第20話 師匠の性格
「ハレーションへようこそ。太陽の加護がありますように」
なんとも胡散臭い言葉と共に大きな石造りの門を抜けると、そこは聖法国首都、ハレーションだ。
太陽に住むという鷲を崇める巨大宗教のお膝元だ。入口の門から続く大通りに等間隔に建てられた柱には太陽と鷲をモチーフにした旗が下げられ、風に揺れていた。
馬車は大通りをゆっくりと進む。指定の停留所まで到着すると僕たちは荷台から降ろされた。
「じゃあな。良い出会いだったよ!」
「ご苦労だった」
「ありがとうございました!」
「またお会いしましょう」
おっちゃんに別れを告げる。手を挙げたおっちゃんは停留所で港行きの客を拾って帰るのだろう。
僕たちは一先ず冒険者ギルドへと向かうことにした。僕と師匠だけだったら顔を出す必要はなかったのだが、ヴェラがいるから行かない訳にはいかなかった。
何故ならばこの大陸に紫骨盗賊団の首領が入り込んでいる可能性があるからだ。
これを無視するとヴェラの立場も危うくなる。せっかくギルドという安定職に就いたのだから頑張らなければならない。
僕も師匠もそれを妨害するなんてことはしたくなかった。
「こっちですね~」
僕が居眠りをこいている間にヴェラがある程度、町の構造をおっちゃんから聞いていたようで特に迷うことなく到着した。
東大陸にあるギルドよりも建物が大きい。それにだいぶ装飾が豪華だ。
恐らく町の景観を意識しているのだろうが、なんだか入りづらい雰囲気がある。
「派手ですね……」
「中はどうせどこも同じさ。入ろう」
いくら着飾っても中身は一緒、と言われるとやはり場所のこともあってミラを思い出す。
聖職者で聖女隊のエリートだったあいつも蓋を開けてみればその辺の人間と変わらなかった。
僕には侮蔑の言葉と視線を投げかけ、宿では勇者とまぐわい、他の女メンバーに嫉妬していた。
そんなに1番になれないことが気に食わなかったのだろうか。あんなカスみたいな男でも勇者だった。顔もまぁ、良かった。
だから気に入られたかったのだろうか。他の女よりも上に立ちたかったのだろうか。
ならば、今後はどうするのだろう。聖女隊から栄えある勇者パーティーに選抜され、魔王を倒し、実績を片手にこの国で1番になるのかな?
「こわ……」
「シーザー?」
「や、何でもないです! さぁ、行きましょう」
あんな女がこの国を治めると思うとゾッとする。
一体どんな独裁国家が出来上がるのか……怖くて夜しか眠れなくなってしまいそうだった。
□ □ □ □
ギルドでヴェラが職員として紫骨の報告をしたところ、正式に紫骨討伐の依頼が僕たちにやってきた。
と言っても本来の目的は魔大陸。この依頼は道すがら、可能であればという程度のものだった。
依頼書を師匠から手渡された僕は上から下まで読み込む。……と、もう1枚、紙があることに気付いて捲る。
するとそこには人相書きがあった。悪そうな顔の男と目が合う。
「それが紫骨の首領の顔、だそうだ」
前を歩く師匠が振り返らずに言う。
「確定じゃないんですか?」
「何人か生きて戻った潜入職員が持ち帰った情報を基に描かれた顔だからな。細部で違いがあるかもしれない」
「なるほど……一応、頭には入れておきます」
何でも入る『
しかし生きて戻った潜入職員か……そういう言い方をするってことは生きて戻らなかった職員もいたってことだよな。
潜入職員でありながら秘中の3幹部にまで上り詰めたヴェラって本当に凄いんだな……。
さて、ギルドを後にした僕たちは宿場通りまでやってきた。今回もヴェラの案内だ。
通りには数多くの宿と共に良い匂いを吐き出す食堂も沢山並んでいた。
煌びやかな宿に目移りし、胃を刺激してくる食堂に鼻移りしつつ通りを進んでいく。
「ここにしよう」
ふと立ち止まった師匠があっさりと宿を決めた。
師匠の視線の先にあったのは他の豪華な宿とはまったく逆方向の質素な宿だった。
それも豪華な宿と豪華な宿の間に窮屈そうに挟まっている立地で、控えめに言って嫌だった。
「1個、1個ずらしましょう」
「いーや、ここだ。ここしかない」
「何でですか、絶対両隣の宿の方が居心地良いですよ!」
僕の言葉に振り返った師匠がジッと僕を見下ろした。
不意に修行の時を思い出した。あれは僕がもう立てないと駄々をこねた時だ。
師匠はジッと僕を見下ろし、そして……。
「ふんっ!」
「いたぁ!?」
脳天に拳骨を落としたのだった。
「外見にばかり囚われるな馬鹿者!」
「ごめんなさい!」
怒られた時はすぐに謝る。これは師匠との約束である。
「よく見ろ。その両方の宿は対面の宿に対抗してでかく豪華になってる」
「はい……」
振り返ると確かに対面同士、煌びやかな宿が顔を突き合わせていた。
対して師匠が選んだ宿の対面は丁字路になっていて、今歩いている通りと変わらない道幅と活気の道が続いていた。
「もし豪華な方の宿に泊まった場合、対面の宿から攻撃される可能性もある」
「あるかなぁ……(そうですね、その通りだと思います)」
「それに比べて人通りの多い道なら人目もあるということ。つまり危険性が少ないということだ。ということでこの宿に泊まるぞ」
気にしすぎだと思わないでもないが、師匠がそう言うならそうなのかもしれない。
振り返るとヴェラがクスクスと笑っていた。僕がド突かれたのがそんなに面白かったのだろうか。
なんて眉をひそめていると、慌てて両手を振って違う違うアピールをして、それからやっぱり笑い出した。
「違うの、ごめんね。でも色々思い出しちゃって」
「思い出しちゃってって……もしかして師匠と一緒にパーティー組んでた時のこと?」
「そうそう。前もまったく同じやり取りをシヴァさんとしたんだよね。で、本当に泊まらなかった方の宿が火魔法で炎上したんだよね。だからあながち暴論って訳でもないからさ~。体験した上で外から聞いてるとめちゃくちゃ面白いなって」
それを聞いた僕はきっと何とも言えない顔をしていたと思う。だってまたヴェラがけらけらと笑い出したから。
□ □ □ □
翌朝、ギルドの使いという人間が宿へとやってきた。
場所は宿が決まった後に食堂に行った後に別れたヴェラが報告すると言っていたから知っているのは分かっていたが、まさか翌朝に訪問してくるとは思わなかった。
職員の男は師匠の前で怒られた僕よりも縮こまりながら滝のような汗を流している。
見ていて不安になってくる。それと哀れみの感情も湧いてくる。
「朝から何のようだ?」
「すっ、すみません!」
師匠と1年、毎日顔を突き合わせていた僕だから分かるが、これはただ質問しただけである。
しかし初対面の人間にしてみればこれは質問ではなく詰問だ。
それだけの圧あることを師匠は自覚していないのだ。
「ぎっ、ギルドマスターから顔を出してほしいと……」
「それは必要なことか?」
「お、お願いします……!」
ギルドマスターというのはその名の通り、ギルドを管理している役職のことだ。
そんな人に呼び出されることは滅多にないが、ない訳ではない。
呼ばれたら行くというのは規約にあるので違法でもなんでもなかった。
ただ、ヴェラから僕たちがこの大陸に来て、どこへ向かうかは話がいってるはずだった。
これが足踏みになると知っていて、呼んでいるのだ。師匠が二つ返事で向かわないということは、そういうことだ。
「そうか」
師匠はそれだけ言うと宿から出て行ってしまった。僕たちもそれに続く。
状況が理解しきれない職員は戸惑いながら僕たちへと振り返った。
「あの、どちらへ……」
「どちらって、ギルドでしょう? 行かないんですか?」
「あっ、あっ、行きます! ありがとうございます!」
必要なことであれば断らないというのも、師匠の性格だ。ぶっきらぼうなところがあるから傍若無人に思われがちだが、師匠はそういう人なのだ。
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