第22話 北へ
停留所から魔大陸への直行便は当たり前だがありませんでした。
それでも西大陸の北端方面への便はあったので、何とか乗り込んでいる状況だ。
西大陸から魔王の住む魔大陸に向かうにはハルドナから北上して【死海】と呼ばれる海を渡らなければならない。
また海かと頭を抱えそうだった。できれば他に方法があればいいのだが。
これから向かう北端の町は【フェレスタ】というらしい。なんでもモンスターからハルドナを守る要塞のような町という話だ。
モンスターから町を守るため、兵士も冒険者も傭兵も関係なく、戦える者は誰でも受け入れるという話だから、身分のない僕たちでも問題なく入れるはずだ。
揺れる馬車の中には僕たち以外にも人が乗っている。その誰もが武器を装備し、これから戦いに行く格好をしていた。
確かめなくても分かる。途中下車もせずに僕たちと同じ終点、フェレスタ行きだろう。
「いくつかの町を経由するんでしたっけ」
「そうだな。まっすぐ行くにしてもモンスターの生息地を迂回する必要がある。その迂回先に町があるんだ」
「なるほど」
昔から迂回しているうちに町ができたとか、そういう感じだろうか。
ちょっと歴史的な感じがしていいな。用事はないけれど、見る分には見たいかもしれない。
問題は身分のない僕たちが入れるかというところだが。ただの町なら大丈夫か?
「あんたらもフェレスタか?」
「まぁそんなところだ」
「そうか。腕が鳴るな」
完全にモンスター退治で競い合うつもりだった。
全然そんなつもりはないが、刻印処理をしている手も見えている。隠すつもりもないが。
刻印処理した武器や防具を持っているって時点で戦いに来ていると勘違いするのもしょうがない話である。
馬車は進路を北東へと変える。御者の話ではこのまま進むと沼地で、そこにはリザードマンが巣を作っているとのことだ。
正直、これだけ戦えるメンバーがいたらリザードマンくらい何匹来ようが相手にもならなかったが、沼地を馬車で進むのは確かに厳しい。
そういった地形的な観点からも迂回は必至なのだと学んだ。
沼地を大きく迂回して進んでいくと、小さな村が見えた。
「今日はここで泊まりだ」
御者の言葉通り、馬車は町の中へと進み、宿らしき場所の前で停車する。
降ろされた僕たちは宿を見る。いたって普通の宿だ。
師匠は対面を気にしているが、お向かいさんは2階建ての食堂だ。どう考えても上は居住スペースだし、他に宿もなさそうなので今回は折れてもらう他ない。
何事もなく一晩を過ごし、再び馬車に乗り込む。
「今日はこのまま北西に向かう。昨日迂回した沼地と森の間を抜ける形だ。この辺りは沼地のリザードマンと森のオークの戦場だ。今の時期は巻き込まれる心配はないとは思うが、何が起こるか分からん。各々戦う準備はしておいてくれ」
そんな場所を通らないでくれよと思うが、これ以上東は崩れやすい岸壁地帯と海で、岸壁と森は隣接している。
ならば最初の沼地を西側方面に迂回すればいいと思ったが、沼地が横に長いのが問題だ。
その時間をひたすら西に向かうとリザードマンにシバかれる可能性も増えるし、遠回りだ。
結局はこの道しかないという結論に至ったようだ。
時期さえ気を付ければ小競り合いに巻き込まれることもない、比較的安全なルート。
だが時期を間違えれば彼らの抗争に巻き込まれる最悪のルート。
これから向かうのはそんな地獄のご近所のような場所である。
□ □ □ □
ガタガタと揺れていた馬車がゆっくりと速度を落として、ついに停車した。
目を閉じてジッとしていた師匠も顔を上げ、周囲の様子を探っている様子で、僕とヴェラはすでに嫌な予感がして眉間にしわを寄せていた。
多分、こうなるんじゃないかと思っていたんだよな……。
「お客さん方、すまんな。準備の方頼むぜ」
荷台から顔を出すと、前方で小さな土煙が舞っているのが見えた。
恐らくだが、リザードマンとオークがやり合っている現場だろう。右には森、左には沼地。避けて通る道はない。
客である我々は押し通るしかない。
「よっしゃあ! 退屈してたんだ!」
「行くぞおめぇら、景気づけだ!」
強面の冒険者方はやる気に満ち溢れている。
チラ、と師匠の様子を横目で見る。予想通り、やる気に満ち溢れていた。顔には出していないが。
そして大抵、こういう時はそのやる気を僕へと向けるのだ。
「わかってるな、シーザー」
「負けませんよ」
「よし」
そして大概なのは僕もであった。師匠の弟子だからかもしれないが、そういう気質というのは似ていくのかもしれない。
馬車を出た僕たちは先行していく。土煙の中にいくつかの影が見える。
片方はひょろ長い体躯に湾曲した剣を手にした姿。
もう片方はずんぐりむっくりな体系に丸太みたいな棍棒を振り回す姿。
いずれも情報通り、リザードマンとオークだった。何が気に食わないのか、互いにギャアギャアと鳴きながら武器を振り回してた。
パッと見た感じでは戦況はどっこいどっこいという感じだった。
てっきり、剣を手にしたリザードマン側が優勢かと思ったがオークの肉というのは案外頑丈らしい。
「さて諸君、どのように調理する?」
黒い髪を編み込み、たっぷりとヒゲをたくわえた顔の怖い男が紳士面をしておどけてみせる。
「各個撃破でも良いが、このまま行けば俺たちはフェレスタでも顔を合わせるだろう。今のうちにチームワークを深めるというのも一つの手だと思うが?」
「俺は賛成だ。到着した順にチーム組むって話だしな」
「俺も賛成」
「俺もだ!」
乗合客たちはどうやら手を組む方向で話が決まったらしい。
だが僕はそれに賛成はしていない。
「そっちの君は?」
ヒゲの男はどうやら本当に紳士らしく、何も言っていない僕にまでちゃんと意見を聞いてくれた。
「有難い申し出だけれど、申し訳ない。僕は人と合わせる戦い方を学んでないからご迷惑を掛けると思う」
「おいおい、そんな釣れないこと言うなよ!」
「ちゃんと俺たちがフォローするぜ?」
強面の兄ちゃんたちは顔が怖いだけでめちゃくちゃ優しかった。
何だか冒険者という人間全部がラインハルトみたいな印象を抱いてしまっていたのが嘘みたいだ。みたいって言うか、嘘だ。
その差し伸べてくれた手を断るのが本当に申し訳なくて。
「本当にありがとう、みんな。でも僕、ちゃんと強いんで!」
「言うじゃねぇか! あとで泣き言を言っても聞かねぇぞ?」
「俺たちと勝負って訳だな!」
バシバシと肩を叩く手が痛い。でも不快感は一切なかった。こんなに気持ちの良い人間がいることにビックリだ。冒険者を辞めたことをちょっと後悔してる。
でも冒険者じゃなくてもこういう人間性は得られるはずだ。僕は僕で、やればいい。
場の様子を眺めていたヒゲの男は僕と冒険者の間に入り、最終確認をしてくる。
「じゃあ君は遊撃ということでいいな?」
「あぁ、そういう形で構わない」
「よぉし、決定だ! 野郎ども、蹴散らすぞぉ!!!」
紳士面などどこへ置いてきたのか、獅子の咆哮のような雄叫びをあげて真っ先に敵陣へと突っ込んでいった。
男たちもそれに従い、剣を抜いて雄々しく声を上げて突っ込んでいった。
僕はというと、男たちのノリに乗り遅れて一人取り残されていた。このままじゃあ師匠に「お前は走ってこい」なんて言われる。
「行かないのかい?」
「わ、ビックリした。あなたこそ行かないんですか?」
まったく気付かなかったが、眼鏡を掛けた線の細い男性が僕の後ろに立っていた。
「僕は後衛さ。マルクが突っ込んで、僕が支援。いつものことさ」
「マルクって?」
「あの一番顔の怖いヒゲだよ」
「あぁ……コンビでやってるんですね」
「そうだね。もう7年くらい一緒にやってるよ。……さて、お互い仕事をしよう」
振り返るといよいよ戦闘に参加するというところだった。
僕も出遅れないよう、自分の胸の前に掌をかざし、ギュッと握った。
「何かのおまじないかい?」
「そんなところです。じゃあ、行ってきます」
右手の甲の紋様が消え、手の中に大剣ラーヴァナが姿を現した。
眼鏡の男は驚いた顔をしていたが、それに構うことなく駆け出した。
走る足はゆっくりと徒歩へと切り替えていく。しかし速度はどんどんと上がっていく。
【シヴァ式歩法術:薄氷】によって増した速度は前方を走っていた男たちを追い抜いた。
驚きの声を背に、膝を曲げて大きくジャンプをする。そして落下の速度と【
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