第21話 一大事業
昨日も訪れた冒険者ギルドにやってきた。
相変わらず豪華な外見をしている。飾り立てた外見を支えるかのように内側もそれなりに豪華にしているが、出入りしている人間にまでそれを求めるのは酷な話だ。
冒険者と言えば荒くれ、野蛮、勇敢、強面……そんなイメージだ。だからこそ、建物の雰囲気に合わずにちぐはぐとした空気が漂っていた。
そんな中を長い銀髪を揺らしながらまっすぐとカウンターへ向かう師匠の様はまさに王者の風格だった。
その後ろに続く僕はその雰囲気に合わないが、小間使い程度にはなれているだろうか。
なんて、余計なことを考えていた。
「シヴァ様でしょうか?」
「そうだ」
「奥でマスターがお待ちです。パーティーメンバーの皆様もどうぞ、奥へ」
さっき来た男とは違って肝の据わった女性職員に案内され、僕たちはカウンターの脇からギルドの奥へと進んだ。
全員が無言で廊下を進む。なんとも言えない空気だ。
「……」
そんな中、僕はラインハルトに拾われる前のことを思い出していた。
僕は奴に拾われる前から冒険者になっていた。と言っても日は浅かったし、大した活躍もしない、いわゆる底辺だった。
そんな僕が冒険者をやっていた出身町のギルドは職員と冒険者の距離が近く、色々と相談にも乗ってもらっていた。
食い扶持の為に稼がないといけないことと、スキルの所為で激しい出費と、そのスキルを活かせないという釣り合わないバランスをどうしたらいいものかとよくマスターと相談していたものだ。
そんな時、カウンターの横からギルドマスターの部屋に向かうのだが、こんなにも無言で歩くことはなかった。
何なら廊下で二人で立ち話状態で相談をしていたこともあった。
だから今の状況が、同じような場所なのにまるで違うことに何とも言えない感情が湧いていた。
今まではマスターの部屋に向かう際にも不安を抱えていた。
けれど、今抱えている不安はそれとは同じなのにまったく別の不安だった。
「こちらです」
女性職員の声にハッと顔を上げた。いつのまにか俯いていたようだ。
視線の先には綺麗に磨かれた艶のある木製の扉があった。ピッタリと閉じられた扉からは絶対に開かないかのような印象を抱く。
しかしそんな印象はあっさりと砕かれ、扉は開かれる。すると今度は入ったら絶対に出られない罠のような印象へと変わった。
どちらにしても、良い印象ではなかった。だが師匠は悠々と中へと向かっていく。その後ろ姿が、僕に勇気をくれた。
「ようこそ。朝から呼び出してすまかったね。急がないと旅立たれてしまいそうでこちらも慌ててしまったよ」
労うような言葉を口にするギルドマスターはいかにも頭が良さそうといった雰囲気の男だった。
短い茶髪を後ろに流し、銀のフレームの眼鏡が頭の良さとともに冷徹さを印象付ける。
口元はにこやかに歪んでいたが、目は一切笑っていなかった。
「何の用だ?」
「あなたが【白夜帝】か。噂は海をも越えて届いているよ。獅子王討伐の話は私も胸を躍らせた……」
「何の用だと、聞いているんだが」
「……」
椅子から立ち上がり、まるで演劇のように両手を広げながら師匠を出迎え、話しかけるが師匠は一切取り合わなかった。
師匠と1年、毎日顔を突き合わせていた僕だから分かるが、これは普通にキレている。
それは師匠と1年、毎日顔を突き合わせていないギルドマスターにも伝わったようで、視線の鋭さが増した。
「用か。気になるようだな。では端的に伝えさせてもらおう」
自分の椅子に戻ったマスターは背もたれに体を預けながら僕を、ヴェラを、師匠をと順に見て、こう言った。
「魔王討伐の件、やめてもらおう」
「何?」
「これは勇者と聖女が関わる事業だ。一介の冒険者の邪魔は営業妨害なのでね」
ギルドマスターの言葉をちゃんと聞いたのに、理解できなかった。
魔王討伐が事業? 営業妨害?
「よく分からないな。魔王討伐はいつから商売になったんだ?」
「いつからと問われるなら半年前という答えがもっとも正解に近いだろう。勇者ラインハルトのパーティーメンバーである聖女隊リーダーであるミラが正式に聖女と認定されたのがきっかけだ」
あの女、ついに聖女になったのか。
「勇者と聖女。この2人が魔王を討伐することで何が変わると思う?」
「世界が平和になる」
「ハッ、馬鹿の答えだ」
腕をあげようとしたらヴェラに掴まれた。バッと顔を見ると首を横に振っていた。
いいだろう、別に殺したって。
「正解は莫大な金がこのハルドナに集まる、だ。魔王を倒した勇者と聖女が結ばれ、聖法国を治める。すると話題に商人が群がる。商品の輸出入と共に話題は世界に広がる。それに釣られた人間がハルドナへと集まる。金を持って、ね」
「なるほど。理解した」
「ははは、理解が早くて助かるよ。では魔王討伐は諦めて」
「断る」
「……はぁ?」
今度はギルドマスターが言葉を理解できなかったようだ。
「関係ない。私は魔王を倒す。シーザーとヴェラと一緒にだ」
「ちゃんと理解していなかったようだな……これは国が絡む大事業だ。冒険者如きが口を挟めるような話ではないと言ってるんだ。手を引け」
「断る。これ以上、無駄な時間を使いたくない。帰らせてもらうぞ」
前言の前言の前言の……ともかく撤回させてもらいたい。
師匠はやはり傍若無人だった。
しかし気持ちのいい話だ。モンスターを生み出し続け、世界を脅かす魔王を倒すことに商売を絡めるなんて腐った話だ。
それにラインハルトとミラが関わる?
ふざけんなと叫びたい。そんなしょうもない話で呼び出されたことにも腹が立つ。
「これは冒険者ギルドのマスターとしての決定だ! 従ってもらおう!」
「そうか。ならばこれがなければ問題ないな」
師匠はそう言って首からぶら下げていた冒険者証を引きちぎってマスターの机の上に置いた。
「……どういうつもりだ。今まで築いてきた地位を捨てるというのか?」
「築いたつもりはない。私が歩いた後ろに勝手に積みあがっていただけだ。そのゴミを捨てられるなら今日を記念日にしよう」
東大陸より遥か東に広がる国には『塵も積もれば山となる』という言葉があるとセツナから聞かされたことがある。
その時は諸々含めて完全に僕への悪口だったが、師匠は今日、山のように積まれたこれまでの功績をまとめてゴミとして捨てたのだ。
「最上位冒険者の称号を捨てるというのか!?」
「もう用はないな。私は冒険者じゃないから、ここにいる意味もない」
そう言って師匠はさっさと退室してしまった。後を追う為には、僕もこの荷物を置いていかなければならない。
首からぶら下がるそれを引きちぎり、マスターの机の上に置いた。
「師匠が待ってるので」
「貴様……!」
ヴェラの方へと向き直る。彼女はギルド職員だ。たまたま僕たちと同じように歩いていたが、これ以上ついてくる必要はない。
彼女の目を見て、目で別れを告げる。危険な仕事よりも安定職を取った方がいいに決まっているから。
僕はギルドマスターの部屋を出て師匠の後を追った。
「師匠!」
「シーザー」
振り返った師匠がチラ、と僕の首元を見て小さく笑った。
「お前も捨ててきたか」
「捨てる勇気も必要かなって」
「そうだな。貯め込み過ぎるのはよくない」
互いにくすくすと笑い合う。たった今、大国の首都の冒険者を管理する男とバチバチやってきたとは思えない程に和やかな空気だった。
師匠と共にギルドを出て、これからどうしようかと相談をした。町の構造はヴェラが把握していたからそれほど行ける場所はない。
となると向かう先は馬車の停留所だった。あそこなら魔大陸方面に向かう便があるかもしれない。
「早速行こう」
「しがらみも何もないって、結構気持ちいいですね」
「私も久しぶりに肩が軽い気がするよ」
師匠も師匠で色々背負うものがあったんだなと改めて思う。
その荷物を僕も一緒に背負えたら……なんてことを思ったが、叶う前に降ろされたら叶いようがないな。
足元に置いていたリュックを拾い上げ、腕を通して停留所へ向かとうとしたら後ろから名前呼ばれた。
「シヴァさん、シーザー君!」
「ヴェラ……そうだな。ここでお別れか。色々と世話になったな」
「これからもお仕事頑張ってね、ヴェラ!」
「いや、ついていくし!」
バッと胸元を広げたヴェラ。そこにはギルド職員証はなかった。
「なんだ、辞めてきたのか」
「ここでお別れなんて、そんな血も涙もないこと言わないでくださいよ! 私、これでもあなたとパーティー組んでたんだよ!?」
「そうだな。じゃあ行くか」
もしかして感情とかないんか?
結構感動的なシーンだったんだが……。さっさと停留所へと向かっていく師匠の背中を見つめるヴェラがとても悲しそうな顔をしていた。
「僕はヴェラが戻ってきてくれて嬉しいよ」
「……ありがとうね。君だけだよ、私の癒しは」
「そっか……」
何はともあれ……僕たちはしがらみを捨てた。と同時に身分も失ってしまったが、きっとどうにかなるだろう。
先のことはわからないが、今はとても気分が良かった。
きっと、それでいいんだろう。それがいいと、そう思えた日だった。
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