第12話 紫骨盗賊団
深夜の森に断続的に金属音が鳴り響く。刃と刃がかち合う高音から、擦れ合う不快な音まで。その中に山賊の悲鳴と断末魔の不協和音が入り混じる。
「【
統べた大地の槍が山賊の腹を貫く。串刺しになりながらもがき苦しむ男の首をラーヴァナで弾く。
「てめぇ、よくも!」
「くっ……!」
振り下ろされた剣は不自然な弧を描き、僕の隣に突き刺さる。【
野営地は山賊の襲撃によって戦場と化した。周りを見ると、そこら中に死体が転がている。そのどれもがバラバラだったり、苦悶の表情を浮かべている。
僕が相手にしてきたのは師匠に会う前も後もモンスターばかりだった。同じ人間相手の戦闘というものを経験してこなかったから、今のこの状況がまだ受け入れられてなかった。
「死ねぇぇぇえ!!」
僕と同じ言葉で襲い掛かってくる敵を斬り倒す。
「よくも兄貴をーーー!!」
僕と同じ感情を持つ人間を貫いた。
まったく頭がどうにかなりそうだった。何で彼等は同じ人間相手を殺そうとするのか。そして僕は平然とそれをやり返せるのか。頭では分かっているつもりだ。
お互いにそうするしかないのだ。
これは考えても答えが出るようなものじゃない。考えない方が正しいくらいの話だ。それでも頭が端らしてしまうのは、僕が生きて戦っているからだった。
全ての山賊が死体に変わる頃、東の空から日が昇ってきた。真っ赤な朝の陽ざしが森の闇から木々の長い影以外を取り除いていく。
陽に照らされた地面もまた、真っ赤だった。真っ赤だが、真っ赤以外も多い。
「はぁ、はぁ……」
「怪我はないか?」
「はい……なんとか」
その地面の上にラーヴァナを杖にして縋るように、それでも立ち続けていた僕は体の傷こそなかったが、心はボロボロだった。
とはいえ、この傷は治療のしようがない。受け入れることでしか包帯を巻くことはできない。
「今日はまだましだったな」
「へ……? 40人はいましたよ……?」
「いや、人種の話だ。山賊はまだいい。明確に敵だから」
1つとして無傷でない死体を見回し、溜息を吐く。
「敵以外の敵もいるんですか?」
「味方だった冒険者。他国の兵士。暗殺者。助けたはずの被害者。同じ人間だが、沢山いるよ」
「師匠は、その相手を斬ったんですか?」
質問してから、馬鹿なことを言ったと自覚した。それを師匠の口から言わせたことを酷く後悔した。
「斬ったよ。斬るしかなかったから」
「……すみません」
「シーザーは何も悪くないよ。さぁ、もう一度風呂だな」
この状況で風呂に入るのかと困惑したが、この有様なら風呂しかないかと、返り血まみれの自分を見て溜息を吐いた。
当たり前のように一緒に入るのも、疲弊していたからか何の感情も湧かず、ちょっと師匠が不服そうにしていた。
残り湯で服と装備も綺麗に洗い、最後に師匠が風の魔法で温風を発生させて濡れた髪や服を乾かしてくれた。その風だけはとても心地よかった。
先程までの血みどろ状態が嘘のように綺麗になった僕達とは対称に森は山賊の死体だらけで酷い匂いと光景が今もまだ広がっていた。
「どうするんですか? これ」
「まずは身包みを剥ぐ。こいつらが有名な山賊なら入れ墨があるはずだ」
師匠の教えに従い、その辺の山賊の鎧を剥いていく。すると首筋に紫色で真正面から見た頭蓋骨を斧で断つ絵柄の入れ墨を見つけた。
「師匠!」
「ん……早いな。どれどれ……なるほど」
「分かりますか?」
「あぁ、こいつらは有名だぞ。【紫骨盗賊団】と呼ばれるゴミの集団だ」
調べていて気付いたが、入れ墨のある人間とない人間の2種類あった。そして入れ墨が入っている人間は圧倒的に少なかった。
「もしかして入れ墨入ってるのは幹部とかですか?」
「察しが良いな。私達にしてみれば有象無象だが、奴等なりに強さや人徳なんかで区別しているようだな」
悪人に徳もクソもないが、彼等なりにコミュニティを上手く運営しようと頑張っているのだろう。
そこを見下すつもりはないが、人が多いとどこも大変だなとつくづく思う。5人の勇者パーティーでさえ、ああだった。
「幹部が全部で……3人ですか。これで壊滅したってことですか?」
「まさか。本体はもっともっと大きい。この国と隣国の境目にある森が根城という噂だな」
「結構離れてますね……何かあったんでしょうか?」
「分からん。行ってみない事にはな」
「え、行くんですか?」
僕達が向かうのは海を渡った西大陸にある聖法国の北にある魔王の住む場所、魔大陸だ。隣国フェルムンドは東側だ。つまり真逆の方向にある。
「旅の資金にはなるとは思うが、どうする?」
「うーん……」
正直、金なら心配する必要はない。師匠がモンスターを討伐したり、こうして賊を退治した報奨金が沢山あるからだ。
とはいえ、それは師匠の貯金に手を出すことになる。僕自身が何も稼げていないのに、だ。
それはかなり心苦しいものがある。できれば稼いで貢献したい。
それに試してないスキルもまだある。一番の難点であり、一番の奥の手であり、成長の要である【
これを使うには罪悪感のない悪人なら問題ないんじゃないだろうか。
そりゃあ悪人にだってこれまでの人生があるし、人情だってある。
だが悪人だ。堕ちて堕ちて、堕ち切った人間だ。殺そうとしてくる相手なら、奪おうとする相手なら、奪ったっていいはずだ。
そうしなきゃ僕自身の身が危ない。
……なんて言い訳をしていること自体、分かってる。試したいだけだと、奪っていい相手を探しているだけだと、自分でも理解できている。
だからこそ、僕はこう言うしかなかった。
「人を殺すよりは、モンスターを殺した方が楽だしお金になりますよ。逆方向だし、まっすぐ西大陸に行きましょう」
「そうか? まぁそうだな。あんまり時間を掛けて魔王が討伐されたら意味がない。よし、最初の目的通り、このまま西へ行こう」
僕は僕として、堕ちずに生き切る為の選択をした。間違ってない、と思いたい。
いつか使わざるを得ない場面がやってくるとしても、使いに行く、なんてのは絶対に間違ってるのだから。
散らかった野営道具を搔き集め、鞄に仕舞う。街道への道に師匠を先に送り、僕は手の平を地面へと向けた。
「安らかに眠るといい」
死人に罪なし、だ。掌握した地面を底なしの沼に変質させ、死体全てを地面の中へと沈めた。
彼らは遠い未来、この森の礎となるだろう。切り開いた森もきっと木で埋め尽くされるはずだ。
そして生まれ変わったら、きっと善人として人生を送るはずだ。
そう、信じたかった。
□ □ □ □
気を取り直して、気持ちも新たに西へ向かうことが決まった僕達は、寝足りない体ではあったが日も昇ってしまったので出発することにした。
ここから暫く進むとちょっとした町がある。本来ならアケイラの町から馬車で3日は掛かる距離だが、修業のお陰で一晩過ごすだけで到着することができる。
あんまり食料とか買い込まなくて済むから節約できて良いね。
街道をトコトコと歩いていると、進行方向から馬車がやってくるのが見えた。
「シーザー、こっちに」
街道を逸れた師匠に続いて草地へと避けてそのまま進む。変に譲らないよりもこうした方がお互いに気持ちが良いからね。
師匠は強さだけでなく気遣いも世界一だ。
改めて馬車を見る。そんなに立派なものでもないから貴族ではないだろう。ただの幌馬車だ。
しかしよく見ると様子が変だ。御者がかなり焦った顔をしているし、何だか速度も速い。
まだまだ先だと思っていたのに、もうすれ違いそうになっている。
「様子が変だな」
「僕も思いました。何だろう、何かから逃げてるような……」
「す、すみません! そこの人! 助けて!」
目が合った途端に助けてくれ、か。慌てて止まろうとしているが、馬が興奮し過ぎて全然制御できていない。これじゃあ逆に危ない。
馬に向かって手の平をかざす。そして意識を同調させるように掌握した。
「【
馬の精神を掌握し、興奮状態を解除して止めさせる。急に馬が大人しくなって止まったものだから御者がビックリしていたが、それよりも大事なことがあるらしく転がるように御者席から降りてきた。
「あ、あの! 町が、盗賊に襲われて……!」
「盗賊? もしかして、紫骨盗賊団か?」
「そうです! あの首元の入れ墨……間違いないです!」
どうやら森にいた盗賊達は別動隊だったようだ。本隊が町を襲っているらしい。しかも幹部もいる。
しかし師匠の言う通りなら国境にいるであろう拠点の賊全員が参加しているとは思えない。
こっちの方まで飛ばせる人員だけで町を襲う規模か……本拠地って、もう住処とかじゃなくて都市なのでは……?
そんなことを考えてる間に御者と話し終わった師匠が僕の方へ振り向いた。
「シーザー、行くぞ」
「はい、師匠!」
言った直後に【薄氷】で飛ばした。あっという間に馬車が後方へとすっ飛んでいく。
昨日ので多少は慣れたとはいえ、やるのはまた人殺しだ。
気が進まないが、奴等の所為で死ぬ人間がいるのも事実。できればそうなる前に、助けてあげたい。
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