短編賞創作フェス 2回目お題「危機一髪」 鋼鉄殿下、幼女趣味を疑われ離縁の危機に陥る
魚野れん
未来の幼な妻に試される次期皇帝閣下
ロザムンドは困惑していた。フィリオーネが無事に弟のライアスと結婚したあと、時を置いてナスルとの婚約を発表した途端、周囲がこぞって側室候補として幼い少女たちの絵姿を送りつけてきたからである。
別にロザムンドは幼女趣味ではない。
周囲にはそう伝えたが、この状態を考えるにまったく伝わっていないのだろう。
「……私の結婚が遅いのは、コレのせいではないのだが」
「ははは、兄上……自業自得では?」
「お義兄様、ちゃんとナスルと話をした方がいいわ」
ナスルの存在を知ったフィリオーネは新婚旅行先にナスルの生国を選んだ。そうして出会った花姫たちは今、親友のような仲良しである。
「この後、話をしに行くつもりだ」
「そうか。頑張って」
「お義兄様、ナスルに婉曲表現は駄目よ。通じないから」
「……承知している」
きっとロザムンドの縁談話について、僻国とは言えども伝わってしまっていることだろう。弟の励ましや義妹の助言に頷き、すぐにナスルの元へと向かうのだった。
「メタリナの君!」
「ナスル……」
ライアスが姿を現すなり、半年ぶりに会う少女は成長――していなかった。そろそろ成長期に入るだろうに、まだ小さい。
「元気にしていたか?」
「わたくしは、元気にだけはとても自信があるのです」
ふわふわと綿菓子のような金糸を揺らし、少女が笑む。ロザムンドはナスルをいつものように片腕で抱き上げる。ロザムンドと頭の高さが同じになったナスルは、ロザムンドのこめかみのあたりにすり寄った。
以前と変わらぬその様子に、まだ嫌われてはいない……とほっとする。
ナスルは良くも悪くも素直だ。そして、とても勉強熱心である。フィリオーネと会ってからは尚更。いずれ女王となるフィリオーネと、いずれ皇帝の正室となるナスルでは勉強する種類や量が違っていて当然だったが、ナスルは“本物の花姫”に触発されてしまった。
未来の妻が賢くなるのは賛成だ。が、天然さが抜けない為、どうにも締まらない。
「ところで、メタリナの君。わたくし以外に、どなたか娶るおつもりですか?」
「ない。勝手に送られてくるだけだ。全部突き返している」
「そうですか。わたくし、あなたから直接うかがうまでは誰の言葉も信じないと決めておりましたの」
心臓に悪い。天然でほんわかとしているが、ナスルの目は不安に揺れていた。
「では、絵姿が届いているのは本当ですのね?」
「そうだ」
ナスルに嘘や遠回しな言い方は通用しない。前者は見破られ、後者は理解してもらえない。直前まで正直に話をするか決めかねていたが、ロザムンドは正直に、言い回しを気をつけながらナスルに説明し始めるのだった。
「私とナスルは、ナスルが私の名前に気付いてしまったから結婚する。ナスルの年齢が理由ではない」
「ええ、理解しておりますわ」
この物わかりの良さは、この一族特有なのだろうか。すべてを受け入れる準備はできていると言わんばかりの真っ直ぐな視線は、ロザムンドの心をざわつかせる。
「だから、私はナスルが大人になるのを待っている」
「猶予をいただけたおかげで、わたくしは勉強ができております」
ぽんやりとしているが、決して頭が悪いわけではない。ナスルの返事にロザムンドは小さく頷く。
「だが、周囲は婚約の決め手が年齢だと考えている。だから、身内の少女の絵姿を送ってくる」
「お待たせしている分、わたくし、あなたのお嫁さんになるまでに、完璧な姫になりますわ」
この少女は、自分の年齢がどれほどネックになっているか、ロザムンドの活動に支障を与えているか、理解しているのだろう。あえて気丈に振る舞っている姿を見れば、それくらい分かる。
まだナスルは十二歳だ。本当は十四歳になるまで、婚約の話を公表する気はなかった。だが、弟であるライアスの結婚話が浮上し、第二皇子が結婚するのにどうして第一皇子が、となってしまい、やむなく公表する運びとなったのだ。
「だから、ロザムンド」
「何だ」
ナスルはまだ少女である。結婚のことなど、ただの憧れとしてぼんやり夢に抱いていても良いはずの年齢だ。だからこそ、ロザムンドは彼女に誠実でありたかった。不安にさせたくなかった。
「あなたのお嫁さんは、わたくしだけにしていただきたいの」
「何を当たり前のことを」
ロザムンドはナスルに対して“いずれ妻となる少女”としか考えていないが、真面目で不器用な部分のある自分は複数の妻を平等に愛することはできない。本名を言い当てられて幼い姫を妻にすると決めた瞬間から、ロザムンドはナスルとの未来だけを考えている。
「年の差が不安になったか? 成長したな」
「だって、あなたはとても魅力的なのですよ? なのに、わたくしは未熟者だから」
きゅっと頭を抱きしめてくるナスルは可愛らしい。が、言っている言葉は十二歳とは思えない。女は成長するのが早いとは言うが、これがそうなのだろうか。
「ナスル。年齢の件で言うならば、私の方が不安なのだが……知っていたか?」
「そうなのですか?」
ロザムンドを抱きしめる力がゆるむ。ロザムンドからは見えないが、きっと今のナスルは好奇心で目を輝かせているだろう。
「ああ。そうだとも。ナスルが成長する頃には、私はおじさんだからな。今だって、ナスルに年齢が近くて気の利く男はたくさんいる。そういうのに横から搔っ攫われたりしないか、いつも私は不安なのだ」
ナスルへの恋愛感情は、いずれ生まれればいいとは思っている。同時にナスルもロザムンドに恋愛感情を抱いてくれればいい、とも。
今はまだ、家族のような愛でいい。
「わたくしは、ロザムンドがいいです。あなたはまっすぐで、本当に居心地がよいのです。だから、不安にならなくてもよいのですわ」
「そうか……」
この少女は、まだ恋愛感情がどういうものなのかも知らずに、ただロザムンドを好意的な異性としてただ認識しているだけだろう。恋愛感情をナスルに向ける気のないロザムンドにとっても、その方が都合がいい。
「でも、よかったです」
「何がだ?」
近くのパーゴラにたどり着いたロザムンドは、そこに置かれている長椅子へ腰かける。膝の上に座る形となったナスルは体をくるりと動かしてロザムンドと向き合った。
「わたくし、少しでもあなたが嘘をついたら、婚約解消をお願いしようと思っておりましたの」
「は……?」
パーゴラを覆う植物の葉の隙間から降り注ぐ光を受けたナスルは、きらきらと輝く笑顔を向けながら恐ろしい言葉を紡ぐ。残念ながら、ロザムンドの名前を知ってしまったナスルは、よほどのことながければ婚約破棄ができない。
それを説明したところで、この少女は悲しそうに笑み、首を横に振るだけだ。そして、それを見せられたロザムンドは円満な婚約破棄について、頭を悩ませることになるのだろう――という未来が浮かび、背筋がぞわっとした。
「あなたのお嫁さんになれないのは、とても悲しいことですが、嘘をつくような方と一緒になっても幸せにはなれないと思って」
「そ、そうか……」
ロザムンドはぎこちない笑みを浮かべるだけで精一杯だった。
「わたくしの大好きな、真っ直ぐなロザムンドでいてくださいね。わたくしも、あなたに相応しい人間となれるよう努力しますから」
純真なナスルらしい言い分である。
「分かった。ナスルに嫌われないように、努力しよう」
「ふふ……危機一髪、ですわね!」
屈託なく笑う少女に、半笑いで頷き返す。これで、ひとまず一件落着だ。ロザムンドは胸を撫で下ろした。
エアフォルクブルク帝国に帰国したロザムンドは、改めて「自身に幼女趣味はないこと」「ナスルを選んだのには王家にのみ伝わる事情があること」「ナスル以外に誰かを娶るつもりはないこと」「今後この話を無視して縁談を持ち掛けてきた人間はどんな人材であれ、今後起用する気はないこと」などをはっきりと臣下に伝えた。
不満そうではあったものの、おそらくこれで落ち着くはずだ。
今回は危なかった。直前まで、縁談の申し入れなどなかったと言ってしまおうか悩んでいたのだ。嘘はどうせ通用しないのだから、と正直に話をしようと判断した少し前の己に心の中で拍手を送る。よくぞ、その判断を下した。素晴らしい。
そういえば、過去の自分もこの少女のような“質問”をした気がする。実際に危機一髪を乗り越えた瞬間になって分かる。あれは残酷な仕打ちだったのだ、と。
今さらかもしれないが、謝罪代わりにうまい酒でも贈ろう。ロザムンドは遠い地で愛する人と充実した日々を送っている弟夫婦に向け、そんなことを思うのだった。
短編賞創作フェス 2回目お題「危機一髪」 鋼鉄殿下、幼女趣味を疑われ離縁の危機に陥る 魚野れん @elfhame_Wallen
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