第16話 賊都崩壊
紫骨盗賊団の本拠地。盗賊たちの楽園。
賊都ヴァルナータ。
そこは思っていた以上に本格的な都市型の要塞だった。建物一つ一つが考えられて建てられているのが見て分かったし、説明を聞いて僕の頭じゃ考え付かないところまで先読みしているのが分かって驚いた。
そしてこのヴァルナータが初めから敵への迎撃と籠城を兼ねて組み立てられたものだと教えてもらった。
「とんでもない場所ですね」
「でもそれもシーザーの前では何の意味もない」
「えぇ、頑張りますよ!」
形あるものの存在を掌握し、意のままに操るスキルである【
時間を掛けて掴み切れば、建物を一気に崩壊させることだって可能だ。
今回の作戦はそれがメインになる。師匠が持つ【白織の箱】で姿を隠し、ヴァルナータへと潜入する。
そして中心地まで進めたらそこから僕の掌握が始まる。隅々まで僕の支配が行き届いたら、まずは盗賊達が逃げられないように壁を作る。
マターテイカーは無から有は生み出せないという制約がある。なので壁の材料はヴァルナータの外側の建物と地面だ。
外側を崩し、檻を作ったら次は中心地から外側へ向けて全てを崩壊させる。外側に意識を向けてからの内側の崩壊……これなら盗賊達も驚くだろう。
「この手順の間に何人も巻き込まれて殺せるだろうし、手間が省ける。あとは姿を現し、檻の中の賊を殲滅する」
「殺し切れますかね……何百人もいるんですよ?」
「少なくとも丸3日走り続けるよりは簡単ですよ……」
僕の言葉にヴェラさんは激しく首肯を繰り返すが、師匠は首を傾げるだけだった。本当にもう。
「問題ない。9割は私が持っていく」
作戦とも呼べない作戦だが、計画通りに進める為に多少の話し合いをして立ち上がる。
薄氷でさっさと行ってもいいが白織の箱の効果が速度に追いつけないかもしれないとのことで、3人くっついて徒歩で進む。
白織の箱は姿だけでなく、気配や音、匂いまで隠す効果がある超が何個もつく高価な魔道具だ。
そのお陰で何の問題もなくヴァルナータの内部へと侵入することができた。
中は何というか……酷いところだった。柄の悪い人しかいないし、淫らな姿をした女性や酒を飲んで寝転んでる男性、ピクリとも動かない死体も転がっていたりと、控えめに言って地獄だ。
この賊の都は各所で悪事を働いてきた者だけが居住を許される場所とヴェラさんは言っていた。つまり、ここにいる人間は須く犯罪者だ。容赦する必要は一切ない。
鍛えられた僕たちの脚は地面から建物の上などひとっ飛びで越えることができる。ジャンプして建物を飛び越え、壁を蹴って更に上へ。
初めての3人パーティーだが師匠という接点があったから息はぴったりだ。
まるで師匠の鏡が影のように同じ動きで中心部の塔に登った僕たちはようやく一息つける状況になった。
「さて、ここからはシーザーに丸投げできるぞ」
「しばらく休めますねぇ〜」
「……」
僕の仕事が終わったら全部丸投げしたい。
そんな雑念を捨てて足元に両手を伸ばして広げる。いつとは片手だが、今回は規模が広い。なにせ1つ都市全域を掌握しなければならないのだから。
事前にヴェラさんに見せてもらった霧の立体地図を頭の中に浮かべながら、目を閉じて集中する。
感覚は僕の足元から塔を伝い、地面へと進む。全方向に伸びていく感覚が防壁へと到着した。
更に伸びた感覚は、それぞれが左右へと広がっていく。感覚同士が接続したら準備完了だ。ヴァルナータは僕の手の中へと納まった。
「いけます」
「早いな。全然休めなかったぞ」
「そんな暇与えませんからね!」
「師匠思いな奴だと思ってたんだがな……まぁいい。やってくれ」
師匠の指示に頷き、広げていた手をゆっくりと握り締めた。
【
崩れていく建物の音に混じって悲鳴も聞こえてくる。混乱しているようだ。
「その調子だ、シーザー。中心部もやってしまえ」
「了解です」
ご指名通りに、この塔を除いた全域を一気に瓦解させた。ドォンという轟音と共に一斉に土が跳ね上がる。
ヴァルナータで一番高い塔の天辺にいるというのに、そこまで届く勢いだ。舞い上がった土が落ちると今度は土煙だ。
まるで濃い霧のように漂う細かい粒子の中へ、師匠とヴェラさんが飛び出した。
最後に残った僕は握った手を更に強く握る。自身の拳を締め上げていくうちに、塔そのものも締め上げられていく。全方位から中心に向かって圧縮されていく塔。これはスキルではなく、技だ。
【
掌握した物質の中心点を決めて、そこへ向けて物質を圧縮していく技で、最初は石や木で練習していたが実際に建物でやるのは初めてだ。
ヴェラさんの霧の地図のお陰で俯瞰的に構造を理解できたのが大きい。
縦に、横に、斜めに。形を変え、向きを変え、折り畳まれるように、しかしいずれも中心点へ向かって圧縮を繰り返した塔は最終的に手の平サイズの塊へと成り果てた。
「
「うん、今は用事で出払ってるはず。詳しい場所は分からないけれど。私以外の秘中も一緒のはずだよ」
「じゃあこれは必要ないですね」
「11、10、9、8……」
塔だった塊を捨て、周囲を見渡す。巻き上がった土煙で視認は難しい。
だがそこら中から呻き声が聞こえてくる。近いところだとゆっくりっだが立ち上がろうとする者の姿がシルエットで見える。
瓦礫が崩れる音。助けを求める声。怒声。泣き喚く声。そんな阿鼻叫喚の中、師匠のカウントダウンが進んでいく。
「4、3……」
「ヴェラさん、そろそろ」
「あい」
「0」
カウントダウンの終わりと同時に風の魔力を纏ったアパラージタが師匠を中心にぐるりと1周した。
放たれたのは【シヴァ式剣術秘奥:
大剣アパラージタに乗せた風の魔法を刃としてを放つ技だ。ギッチギチに凝縮した風魔法を刃として放つと、不思議なことに真空の刃となる。
風が裏返ると師匠は言っていたが、僕はよくわかっていない。
問題はこの刃がどういう結果をもたらすか、だ。師匠のカウントダウンは本当に鬼畜の所業と言ってよかった。
『人が突然の災害に見舞われてから立ち上がるまでの秒数は15秒』
という師匠の持論の結果、本当にそれくらいの秒数で生き残った盗賊たちは何が起きたのか確認するために立ち上がったのだ。
そこへ真空の刃が一閃。胴体は真っ二つとなり、二度と立ち上がることはできなくなった。
立ち上がれなかった者は虫の息か、死体である。
つまり、このあとやることは死にかけの盗賊にトドメを刺すだけの簡単で嫌なお仕事だ。
「幹部がいたら入れ墨ごと回収するように」
「それ以外は?」
「必要ない」
「わかりました」
師匠の指示に従って順番に瓦礫となった町を探索していく。血まみれで呻く盗賊の首をラーヴァナで断っていくのはゆっくりと自分の心を壊す作業のように思えた。
悪人だから殺したところで咎められないとはいえ、自身の中にある良心は別だった。
彼ら彼女らにもこうなった背景があったはずだ。それを蔑ろにしていると言ったら言葉がおかしいが、話し合いで解決できない相手であるのも事実。
こうするしかなかったと言ったらそこまでだが……いや、そこまでというのが真理なのだろう。
そこまでと言ったら本当にそこまでなのだ。それ以上、先はない。
「ふぅー……」
師匠の技で土煙は吹き飛ばされ、星空が僕たちを見下ろしていた。清々しく美しい空はまるで自分が清廉潔白であることを僕に見せつけているような気がして。
ぽつりと地面に立つ自分が酷く惨めに思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます