第15話 賊都ヴァルナータ
大急ぎで東の国境へ。とは言ってもヘイダルの町を放置して向かうなんてことはできないのは当然の話で、事態を収束させる為にヴェラさんには一芝居打ってもらう必要があった。
南西、南東と突如現れた強者(とか自分で言っちゃったりして)の介入で制圧が完了しているが息を殺して潜伏している賊も多いだろう。
入り組んだスラム街でこちらから見つけられるはずもなく、賊達も見つからないように動くしかない。事態は膠着状態になっていた。となると率いている人間の安心で安全な指示がないことには彼等自身も堂々と戦利品を手に撤退ができない。
ということでヴェラさんは霧化して南の町全体に意志を広げ、賊へと撤退の合図を出した。無論、彼女はそれについていくことはない。
殿として残ると言っておけば印象も良く、疑われる心配もない。そのまま彼等からは離反してもらった。
「これでよし、と」
「ご苦労様、ヴェラ」
「えへへ、シヴァさぁん」
いちいちねちっこいんだよな……。っと、睨まれた。勘が鋭いのは紫骨仕込みか天性のものか。
さて、とりあえずはヘイダルの町から盗賊は撤退した。残された者達のケアをしたいところだが、逃げた彼等が本拠地で合流を果たさない為にも全力で追い掛け、追い越し、潰さなければならない。
道中で轢くかは場合による、というのは師匠の意見だ。手荷物が厄介なら轢くし、手ぶらなら見過ごしてもいい。始末はいつでもできるからね。
「じゃあ早速行きますか。逆戻りですけど、やる気と体力はまだまだ十分ですよ」
「その前にシーザー、これを使え」
「はい?」
手渡されたのはどこから見つけてきたのか、ロープだ。何かあんまり良い予感がしない。
「それでヴェラを背負って結ぶんだ。落ちないようにな」
「マジですか……」
「マジだ。ヴェラは【薄氷】が使えないからな。お前が背負って運ぶんだ」
「霧化して追い掛けてきたらいいじゃないですか!」
「追いつける訳ないだろう」
追いつける訳がなかった。いやそれくらい自分でも理解できてましたけども! やだもん、人背負って大急ぎで来た道戻るとか、モチベがダダ下がりです!
「じゃあ私に背負えと?」
「そうは言ってないですけど……」
「これも修行だ。やれ」
「……はい」
修行なら仕方ない。渋々ではあるが僕はヴェラさんの前で背を向けてしゃがみ込んだ。こちらの準備は万端だ。気持ちは後から追いついてくるだろう。
しかし待てど暮らせど背中にヴェラさんが乗ってこない。訝しみながらに振り返ると顔を真っ赤にしたヴェラさんがあわあわと落ち着きなく僕の背中と師匠を交互に見ていた。
「どうしました? 早く乗ってくれないと出発できないんですけど……」
「や、だって、そんな……男の子の背中に乗っかるだなんて……恥ずかしぃ……」
「……」
今更何を言っているんだろうか。おんぶされるくらいで何が恥ずかしいのか……と思ったが僕は散々師匠に全裸を見せつけられているので布越しの接触に何の感情も湧いていないからフラットな気持ちでいられるんだった。
逆の立場ならまだ僕も恥ずかしがっていたかもしれないな。
「僕は大丈夫ですから、さぁ早く。あんまり待たせて師匠がイライラし始めたら手に負えないですよ」
「うるさいぞ」
「うー……じゃあ、お邪魔するね……!」
意を決したヴェラさんが僕の背中に身を預ける。手早くロープをヴェラさんと自分に回して括りつける。
「……」
「……なに、黙ってるんだよぉ」
「いえ……ベツニナニモ」
前言撤回。布越しでもこれだけ押さえつけられるようにくっつかれると柔らかい膨らみを嫌でも背中に感じてしまう。意識がそっちにいってしまいそうになる。
「さぁ行くぞ。ついて来い」
「は、はい!」
全身を鎧で覆っている人間とは思えない速さで師匠が走っていく。置いて行かれたら大問題だ。
ていうか本拠地の場所を知ってるのはヴェラさんなんだからやはり先頭を走る師匠が背負うべきでは?
「行きますよ!」
「う、うん……うわぁ速い!」
グッと足に力を込めて、でも力を抜いて、駆け出す。【シヴァ式歩法術:
歩法術ではあるが歩いている訳ではなく走っている。しかし極力無駄な動きを減らしているので上下の揺れも少なく、ヴェラさんが酔うこともないはずだ。
全力で足元に気をやりながら走れば背中の柔らかさや温かさなんてのはあっという間に気にならなくなった。
□ □ □ □
寝ずの強行軍だった。昼も夜も走り続けた僕は限界の一歩手前過ぎて【餓狼の皇】で無理矢理体を動かしていた。
道中、手荷物を持ってヘイダルから退散した盗賊は師匠が殲滅していた。荷物の内容が女子供だったからだ。
予想通り厄介なものを抱えていたということで、師匠はこれを通りすがりに轢き殺し、後からやってきた僕が道案内をして、僕と師匠が野営をしていた広場へと送り届けた。
最初に出会った馬車の人は師匠に言われた通りに逃げてきた人間を集めて広場で潜伏していた。武器を手に逃げてきた人たちは自主的に警護をしていた。
お陰様で盗賊はもちろん、モンスターの襲撃もなく、無事に合流することができた。
町が平和になったことを告げるとお礼も受け取らずにさっさと紫骨の本拠地へ向けて進軍が再開された。ここからが本当の地獄だった。
「ん、んん……」
「ちょっとヴェラさん、あんまり動かないで……」
「だって、ロープが……」
居心地が悪いのは十分承知だが、特に食い込むロープが気に食わないらしく、背負われながらもヴェラさんはよく動いた。
その度に接触する部分が増えたり減ったり、離れたり潰れたりでもう気が気じゃなかった。本当に勘弁してほしかった。
師匠は師匠でさっさと行ってしまうし、置いて行かれないように僕はずっと必死だった。なのに休憩しようなんて一言もなかった。
昇った太陽が沈んでも全然止まらないものだから、もしかしてこのまま本拠地まで突っ込むのかと本当に心配した。
丸3日くらい走っただろうか。多分、朝。ようやく師匠が立ち止まってくれた。
ガクガク震える膝に従い、ヴェラさんのことなんて一切気にする余裕もなく地面に倒れ込んだ。
「ハッ……ハッ……ハッ……」
虫の息とは正にこのことである。口の中の水分が一切ない。胃の中も空っぽだ。お陰様で用を足すこともなく走り通した。
ヴェラさんは僕と彼女の間にある鞄から最低限の食料は口にしていたようだが、僕は食べる余裕がなかった。
そもそも食べたら【餓狼の皇】の効力も弱まるので食べられなかった。それだけ必死だった。
おぼつかない手で固く結んだロープを解こうとして中々解けずに四苦八苦していると師匠がやってきて短刀で切ってくれた。
久しぶりに背中に外気が触れた感じがすると共に少々の寂しさを感じた。
久しぶりに地面に背中をくっつけて仰向けに寝転んだ。空は曇り。今の僕には良い天気だ。眩しいと多分やられる。
「まったく情けない。力み過ぎだ」
「ハヘッ……ハゥヘッ……ハホァッ……!」
「すまん、何を言ってるのか分からない」
僕も何を言っているのか分かってない。ただただ感情的に反論をしようとしていただけである。喋れたら多分、殺されてる。
「ヴェラ、本拠地はどの辺だ?」
「ここから……北に進んだ場所に……賊都ヴァルナータがありま……げっほげっほ!」
背負われていただけと言っても辛いものがあって当然で、師匠以外の人間は本当に虫の息だった。
「じゃあこの辺りで半日休んでから攻め込むぞ。それまでに体力を戻しておけよ」
「ハヒァッ……ハヘェッ……ハンッ……」
「だから分からん」
その師匠の言葉が最後の記憶となり、まるで殺されたかのように一瞬で意識を持っていかれ、泥のように眠った。
目覚めたのは日が暮れてすぐの頃だった。
跳ねるように起きた僕は一瞬、自分がどこにいて何をしていたのか思い出せなかった。が、すぐに死ぬような思いをしてここまで来たことを思い出して頭を抱えた。
思い出すと同時にぐぅぅぅぅと魔獣のような咆哮を上げるお腹。流石にお腹空いたよぅ……でも食べるとスキルが……まったく使いどころの悪いスキルだよ、ほんと。
進化したところでなんだっていうんだ、マジで。掌握の方が良い。これからはこっちメインでやっていこうかな……。
「起きたか」
「はざす……」
「お前もこっちに来い。ヴァルナータの地形を頭に入れておけ」
情報を頭に入れるよりも食べ物を胃に入れたいところだが、起き上がって師匠の下へと向かう。
そこにはヴェラさんが作り出した霧の立体模型が浮かんでいた。日が暮れた後だから白い霧はとても見やすい。窓なんかも忠実に再現していて、彼女の魔法操作能力の高さが伺える。
これを【
奪うじゃなくて模倣するとかだったら良かったんだけどな……どうにもこの【掌握】というスキルには端々に狂暴性が見え隠れしている気がする。
さて、そんなことは置いておいて……霧の模型を見る。
パッと見た印象は『坂の町』だ。上から下へ、坂になって町が構成されている。材質までは分からないが、2階建ての建物もあったりして建築技術もしっかりしているようだ。
元はそっちの道でやっていた人間もいるのか、はたまたどこかの町からの手土産か……偏に殲滅すればいいというものでもないのかもしれないな。
「賊都ヴァルナータは山の斜面に築かれた都市です。と言っても法も秩序もない場所ですけれど。あぁ、ただ1つだけルールがありますね」
「それって?」
ヴェラさんは僕を見てニヤリと口角を歪めて言った。
「弱肉強食」
「あぁ……それっぽい」
「そんなことはどうでもいい。それより重要な地点を教えてくれ」
師匠の声に咳払いをしたヴェラさんが建物を1つ1つ指差して説明していく。
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