いつか君と
リュウ
第1話 いつか君と
信号が黄色に変わる。
前の車のスピードが遅いので、僕は交差点を抜けるのを諦めブレーキを踏んだ。
きちんと停止線で止まった。
歩行者用の信号が変わり、小鳥のさえずりが流れる。
歩行者が歩き始める。
信号が変わるまで、何気なく周りを見渡す。
いい天気だ。
青空に向かって、コンクリートの建物が伸びている。
まだ、この街の空は広い。
雪から解放された北国の風景。
今日は、いい天気だし、やさしい風が心地よさそうだ。
窓を開けてみる。
街の音と空気が車内に流れ込む。
その時、白いワンピースの女性が目に入った。
やさしい風に、ワンピースの裾が揺れる。
デートの待ち合わせだろうか、周りを見にしている。
ストレートの黒い髪も一緒に風になびく。
とてもいい表情をしている。
期待というか、生きてることを楽しんでいるような表情。
僕は、見とれていた。
彼女と眼が会ってしまった。
その瞬間、僕にはわかった。
僕が、探していた彼女だと。
信号が変わったことを車のアシストシステムが知らせてきたので、発進させた。
僕は、ルームミラーで、遠ざかる彼女を見ていた。
彼女もこちらを見ている。気にしてくれるならうれしい。
僕は、彼女にもう一度会いに右折した。ぐるっと回って彼女に声を掛けようと思った。
この街は格子状に造られていいるので、四回の右折で元の道に戻れる。
元の道に戻った。
僕は、彼女の姿を探していた。
その時、左横を猛烈なスピードで走り抜ける車があった。
「普通じゃない」そう、違和感を感じた。
嫌な感じがしたので、その車を追いかけた。
その車は、突然、歩道は走り始めた。
「なに……、何をやってるんだ」
次々と歩行者が跳ねられていく。
このままでは、彼女が危険だ。
彼女を助けなければと思った。
僕に与えられた使命なのだと。
彼女が見えた。
暴走車が彼女に向かう。
車が破損しスピードが落ちているが、危険なことはかわらない。
僕は。アクセルをべた踏みする。
エンジン音が社内に響きわたる。
僕は、彼女と暴走車の間に入った。
彼女は、驚いて僕の顔を見る。
間に合ったので、きっと僕は彼女に向かって微笑んでいたと思う。
彼女の目が僕らか外れた。僕もつられて彼女の視線を追いかけた。
暴走車が僕を目がけて迫っていた。
フロントガラス越しに運転者の顔が見える。
もう人間の顔ではなかった。
怒りそのものの顔、誰も止められない。
バアアアアアアン。
車体が激しく揺れる。エアバックで視界が奪われた。
「大丈夫……、大丈夫ですかぁ」
彼女の声が聞こえる。危機一髪で彼女を救うことが出来た。
僕は、それだけで満足だった。
そこから、僕は何も覚えていない。
「彼女が君の相手だよ」
誰かの声が頭の中に広がった。
僕は、目を開けると助手席にキツネが座っていた。
前に目を移すと、青い空だった。
眼下には、緑一色の森が見える。
空を飛んでいる?いや、車の中だ。
僕は思い出した。
僕は、大学の卒業旅行中だった。
レンタカーを借りて、車で移動中だった。
カーブの多い山中の道を走っていた。
都会の道と違って、カーブの多い山道が楽しかった。
車を運転しているという充実感があった。
面白かったので、速度が上がっていることは気にしていなかった。
それは、峠を下っている時に起こった。
急にキツネが目の前を横断したのだ。
僕は、咄嗟にハンドルを切る。
キタキツネと眼が合う。
カーブが思ったより、きつい。
前輪が中央線を越えていた。
すべての重量が右前輪一本にかかる。
キュキュキュッと、荷重に耐えられないタイヤが跳ねて着地するたびに悲鳴を上げる。
それでも、タイヤは懸命に耐え車体を支える。後方が右に振られる。
遥か前方の対向車線の車のクラクションが聞こえる。
僕の車はガードレールを超え、道路から飛び出していた。
ふわっと空中に浮かぶ。車体は徐々に重力に負け、崖下に落ち落ち始めていた。
助手席にキツネがちょこんと座っていた。
時が止まった。
「あ、ごめんなさい。急に飛び出しちゃって」
しゃべったぁ、キツネのくせに。
「わざとじゃないんだろ?あのさ、俺、ここままじゃ死ぬよね」
キツネはすまなそうに頷いた。
「助けてくれたお礼に、願い事をきいてあげる」
僕は、願い事を頭の中を探した。
「死なないってのは、あり?」
「それは、ないかなぁ」
やっぱりな。
「ちょっと待ってよ、考えるから」
今、死なないこと以外に願い事なんてあるだろうか?
僕は23歳。大学を卒業予定。
就職先は決定澄み。
やっと、決まったと思っていたのに死んじゃうのか。
お金が欲しいと言ったって、死ぬのだったら、いらないな。
順調に進んでいく僕の人生に足りないものがあった。
僕には、友だちがいなかった。
なぜか、いない。
恋人もいない。
いいかなぁと思っていた。
と、言うより、考えないようにしていたと思う。
これから、僕にも好きな人が現れるのだろうか?
僕を好きになってくれる人がいるのだろうか?
訊いてみるか、冥途の土産に。
「僕の恋人を見たい」
キツネは、わかったと頷いた。
「彼女が僕の恋人なの?」
「決まってるんだ」とキツネが頷いた。
「ありがと」僕は、キツネを見つめる。
キツネが彼女に会わせてくれたんだ。
僕が愛する人に。
僕を愛してくれる人に。
何だか、うれしくなって知らず知らずに僕は微笑んでいた。
これから、死んでしまうのに。
いつかどこかで、僕は、会うことができるんだ。
いつか君と。
いつか君と リュウ @ryu_labo
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