第19話 港から首都へ
パチッと目が覚めるようになったのは船旅の影響だと思う。別に寝覚めが良くなった訳ではないが、起きてすぐ体が動くようになったのは確実に船旅の影響が大きい。
ベッドから抜けて窓の外を見ると日が昇り始めたくらいの時間だった。昨日は暗くて気にもしなかったが窓の向こうは東側のようで、太陽が昇る前の空の色がよく見えた。
「いよいよか……」
西大陸、最初の朝だ。
宿の外に出ると既に準備を終えたヴェラが朝の空気を胸いっぱいに吸って背伸びをしていた。師匠に比べればなだらかな曲線だ。
「クソ失礼な視線を感じる」
「クソ失礼な!」
「お前や!」
「朝から元気だな……」
くだらないやり取りをしていると後ろから靴のつま先で尻をつつかれた。正確に穴を突くのはやめてほしい。
しかし僕もヴェラも師匠が出てきたら大人しくなるのだからお互い、しっかり教育されているのを肌で感じる。
これからどうするのか、師匠の言葉を待った。
「馬車で行くか」
「薄氷じゃなくていいんですか?」
「またヴェラを担ぎたいなら構わないが、別に大急ぎって訳でもないしな。昨日の食事の時に耳を澄ませてみたがまだ魔王を倒したなんて話は聞かなかったし、良いところまで行ってもないようだ」
あれだけ飲み食いしながら情報収集までしているとはさすが師匠だ。僕なんか魚に夢中だった……反省だ。
しかしあれだな……僕というお荷物を置いていってはや1年が経過しているがあれだけ偉そうにしていた割には大した成果もなくてしょうもないな、勇者。
いや、もしかしたら心を入れ替えて市民の為にまずは身近な場所から平和を作っているのかもしれない……いや、ないな。
「でもまだ馬車が出るにはちょっと早いかもですね」
「じゃあ朝食にしません?」
「それもいいな。店はさすがに開いてるだろう」
ヴェラの提案で先に朝食を食べることになった。また旨い魚が食べられたらいいが、どうだろう。楽しみだ。
□ □ □ □
朝食を食べ終え、現在は馬車に揺られて聖法国ハルドナの首都ハレーションへと向かっている。
情報収集の為には大きな都市に向かうのが一番良いという師匠の判断もあるが、魔王が住むという魔大陸は西大陸の北にあるので通り道というのもあった。
ちなみに朝食は魚じゃなくて肉でした。
「船旅の成果が出てるな」
「全然酔わなくなりましたよ……船が辛すぎました」
「酷かったもんねぇ」
「お客さんたち、東大陸から来たんかい?」
3人で会話していると御者のおっちゃんが混ざってきた。気の良いおっちゃんだとは思っていたが会話も入り方も上手だ。
思えば師匠と修行を始めてからまともに会話した人間ってヴェラが最初だったから不思議な感じだ。
話していて知ったが、おっちゃんは首都生まれでハレーションとヘレンズポートの往復馬車で生計を立てているそうで、こうしてお客さんと会話するのが大好きだそうだ。
「そういえばおっちゃん、勇者に会ったことある?」
「勇者? あぁ、あれか……あれが勇者ってのには俺ぁ疑問だね」
「てことは会ったことあるんだ。てか乗せた?」
ヴェラの気安さは盗賊技術のようだ。わざと距離感を近くすることで相手の警戒心を解いているのだろう。
実際ヴェラは顔立ちも良いし、こんな可愛い子が距離感近いと勘違いもしちゃうだろう。僕は師匠一筋だが。
ヴェラの気安さもあってか、不機嫌そうな顔をしていたおっちゃんだったがラインハルトのことを色々と話してくれた。
「乗せた乗せた。女連れの勇者な。横柄な態度で荷台でずっとイチャイチャしてたよ!」
「相変わらずだな、あいつは……」
「なんだ兄ちゃん、知り合いか?」
前を見ていたおっちゃんが驚いた顔で僕の方へ振り返った。
「元パーティーメンバーだったんですよ。僕もおっちゃんと一緒でカチンときて抜けましたけどね」
「ハハッ、それが正解だわな。あれと一緒にいたんじゃ名誉よりも前に泥がつくってもんだ」
「お前みたいな荷物持ちは黙って荷物だけ持ってろって言われたんじゃ、抜けたくなりますよ」
「ははっ、確かにな! でも兄ちゃん、そんな荷物持ちなんて後ろついていくようには見えんけどな」
そう思ってもらえるのは素直に嬉しい。師匠との修行の成果が出てるってことだろう。
まぁ修行を始める前は【食欲の王】の所為もあって完全にお荷物な見た目をしていたからな……その時におっちゃんと会ってたらどう思われたかな。
心なしか隣に座る師匠も鼻が高そうだった。
「前までは本当にただの荷物持ちだったんですけどね……師匠の下で頑張りました」
「ほう、師匠ってのは……」
「こちらの女性です!」
立派な師匠をもって僕も鼻高々で、ついつい自慢してしまう。
それは聞いてないぞって顔をする師匠だったが、お構いなしである。ヴェラも小さく拍手なんかして盛り上げている。
師匠はとても居心地が悪そうだった。
「有名な冒険者さんなのかな?」
「おっちゃんも聞いたことあるはずですよ。シヴァ・ノクトの名を!」
「おぉ、東大陸の覇者とかって噂だな!」
だいぶ盛られている気がしなくもないが、そのレベルの強さは十分にある気がする。実際、最も勇者に近い冒険者とも呼ばれていた訳だし。
覇者とまで言われてしまっている師匠本人は拗ねたような顔をしている。怒っているのか、面倒臭がっているのか。多分、3:7くらいの割合だと思う。
「そんな師匠に扱かれたんで、こっちでも活躍してみせますよ」
「そりゃあ頼もしいや。あのクソッタレ勇者をぶっ飛ばしてやれ!」
なんだか趣旨が変わってきているが、鼻を明かすという意味では目的に変更はない。手段は全然違うが。
おっちゃんに親指を立ててやると力強く頷いて正面へと向き直った。それを横目で見た師匠が小さく溜息を吐いて僕に肘打ちを食らわせた。
「うっ……」
「余計なことをペラペラ話すな……!」
「す、すみません……嬉しくなっちゃって、つい……」
滅多にこういう会話をしないものだから、ついつい気分が良くなって話し過ぎてしまったみたいだ。
これは反省だな……師匠が褒められたとしても心の中で喜ぶことにしよう。
その後は大して盛り上がるような会話もなく、たらたらと馬車は進んでいく。
牧歌的な風景を横目に、ついつい暖かい気温にやられて居眠りをしてしまった。
目が覚めた頃にはもうハレーションは目の前だった。
「着いたぞ。俺は認定御者だからすぐ入れるからな」
「認定御者?」
「あぁ。品行方正であり、勤勉な態度を認められてる。そうじゃない者は町に入るまでながーい行列に並ばにゃならん。俺たちは短い方」
おっちゃんが指差す方を、荷台から身を乗り出して見てみると、確かに2本の列が出来ていた。
片方は長い。もうすぐ最後尾に着く頃だ。あまりにも長いものだから、列の横には屋台まで出張している有様だ。
もう片方はその半分もなかった。見れば、僕たちが乗っているような馬車の他に徒歩の人間もいた。白いローブを着ているからよく目立つ。
「あれは巡礼者だな」
「そう。さすが覇者様は詳しいな」
「……」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をする師匠。今にも剣を抜きそうな雰囲気に慌てて会話を遮った。
「巡礼者っていうのはこの国の宗教関係ってことですよね?」
「そう。【真陽教】だな。この国に住んでる人間の半分以上は信者だな」
「おっちゃんは違うんですか?」
「一応入信はしてるけど、そこまで敬虔な信徒って訳じゃないな」
おっちゃんは袖を捲って金色の目の細かいチェーンで組まれた腕輪を見せた。
人によって……なんというのだろう。度合い? が違うようだ。
そう思うと勇者パーティーにいた聖法国のエリート部隊である聖女隊に所属するミラはかなり度合いが深かった。
おっちゃんは白いローブも着ていないし、ミラは常に白いローブを着ていた。腕輪の有無は確認していないが、普段の服装からして色々と違ってくるのだろう。
馬車はゆっくりと速度を落とし、短い方の列へと並んだ。最後尾に立っていた白いローブの上に鎧を身に着けた兵士が槍を片手に荷台を覗き込んできた。
「やぁグノース。客か?」
「あぁ。いつも通り、お客さんさ」
「よし。日暮れまでには中に入れるはずだ。身分証明の準備だけよろしくな」
「あいよ」
覇者だのなんだのと余計はことは言わなかった辺り、認定御者なだけはあるようだ。
身分の証明ということで僕と師匠はいつも首からぶら下げている冒険者証を。ヴェラは冒険者証と同じように、しかし少し形の違うギルド職員証を取り出した。
ギルド職員が一緒にいるというだけで安心感が違うな……でも逆に何で一緒にいるんだって疑われないかという不安もある。
でもその辺は師匠とヴェラの仲だし、上手くいくだろう。
馬車はゆっくりと、しかし隣の長蛇の列よりも早く進む。
ハレーションは、もう目の前だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます