第18話 西大陸へ
「おぉ~! でっかい船!!」
嗅ぎ慣れない匂いに包まれた港町カールポートに停泊している大型船を見上げてついつい大きな声が出てしまう。
「田舎者だって思われるだろう?」
「田舎者だからいいんですよ! すごいなぁ……船なんて乗ったこともない……」
「一緒に思われるのが嫌なんだが……」
師匠の辛辣な言葉も気にならないくらいに船に夢中だった。これに乗って海を渡るのだ。気分が盛り上がらない方がどうかしているってもんだ。
――2時間後。
「うぇぇぇぇ……」
「だらしない……」
師匠の辛辣な言葉も気にならないくらいに船酔いしていた。これに乗って海を渡るなんてどうかしてるよ……。
もう上も下も分からないくらいに世界がぐるぐると回っている。
ただ唯一分かること……それは、この液体が中から込み上げてきているということだけだった。
「おぇぇぇぇぇ……」
「みっともない……」
本当にだらしなくてみっともない姿だった。誰にも見せたくない姿だった。でもしょうがない。部屋にいたって酷くなるばかりだし、こうして外に出て空でも見てないと良くならない。大して意味はないが。
「シーザー君、これ飲んで」
「何ですか、これ……」
「船酔い用の薬」
ヴェラさんから手渡された丸い生薬のようなものを引っ掴んで全部飲んだ。毒だっていい。楽になれるなら何でも飲むぞ。
「なんか楽になってきた気がします……」
「そんなすぐ効かないけどね……」
でも本当に吐き気がちょっとマシになった。船縁に背を預け、揺れに身を任せながらゲロ臭い溜息を吐いた。
ヴェラさんとは港町で別れると思っていた。ギルドに紫骨盗賊団壊滅の報告をした後、港で乗船の手続きをしていると大慌てのヴェラさんが船の商会に飛び込んできたのだ。
ギルドでも独自に調査を進めていた報告を聞いたらしい。
曰く、紫骨の頭領が海を渡っていたとのこと。
つまり紫骨の頭領はヴァルナータをすでに捨てていたのだ。いや、もしかしたら何か考えがあって誰かに任せようとしていたのかもしれない。だがあんなの、ボスがいなきゃ烏合の衆だ。
師匠もヴェラさんもギルドも、僕と同じ考えだった。あのヴァルナータは試験的に築いた都市だった。
となればヴェラさんも潜伏し、内部からの崩壊という任務はまだまだ続く。今度は海を渡り、ボスの元で探りを入れる必要がある。
ということで彼女も僕たちの乗船にくっついてきたのだった。でも助かった。ギルドの名を使って調査の同行という形になったので旅費がめちゃくちゃ浮いた。
「まだまだしばらく船旅は続くんだから、頑張ってよ」
「この薬があれば何とかなりそうですよ……予備の分も貰えませんか?」
「今全部飲んだよ」
「嘘でしょ……」
信じられない言葉に耳を疑いつつも船は進む。西大陸まで1ヶ月。さて、生きてたどり着くことはできるのだろうか。
□ □ □ □
「まだ揺れてる感じがする……」
「長かったからね~。船生活」
「ほら行くぞ」
生きてました。この1カ月、色々と吐き散らしたりしてヴェラさんとも仲良くなったり、突然襲ってきたシーサーペントとかいう巨大ウミヘビを師匠が縦にスライスしたりととても楽しい船旅だった。
最初の頃はそりゃあもうガリガリになるかもってくらいに疲弊していたけれど、1週間もしたら流石に慣れました。
船を降りた僕たちが立つのは西大陸。領土としては聖法国ハルドナ。その最西端に位置する港町ヘレンズポートが今いる場所である。
ささっとヴェラさんが……あぁ、そういえばさん付けはやめてくれって言われたんだっけ……ヴェラが下船手続きをしてスムーズに町に入ることができた。
港町ということもあって輸出入が盛んなようで、すごく活気がいい。しかしお国柄なのか、そういった活気の中にもどこか清廉さのようなものが見える。なんかこう、海の男の集まる場所なのに荒々しくないのだ。
「お腹空きましたね」
「何があるかわからないからね。シーザーは飯抜きだよ」
「ははは、面白い冗談だねぇ、ヴェラ」
笑っちゃいるが目は笑っていない。かつてはスキル効果の為とはいえ、食を何よりも大事にしていた僕だ。効果が逆転したからといって僕から食を取り上げるなんてことは断じて許されない。
「ここは海の隣だからな。新鮮な魚介類が食べられるはずだ。なんでも生で食べる人もいるんだとか」
「野菜じゃあるまいし、生はちょっと抵抗ありますね……」
「えー、美味しそうじゃん。食べてみたい!」
なんていうヴェラのゴリ押しで近場の食堂へとやってきた。人の出入りが激しいが、奥の部屋ではゆったりと食事を楽しんでいる人の姿が見える。
店のスタイルがそうなのだろう。急ぎの人は手前で、そうじゃない人は奥で。忙しなさを感じさせない配慮が感じ取れる。
「いらっしゃいませ! お急ぎですか?」
「いや、急いでない」
「では奥の席へどうぞ!」
普段であれば適当に空いてる席に座って注文するが、この店では入ってくる客にわざわざ声を掛けて案内するようだ。これも店のスタイルに合わせた対応だろう。
案内されるがままに店の奥に進むと、入り口で感じた活気とはまるで違う、どこか高貴さを感じる内装と人に包まれる。
若干の緊張が足を重くしたが、スタスタと進む師匠がいつも通りだったので安心して後に続いた。
「これメニュー表ですか?」
「そうらしいな」
「どれどれ……」
テーブルの上に置かれているメニュー表を手に取ってみるが、よくわからない。
思えば魚料理をそんなに知らない。し、魚の名前も分からない。
早々に諦めた僕はメニュー表を師匠へと渡した。
「魚を知りませんでした」
「これから知れば良いさ。適当に頼むぞ」
師匠が頼んでくれた魚料理は絶品の一言に尽きた。甘辛いソースが掛かったものや、塩辛く焼いたもの。それに先ほど聞いた生の魚も美味しかった。特に酸味の効いた味付けは最高だった。生魚とこんなにも合うとは驚きだ。
珍しく師匠もお酒なんか飲んだりして、とても楽しそうだった。船は気楽ではあったがいつモンスターが襲ってくるかわからず、気が抜けなかった。
地上がこんなにも素晴らしいと改めて気付かせてくれた船には感謝だが、できれば乗るという選択肢からは外したいところだ。
「そろそろ出るか」
「ですね。歩けますか?」
「歩けるに決まってるだろ。そんなに飲んでない」
「シヴァさんはお酒強いからね~」
おかしいな。瓶4、5本分は飲んでたと思うけど……強いにしても強すぎる。言葉通り、師匠はいつもと変わらない様子で全員分の代金を支払い、店を出た。
ヴェラが下船手続きの際に町の見取り図も貰っていたようで、迷わずに宿に向かうことができた。
ささっと宿泊の手続きを済ませる。船は一部屋に詰め込まれて大変だったが、宿は一人一部屋だ。とてもありがたい。
「じゃあ明日な」
「はい。朝起きたらすぐ出発ですね」
「船旅でだいぶ時間使ってしまったからな。ここから追い上げるぞ」
「頑張りましょう! おやすみなさい。ヴェラもおやすみ」
「うん、おやすみね~」
師匠とヴェラと別れ、与えられた部屋のベッドに倒れ込む。ぐるりと寝返りを打って見上げた天井は船と同じ木製だが、ベッドから遠くて少し安心する。
「疲れたなぁ……」
ふとこぼれた言葉はネガティブなものではなく、今までの頑張りの成果のようなものが詰まっていた。
支配者フューガーとの死闘。観光都市ヘイダルでの騒動。盗賊都市ヴァルナータでの紫骨盗賊団殲滅。そして船旅。
この1カ月半は本当に怒涛の日々だった。これを頑張りきれた気持ちの良い疲れが僕の瞼に乗っかかる。
それに抗うような不躾な真似はしなかった。
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