第13話 何を与えるか
アケイラの町から西へ数日向かうと見えてくるのは観光都市ヘイダル。北に大きな湖を持つこの町は、湖から続く川で分断された不思議な町だ。
北から南に流れる川に沿って作られたこの町は主に観光業で生計を立てている。誰が気合いを入れたのか一目で分かるような立派な大聖堂を筆頭に立派な建物が多く見える。
そうなると一般市民が住むただの家でさえ趣深いものに見えてくるから不思議だ。それをまるで隠すかのようにぐるりと防壁で囲んでいる。
そんな防壁から頭を出すように見える大聖堂は町の中心で川を跨いで建てられている。言うまでもなく聖女隊所属の聖職者ミラが生まれた宗教国家、聖法国ハルドナの国教である【真陽教】が建てた聖堂だ。
奴等は西大陸の住人でありながら北のヘイダル湖を聖地と認定し、そこより流れ出る水を聖水と謳い、聖堂で回収して販売している。
”ヘイダル湖から流れ出る水が聖水なら、わざわざ販売する意味もないじゃないか“
と、誰もがそう思った。しかし真陽教が吐いた言葉はこうだった。
”我らが大聖堂より過ぎし水は聖性を失いし堕落の水なり“
まったく馬鹿馬鹿しい話である。水に聖性もクソもない。ただ空から雨が降り、地下へと浸透し、湧き出て、流れ出ているだけだ。
それを他所の国からやってきて勝手に回収し、売りさばいているのだ。
その甘い汁を吸ったのは聖堂より北に住む者たちだ。聖堂の恩恵に預かった者たちは観光業を始めた。
逆に聖堂より南に住む者は堕落の者と蔑まれ、表面上こそ観光地にされてはいるが、奥まった場所に行けば真実が見られるだろう。
蔑ろにされ、荒れ果てた貧民の姿が。
紫骨盗賊団が襲ったのはそんな南側の町だった。きっと彼等は、ただ襲いに来たのではない。真陽教と同じく、布教しに来たのだ。
立ち上がれ市民よ、と。堕ちろ盗賊へ、と。
最初は襲っていた盗賊団だったが、人員補充の為に殺人は犯さなかった。奪うだけだった。
ただ、悪いところに住む悪い人間は、その行いを見て『あぁ、やっていいんだ』と知った。知った人間はその手を止められない。
不当に蔑まれ、雑な扱いを受けてきた人間はプライドを大きく傷付けられている。
好機でしかなかった。
悪いところに住む悪い人間は何かを手に取った。それが刃物だったか、棒だったかは分からない。
悪いところに住む良い人間は友の手を取った。悪人から逃げる為、共に助かる為に裸足で駆け出した。
「【
僕たちが助けたいのはそんな良い人間だった。逆境でありながらも清廉な心を持ち続けた真の聖者達。
そんな人たちを救う為なら、僕は敵の命を奪うことに躊躇いはなかった。
「あ、ありがとうございます……!」
「逃げて!」
逃げてとは言ったがどこへ逃がせばいいのかも分からない。北は駄目だ。なら町の外? 避難誘導は誰がやればいい? 人を助けるなんて初めてのことだから分からないことばかりだ。
「町の外へ出ろ。東の街道を進むと馬車が待機しているはずだ。その者の案内に従うんだ」
「は、はい!」
師匠の指示で被害者が逃げていく。一瞬、理解できなかったがなるほど、御者から話を聞いて僕があれやこれや考えていた時も師匠は御者と何かを話していた。あれはこの為の話だったんだ……。
「こうして助けに行く場合は逃がす先まで事前に考えることだ。分かったか?」
僕は自分の頬をバチンと叩いた。まったく、少し考えれば分かることだった。
「すみません、精進します!」
「お前ならできるよ。さぁ、救い切ったら残りは殲滅だ。ここからは別行動だ。私は南西を制圧する。シーザー、お前は南東だ。油断するなよ」
「はい!」
ラーヴァナを肩に担ぎ、薄氷で歩み出す。路地の陰。建物の中。そんな人目に付かない場所を隈なく探し、盗賊がいたら叩き斬った。
気分の良い仕事ではなかった。もちろん、人を助ける達成感はあった。
だが考えてみればこれは世界の縮図だ。今だってどこかでこういうことは起きているはずだし、もっと大きな戦争だってある。
助けて、助けられて、襲って、襲われて。奪い、奪われ、与えて、与えられて、また奪われて。
これまでは荷物持ちとして追従していたから、どこか一歩引いた部外者の立ち位置から勇者達を観察していた。
確かに彼等は人を救う時もあった。奪う時はなかった。だが与えられて当然という認識で報酬を奪っているようにも見えた。
それがずっと引っ掛かっていた。確かに、救った分だけ救われるのが当然だ。それは食べ物だったり、金銭だったりと色んな形があると思う。それを貰うことは不健全ではない。
なら今の僕と勇者に、どんな違いがあるのだろう。
「キャア!」
「それを寄越せ!」
女の子の悲鳴が聞こえた。路地に飛び込むと僕に背を向けた男が何かを振り上げていた。
「やめろ! 何も奪うな!」
僕の声に気付いた男が振り向いた。
「奪って何が悪い! 先に奪ったのはお前らだ!」
ボロボロの服を身に纏い、鉄の棒を振り上げてこちらへ向かってきた男を転がす。ラーヴァナの切っ先を喉へ向けた。男は身動きできず、僕を睨むしかなかった。
「奪われたからって、奪っていいわけじゃないんだよ……奪われたなら、与えるしかない」
「何もないのに、何を与えるっていうんだ……!」
問われ、答えが自然に言葉となって出てきた。そうだ……きっとこれが僕の答えなのだろう。
「心だよ。これは誰にも奪われることのない、あなただけのものだ。そしてそれは、あなたにしか与えられない」
「綺麗事を……ッ」
助けたいと思う心を僕は持っている。これは誰にもあるはずのものだ。盗賊にだって、仲間を助けようとする意志があった。
それをどういう気持ちで、どういう立場で、どういう使い方をするか。それが一番大事なんだ。
「あなたはまだ、人間だ」
「……クソッ!」
悪態はつくが、それは自分を恥じているだけだった。もう彼が誰かを襲うようには見えなかった。
「人手がいる。あなたのように助けられる人がまだ残ってるんだ。手伝ってくれないか?」
「それが……罪滅ぼしになるなら手伝おう」
「なるさ。あなたは善人だから」
男の目から卑屈さが消えた。もう、大丈夫だ。僕は振り返り、床に座り込んでいる女の子に手を伸ばした。
震える手で僕の手を掴んだその子は僕と男の会話が聞こえていたからか、襲ってきた男をジッと見た。
男は気拙そうに、しかし顔を逸らすことなく、目を合わせた。
「何人、襲いましたか?」
「え? あ……あんたが最初だ」
「なら良かったです……私はあなたを許しますから、沢山の人を助けてあげてください。あなたがあなたを許せるように、頑張ってください」
なんて気丈な人なのだろうと思った。僕がどうにかこうにか見つけた答えを、この人はすでに知っているんだ。
男は頷き、鉄棒を拾って駈け出した。その男の背中に僕は声を掛けた。
「あの!」
立ち止まった男は僕の方へ振り向いた。
「なんだ?」
「お名前聞いてもいいですか?」
「グラナだ。あんたは?」
「シーザーです。またどこかで生きて会いましょう、グラナさん」
僕の言葉に返事はしなかったが、しっかりと頷いてくれた。グラナさんは再び駆け出し、路地の向こうへ消えていった。
本当に尊敬できる人というのは目で分かる。彼はきっと素晴らしい人になるだろう。そういう目をしていた。
路地に残ったのは僕と女性の2人になった。
「町を出てください。東の街道に人が集まってます。馬車の御者の案内に従って」
「1人で行けるか不安だわ……大丈夫かな」
確かに女性1人というのも安心できない。だが偶然にもここは南東の防壁に近い。これくらいの地形改変は許されるだろう。
地面に向けて手の平を伸ばし、掌握する。盛り上がった土が左右の家を捲り上げながら壁を作り、路地は真っ直ぐに防壁まで一直線の道となった。
行き止まりにある防壁は形を変えて扉となる。
「あの扉から出られます」
「あなた……いったい何者なの?」
問われ、自分が何者なのか考えた。しかし明確な答えは出てこなかった
。パッと出てくるのは、情けないことに退職した僕の不名誉極まりない前職だった。
ただ、今の上司は素晴らしい人間だったから、良かった。
「僕は荷物持ちですよ。ただのね」
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