第17話 骨を埋める
厚い雲が広がる空は太陽の色を見せないまま、透かした光だけで時間の移りを告げていく。
ヴァルナータへ侵入したのが日暮れの頃。町を崩し、盗賊の後処理を始めたのも同じ頃だったが、作業は夜通し行われ、日が昇った現在も行われている。
ただ、作業だったドメ刺しは現在、回復した盗賊たちとの戦闘に切り替わっている。
「お前のことは前から胡散臭ぇと思ってたんだ、レイラ!」
「失礼しちゃうね! 死ね!」
「ぐはぁっ!」
盗賊の一部に回復魔法を使える人間がいたようで、そいつが瓦礫に隠れながら次々と倒れた賊を回復して周っていた。
しかも流石盗賊というか、獣の勘か、出払っていた一部の盗賊が戻ってきた。これが奴等をつけ上がらせた。
その中にもいた回復役とが更に賊を増やし、援軍となった賊と合わさって反抗してきて、戦っているというのが今の状況だ。
「なんだ、矢が当たらねぇ!」
「そのままお返しだ!」
「うぐぅ!」
オービットテイカーで軌道を掌握した矢は、大きく弧を描いて放った側の賊たちに飛来する。
できれば反射のようにまっすぐ戻ってほしいところだが、そうもいかないのが難しいところだ。軌道の支配と攻撃の反射はまったくの別物だし。
襲い掛かってくる盗賊たちを蹴散らしながら、それを指揮する者を探す。自分が散らかした瓦礫の所為で視認しづらい。
「シーザー! 吹き飛ばせ!」
「はい! 【
口にすると気合いが入る。いつも以上に勢いよく抉るように掌を握ると瓦礫の山が爆発したように吹っ飛んでいく。
大地から生えた石柱に飛ばされた瓦礫は盗賊たちへと降り注ぐ。手痛い一撃を加えた後は塵に変えて師匠たちの邪魔にならないようにする。今ので半分は削れただろうか。
「数が減らないな。ヴェラ、回復役を消してこい。シーザーはヴェラを守れ」
「師匠は?」
「囮だ。でかいし、目立つだろう?」
確かに師匠はでかい。色んなところがでかいが、一番でかいのは身長だ。僕の隣に立つヴェラさんは僕より少し小さいくらいだが、師匠は僕よりも頭一つ以上でかい。ヴェラさんと比べたらそれこそ、親子のようだ。
女性にしては大柄なその身を全て金属鎧で覆っているのだから、あまりにも目立つ。これ以上ないくらいに、的だった。
「さぁ行け。早くしないとまた寝る暇がなくなるぞ」
「それは本当に勘弁してください! 行きましょう、ヴェラさん、今すぐに!」
「速攻で片付けるよ、シーザー君! 寝る為に!」
負けられない戦いだ。これ以上電撃作戦の為に削った睡眠時間を削ればいずれ返り討ちに遭って死ぬ。
師匠の言葉の裏には、今ここでやりきらねば更に増援もくるという意味も込められていることも、当然理解している。
大急ぎで詰めた移動時間を無駄にしない為には、この難局を乗り越えて終わらせなければならない。
ヴェラさんが風に吹かれて霧となって消える。しかし風に逆らいながらふわりと広がり、盗賊側へと乗り込んでいった。
「霧の援護ってのもよくわからないが……やるしかない」
とりあえず敵を倒していけばいいだろう。霧という実体のない体とはいえ、魔法は効くかもしれない。魔法を使いそうな奴を重点的に減らしていこう。
「ぶっ殺せぇー!」
「やれーー! 敵討ちだーーー!」
まるで大義名分は自分たちにあるかのような言い草だ。自分たちは散々人を殺して奪ってきたくせに……慈悲の心など欠片もない。ヴェラさんがやる前に僕がやったっていい。
【薄氷】で敵陣に乗り込み、振り上げた剣を叩きつけて賊を倒していく。剣で防ごうものなら剣ごといき、回復も追いつかないくらいに暴れまくった。
だが相手も悪人だ。不意打ちなんてのは当たり前の戦法で、敵討ちとか言いながら身内を盾にして襲ってきたりもした。
そういった攻撃は全部【
ヴェラさんはヴェラさんで霧状態になって賊たちを囲っていた。視界を遮りながら、尚且つ探知もしているようだ。僕は剣が振れれば何も問題ないが、賊たちは攪乱されて大変そうである。
「いた、そこから北に向かうと魔法使いが固まってるよ」
「了解」
霧だからどこに口があってもいいらしく、急に耳元で囁かれる。ちょっと背中がぞわっとしたが、悪くない。綺麗な声だからもっと囁いてほしいくらいだ。
正面の賊をなぎ倒し、ヴェラさんの指示通りにまっすぐ突っ切るとローブを頭まですっぽりとかぶった、いかにもな感じの人間が数人固まっていた。
「【
「うわぁ!?」
「ま、魔法が!」
暴発した魔法は魔法使い達を襲う。自滅したところに切り込み、残りを始末すると後はもう作業だ。対して戦闘力の高い者もなく、かといって知恵もなく、ただ群れて襲い掛かってくるだけの盗賊なんて相手にもならなかった。
ただ、数が多いというのは立派な武器だ。もっともっと多ければ不意も突けただろう。しかし初手のマターテイカーと師匠の翠颱風で大幅に数を減らされた盗賊側に勝ちの目は一つもなかった。
頬についた血を手の甲で拭う。ラーヴァナを肩に担ぎ、ふぅと息を吐いた。
「終わり、ですかね」
「だねぇ。疲れたぁ」
足を投げ出して座るヴェラさんを見下ろす。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「一応、仲間として生活してたじゃないですか。人間なら多少の情は湧くもんじゃないですか?」
見上げるように僕を見ていたヴェラさんは正面へと向き直り、足を畳んで両腕で抱えた。
「そこは気を付けてたよ。徹底してた。湧かないように、湧かないようにって」
「気を付けてできるものなんですか」
「意外とね。人間の情は暖かかったり、冷たかったりするもんだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ」
僕にはきっと難しいことだ。気を付けていたって苦楽を共にした人を後ろから斬りつけることなんてできない。
ふと、ラインハルトのことを考えた。
僕は彼に対して情はあるだろうか。彼を後ろから斬りつけたとして、後悔はないだろうか。それとも彼が窮地に立たされているその時、手を差し伸べることはできるだろうか。
考えてみたが、答えは浮かばなかった。多分、それが答えなんだろうなって、雲間から顔を出した太陽を見ながら思った。
□ □ □ □
返り血一つ浴びずに帰ってきた師匠が鎧を脱いで周囲を見渡し、状況終了が宣言された。
「疲れた……もう動けない……」
背中から倒れた僕は空を見上げながら降りてくる瞼と戦う。こんなところで寝る訳にはいかないのだが体は横になりたがってる。
「ほら立て。せめて場所を変えるぞ。ここで寝てたら別動隊が戻ってくる」
「うぅ……もう少しの我慢……」
寝返りを打って両肘両膝を使って気力で起き上がった僕は長い溜息を吐いた。
改めて見渡してみたが、酷い有様だった。このまま放置したら変な伝染病とか蔓延しそうなくらいだ。
「これから休んで少し体力を戻してからシーザーの【
「盗品もですか?」
「盗品もだ。売ったり使ったりしたら私たちが悪くなるし、持ち主に返すのも手間だし、持ち主も返ってくるなんて思ってないだろう。生きてるかどうかも怪しいしな」
ご尤もだった。
ヴァルナータを離れ、しばらく休憩して体力をある程度戻した後に荷物を置いて僕一人ヴァルナータへと戻った。
改めて戦場となった場所を見渡す。自分がやったことだが、一つとして建物が残っていない。死体も建材も転がる無法の跡地に、何とも言えない感情が込み上げてくる。
「……さて、やるか」
閉じたり開いたり、手の準備運動を終えて両手を大地にかざす。ゆっくりと自分の意識を地面に広がるように意識していくと、一定のところまで行き渡ったのを感じた。
ぎゅぅぅ、っと硬いものを握るようなイメージで大地を掌握する。握りが進むにつれて地面も変化していく。
軟化した大地に様々なものが飲み込まれていく。そのすべてが死んだものだ。
すべての物が沈んでいくのを見送ってから掌握を解除する。硬化した地面は巨大な空き地となった。まさかこの下に世間を賑わせた盗賊都市が沈んでるだなんて誰も思わないだろう。
仕事を終えて野営地に戻ると師匠とヴェラさんが陣地を形成していた。やっぱりパーティー組んでただけあって慣れている。
すでに料理も作っていて良い匂いが充満している。ぐぅぅと鳴るお腹を誰が止められようか。
「お疲れ、シーザー」
「お疲れ様です師匠。……疲れました」
「そうだな。今回一番頑張ったのはシーザーだ。その次にヴェラ。二人ともよくやったな」
敵を大幅に減らしたのは師匠なのに労ってくれるのがとても嬉しい。差し出された器の中のスープは暖かく、そっと口をつけて飲み込むと体の芯にまで届くような気がした。
ありがとうございます。って言った気がする。安心したらとんでもない眠気に襲われてそのまま横たわってしまったからちゃんと覚えてないけれど。
ともあれ、僕たちは見事に仕事をやり遂げた。とんでもない大移動になって大変だったけれど、これで紫骨ももうまともに機能しないだろう。
あとは戻って西大陸を目指すのみだ。
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