだけリザードマンの死体があれば、なんとかなるだろう……お前たちは家に帰れ。しばらくは隠れて暮らせ」


 出した答えはこれだった。半壊した勢力は逃げ出した、ということにした。

 この何と言うか、煮え切らない惨めな感じが僕らしいなって思ってしまったのだ。

 師匠に鍛えられても荷物持ち以上にはなれない感じが、自分らしいなって。それが良いなって思ってしまった。


「これも成長なのかな……そういうことにしておこう」


 やっぱり精神の掌握は駄目だな。一緒に戦ったら駄目だ。どうしても情が湧く。


 僕には合わん!



  □   □   □   □



「オークどもは逃げ帰ったよ。俺たちの実力に恐れをなしたようだ」


 マルクが剣を肩に担いで豪快に笑った。


「しかしお前さんは凄いな。俺たちは数人で戦って追い返したが、リザードマンはお前さん一人で追い返したんだろう?」

「たまたま虚勢が上手くいっただけだよ。怪我しなくて良かった」


 おどけてみせたら皆が笑う。なんとか誤魔化せたようだ。

 リザードマン達は完全に帰らせたところで掌握を解いてやった。今頃何が起きたか分からずに元の生活に戻っている頃だろう。

 モンスターだからといって頭が悪い訳ではないようだし、自分達の戦力を把握して無理にオークへ仕掛けることもないだろうし、しばらくは紛争は起きないはずだ。


 戦闘が終わったのを見てやってきた馬車に乗り込み、師匠とヴェラのところへ戻った。


「ただいま戻りました」

「お疲れ、シーザー。頑張ったな」

「えへへ」


 人前で褒められるのは照れ臭いが、それよりも嬉しさが勝った。師匠も撫ではしなかったが、柔らかい笑みを浮かべて嬉しそうだった。

 しかし師匠やヴェラも参戦しなくて良かった。僕の戦う貴重な機会がなくなるところだった。

 二人は馬車と御者を守っていたようだが、そちらにはモンスターは流れてこなかったようだ。


 揺れる馬車が疲れた体の奥底に眠る睡魔を呼び起こしてくる。

 それは僕だけではないようで、あの戦闘に参加した冒険者の一部は横になって眠っていた。


「お前も休め。また戦闘があるかもしれない」

「分かりました」


 その時はすぐに起きて戦う所存だ。

 狭い場所ではあるが縮こまって横になると襟元を師匠に掴まれ、グイっと引き寄せられる。

 何事かと思ったが、持ち上がった頭が師匠の脚の上に置かれる。


 死ぬほど恥ずかしかったが、押し寄せる睡魔にはちょっと勝てなかったから気にしないことにした。



  □   □   □   □



 ぱしぱしと頬を叩かれた。


 戦闘かと思って跳ね起きる。周囲を見るが、みんな大人しく座っている。


 というか、全員の視線が僕に突き刺さっている。


「そろそろ着くぞ」

「うぁ、はい……」


 どうやらみんな起きてる中、僕だけが次の町まで眠っていたらしい。

 顔から火が出るとはまさにこのことだ。もっと早く起こしてほしかった……。

 馬車が止まるまでの間、マルク達に揶揄われながら過ごすいたたまれなさは過去一のものだった。


 本日お世話になる町は森から外れた丘陵地帯にある町だ。

 見晴らしのいい場所にあるとはいえ、森からやってくるオーク対策としてしっかりと防壁が築かれている。

 足場もあって見張り係が防壁の上を常に歩き回っているのが下からでもよく見える。


 宿は豪華でもなく、質素でもない普通の宿だ。相も変わらず師匠は周辺を警戒していたが、想定しているような心配はほぼ無用と言っていいだろう。

 小さな町だからか、僕たち3人は同じ部屋に押し込まれてしまった。

 ガッツリ寝てしまったから寝付くのに時間が掛かってしまったが、二人の寝息を聞いていたらいつの間にか僕も寝てしまっていた。


 翌朝、再び馬車に乗り込む。

 本日はこの緩やかな丘を下り、まっすぐ北を目指す。しばらく行くと湖が見えてくるのでその湖畔を北東方面へ沿うように進む。

 すると右手に大きな要塞が見えてくる。それがフェレスタだ。


 つまり、今日で馬車旅は終わり。ついに目的地……の手前の手前の町、最北端の要塞都市へと到着できるのだ。


「モンスターがまったくいない訳ではないが、小競り合いをするような生息域でもないし、今日中には着くはずだ」


 御者の声にマルク達が手を叩きながら御者に感謝の言葉を投げ掛けている。

 不思議な縁と組み合わせだったが、それも今日までと思うと少し寂しく感じる。

 短い間ではあったが、楽しい旅だった。これから彼らがモンスターとの闘いに明け暮れると思うと寂しさは増す。

 死ぬと決まった訳ではないが、命の値段の軽い場所に行くのだ。そういうこともあるだろう。


「最後までよろしくお願いします!」

「ん? おぉ、こちらこそよろしくな!」


 差し出された手をぎゅっと握る。力強い手に握られた手は、離した後もジンジンと痺れていた。

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