第14話 蜃気楼
大規模な集団である紫骨盗賊団の襲撃によって地獄と化した観光地ヘイダルでの闘争はまだ続いていた。
師匠に任された任務である南東制圧はほぼほぼ完了した。最初は自分にできるか不安だった仕事だが、いざやってみると意外にも失敗は少なかった。
多少の傷は負ったが、目の前にして救えなかった人間はゼロだ。
「お腹空いてきたな……ならここからは【餓狼の皇】に切り替えよう」
使い勝手の良い【
両方使った際にどう動くか、なんてイメージトレーニングはずっとしているがそれを実行できるのはまだまだ先になるだろう。
自身への掌握を解除し、代わりに【食欲の王】から進化した【餓狼の皇】を使う。同じような効果でも使用感に差がないのは普段からコラプステイカーでの上昇限度を餓狼の皇に合わせているからだ。
こうすることでいつでも切り替えられるようにした。
やろうと思えばコラプステイカーの出力は増やせるが、それもまた反動が大きくなる。
稼働に耐えられず千切れた筋肉を無理矢理動かしたり、衝撃で折れた骨を無理矢理繋いだりと、動かすだけならいくらでもできるのが限界を引き出すという本来の肉体の掌握だ。
これを自分以外にも使えるのだから凶悪なスキルだよ、ほんと。
「誰かいないか!」
歩きながら各所へ声を掛けるが、人の気配も物音もしない。倒し切ったか、撤退したか。
助け切ったか、助けられなかったか。どちらにしても生きている人間はいなさそうだった。
ラーヴァナを刻印の中に仕舞い、手の甲に赤いフューガーの紋様が浮かぶのを見てからほぅ、と息を吐いた。この分なら餓狼も解除して良さそう……
「ッ!?」
僅かな音と気配を察知し、その場から前方へ飛び込むように攻撃を回避した。地面の上を1回転してから間髪入れずにラーヴァナを呼び出し、追撃に飛んできたナイフを弾いた。
「ほぅ、やるねぇ」
「誰だ!?」
声のした方の気配を探る。しかし気配らしい気配は一切ない。紫骨盗賊団の幹部であることは間違いない。いや、もしかしたらそれ以上かも……。
「誰だと聞かれて答えるような人間がいる訳ないだろ~?」
それもそうだ。
「でも私は答えちゃう」
「なんでだよ!」
反射的にツッコんでしまう。そのツッコミに対する返事は、突如耳元で囁かれた。
「ここで死ぬと確定してる人間になら、明かしたって問題ないから」
「ッ!?」
ゾッとした悪寒を振り払うようにラーヴァナを振るう。一瞬、人影が見えたような気がしたが霧散して消えた。
まるで霧や蜃気楼を斬ったような気分だった。
「私はレイラ……紫骨盗賊団秘中の3幹部が1人。【蜃気楼のレイラ】。短い間だけど、よろしくね」
「秘中の3幹部……!」
なんだか凄そうだ……! 実際、凄いのかもしれない。二つ名の通り、蜃気楼だと感じたし、その名の通り、気配もあやふやで攻撃も通らない。
しかし残念なことに、それは普通の人間相手なら無敵の能力だった。剣も貫通するし、矢も効かない。魔法は分からないが対策しているだろう。
だがそもそも、その霧化する構造が魔法だった。濃密な魔力で周囲を埋め尽くし、自身を一体化させる力。それがレイラの蜃気楼の種だ。
となればいくら彼女が紫骨盗賊団秘中の3幹部だとしても【
「あはははは! どうだ、見えないだろう?」
「見えてるけど」
「は? うげっ!」
周辺全ての魔力を掌握する為、真上に伸ばした手の平をギュッと握る。
霧は霧散し、霧に変化していたレイラも走っている途中のような姿で急に地面に下ろされたものだから躓いて見事に転んでいた。
これが秘中の3幹部ですか……。
「この騒動を起こした罪はあの世で償うんだな」
「あ、ちょ、なんで、魔法がっ……いやぁぁぁああ!」
立ち上がれず、魔法も発動せず、抵抗出来ないレイラに向かってラーヴァナを振り下ろす。
だがそれは割って入った大剣によって阻まれる。どこかで見た光景だ。だが今回は僕が斬ろうとして阻まれている。割り込んだ剣の持ち主は師匠だった。
「師匠?」
「それは殺さなくていい」
「?」
足元でひんひんと泣く声を上げるレイラがそっと顔を上げる。まだ生きていることに気付いたのか、僕と師匠を交互に見て、師匠の足にしがみ付いた。
「シヴァさぁぁぁぁん!」
「大丈夫か? ヴェラ」
状況が全然飲み込めなかった。師匠に泣きつくレイラの姿も、レイラのことをヴェラと呼んで気遣う師匠も、分からなかった。
「すまなかった。状況が状況だったから説明不足だったな。……ここは目につく。その家に入ろう」
「わ、わかりました」
師匠にも事情があるようなので、ここは大人しくついていくことにした。
慌てて逃げたのだろう、扉が開けっ放しだった家にお邪魔する。ちょっと見た感じは南側にしては立派なご家庭という雰囲気だ。ちゃんと家具があるし、綺麗だった。
兜を外した師匠がふぅ、と息を吐いた。僕は背負っていた鞄から瓶に入った水を3本取り出す。
師匠が気遣うのならレイラ……いや、ヴェラさんの分も用意するのが弟子の務めだ。
「切り替えが早いな。良いことだ」
「ありがとうございます! それで、えーっと……ヴェラさんと師匠はどういう関係なんですか?」
「ヴェラは元冒険者の現ギルド職員だ。で、一時期は私とパーティーも組んでいた」
「そんな人がどうして盗賊団に?」
チラ、と足元で泣いているヴェラさんを見る。どうにも賊堕ちしたような印象は抱けない。どちらかと言うと、まだ冒険者側のような気も……なるほど、そういうことか。
「潜入捜査ですか!」
「その通りだ。ヴェラはギルドから派遣されて紫骨盗賊団の内情を捜査してるんだ。よく気付いたな。偉いぞシーザー」
「えへへ」
褒められるとどうしても嬉しい。照れる僕を見てヴェラさんは少し頬を膨らませていた。
「逆に尋ねたいんですけど、シーザーさん? はシヴァさんとどういう関係なんすか!?」
「えっと、シヴァさんは僕の師匠です」
「師匠!? てことは弟子!? シヴァさん、弟子なんかとったんですか!?」
「あぁ。こいつには光るものがあったからな。上手に磨いてやれたようで、お前を圧倒できたようだな」
まーた師匠に褒められてしまった。鼻高々です。対するヴェラさんは歯軋りをして悔しがっていた。
こんなって言ったら失礼だけど、どうしたら秘中の3幹部なんてアンダーボスみたいな立ち位置になれたんだろうか。不思議でしょうがない。
「しかしどうしてお前がここに?」
「人材募集、なのは気付いていると思うんですけど、それをどうにか内側から妨害してやろうと意見出ししてたけれど止められなくて、ついに現場にまで引っ張られた感じですね……」
良かった。この人の所為でこの事件が発生した訳ではないようだ。1人じゃ限界があるもんなぁ……どうして止められなかったんだなんて、言えるはずもない。盗賊の被害に遭った人達を、これからどうケアするかが大事だな。それにこの人もだ。背負い込んでいなければいいが……。
「そうか。よく頑張ったな」
「シヴァさぁぁん……」
硬い鎧の胸元に顔を埋めてわんわん泣くヴェラさんのことが嫌いになれなかった。この人もこの人で苦労があったのだろう。
しかし不意打ちで攻撃してきたのはちょっと引っ掛かるが……。
「シーザー君も、さっきは攻撃してごめんね……一応、盗賊達の手前だったから何もしない訳にはいかなくて……でも殺すつもりは本当になかったからね!」
「不意打ちはびっくりしましたけど、その後は様子見でしたもんね。ちょっと突いて煙に巻こうとしているのは何となく伝わったので、僕も逃がさないようにって焦っちゃって……」
「誤解も解けたようで何よりだ。それでヴェラ。これからどうする予定だ?」
勝手に椅子に座った師匠は立ったままの僕たちに視線を向けた。ヴェラさんは顎に手をやりながらうーんと唸る。
「紫骨のアジトは完璧に把握しました。内部情報もここにあります」
顎から手を離したヴェラさんは指先で頭をつつく。
「奴等の計画は?」
「ここで人材を増やして適当な装備を与えて各地に放ちます。国中が混乱し、兵を放ったら後は……」
「なるほど、奴等の狙いは王都か」
僕たちがいるこの土地は一つの国の中にある。その国の名は【アルベド】。白亜の王都アルベーラはあまりにも有名だ。
その王都を落とす為、奴等は各地を同時多発的に襲って混乱に陥れるつもりらしい。
その混乱を治める為に兵を派遣し、手薄になった王都を襲うのが最終目標だ。
「一介の盗賊団が国崩しですか……?」
「現実的じゃないように思うかもしれないけれどシーザー君、奴等はそれを行う実力があるんだよ」
「その戦力を少しでも減らさない為に使い捨てに選ばれたのがこの町の虐げられていた市民だ。そしてそれはほぼ成功だ。人心掌握だけは見事だが、サプライズゲストである私たちを排除する能力が足りなかったのは問題だな」
「これでも結構な数の幹部を投入したんですけどね……シヴァさんとその弟子のシーザー君には敵わなかったです」
まるで盗賊団側みたいに悔しがるヴェラさんだった。味方であることは明白だが、性格が負けず嫌いなのかもしれない。
「でもこれってチャンスなんじゃないですか? 紫骨は貴重な戦力を失ったってことは、逆に本拠地が手薄なんじゃ……」
「いや、まだまだ本拠地にはとんでもない数の戦力が残ってるんだよ。それも国崩しの準備をしてる」
「不意打ちで襲っても、相手は準備万端という訳だ。直接叩くのは難しいだろうな」
閃いたと思ったんだけどな……難しい。一体どれだけの盗賊がいるんだろうか。この町を始めとして色んな町に人材募集しに行ってるはずなのに、まだ多いのか……。
「だがシーザー、発想は素晴らしかったぞ。足りなかったのはタイミングの見極めだ」
「タイミング?」
尋ね返すと師匠は頷き、テーブルの上にあった果物カゴを指差した。
「この果物がぎゅうぎゅうに詰まった籠が盗賊の本拠地だとして。ここが今後、手薄になるタイミングはいつだ?」
「えーっと、人材募集に出掛けててもまだ人は沢山いて……それが減るタイミングというと……あ、国崩し!」
「その通りだ。賢いね」
師匠は手を伸ばして僕の頭を乱暴に撫でる。子供扱いはやめてほしい……が、嬉しい。16……いや、もう17になったけど、いくつになっても褒められるのは嬉しいものだ。
「人材募集と国崩しは国に頑張ってもらう。国の問題だからな。だが盗賊団討伐はギルドも介入している案件だ。なら、それをやるのは私たち冒険者、という訳だ」
「おぉ……流石です、師匠!」
王都は東の国境から南西に位置している。今僕達がいるのは西寄りの町、ヘイダルだ。
ここから国境の紫骨の本拠地を叩く。そして来た道を戻り、西の港町へ行き、船で西大陸へと旅立つ。完全に逆方向に向かうことにはなるが仕方ない。
普通なら膨大な時間と体力が必要な強行軍だが、幸いにも僕達が気にするのは体力だけである。
【シヴァ式歩法術:薄氷】で極限まで摩擦力を減らした高速移動術があれば移動時間などあっという間である。
王都に関してはそこまで問題ないと思っている。まだ準備段階だし、そもそも面倒を見る義理はない、というのが師匠の意見だ。
王都は王都で防衛戦力もあるだろうし、これ以上無駄に時間は使いたくなかった。
「さぁ、決まったらすぐに行動開始だ」
「シヴァさんはいっつも準備も無しに動き出すんですから。変わらないですね」
「荷物なら任せてください!」
……ん?
「ヴェラさんも来るんですか?」
「勿論! 本拠地を潰す為に潜入捜査してたんだから。能力を認められて秘中の3幹部になったけど、逆に言えば幹部が1人減るんだから、これはチャンスだよ!」
「確かに……構造もヴェラさん頼りですからね。よろしくお願いします!」
「しかしシーザー、あまり時間を掛け過ぎたら意味がないからな。本来、私達はまっすぐ西を目指す予定だったんだ。損得で東に行くことを選んだだけだ。迅速に、全力に、だぞ」
「了解です!」
人を殺してお金を稼ぐよりはモンスターを倒してお金を稼ぐ。という判断をしたにも関わらず東に向かう。
それはそれだけ得る物が多いからだ。頼まれてもいない討伐よりも、ギルドや国に貸しを作れるのならそりゃやるべきである。
ということで急遽、逆方向への強行軍が決定した。この行軍の結果がどうなるかは分からないが、多くの人が困っている盗賊団を潰せてこちらの利益になるなら、やって損はないだろう。
ただし、師匠も言うように魔王討伐が最優先だ。これはあくまでも寄り道。ささっと始末をつけて、大急ぎで西大陸へと向かうとしよう。
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