第16話Re:センチメンタル
「…消費者にさらに商品をリピートしてもらうため、細かい変更点を挙げ、少し味に変化をもたせました。甘すぎるのではないかという意見が挙がったため甘さを抑え、飲みやすくなるよう――」
言葉を遮り、初老の男は口を開く。
「なんかさぁ…インパクトがないんだよねぇ…」
せめて最後まで聞くべきでしょ…
「はい…すみません」
「入社した頃はキラキラしてたけど…どうしたの?」
どうしたも何もあんたのせいなんじゃ…
「……良ければ試飲を…」
そう言って三並さんはサイダーの入ったコップを差し出す。
だが課長は少し唸った後、ため息をついた。
「いやぁ…」
いやぁってなんだよ。飲めよ。
「あの…試飲を…!」
苛立ちを帯びてきた三並さん。僕は口を開いた。
「お言葉ですが課長。部下の提案ですよ。一度飲んでみてから指摘されてはどうですか?」
僕は語気を強めて課長に言う。課長は一瞬僕を睨みつけた後、深くため息を付いた。
「…飲みますよ…」
そう言ってコップを口に運ぶ課長。サイダーを口に含み、飲み込む。
一瞬の沈黙が流れた後、僕は気づく。コイツ、全ッ然飲んでない。
コップが机に置かれ、炭酸がシュワシュワと音を立てた。
「よくわかんないなぁ…」
当たり前だろ何だてめぇ。コップぶん投げてやろうか。
「取り敢えずもうちょいインパクトのあるやつが欲しいかなぁ…」
「…ありがとうございました。失礼しました」
三並さんと頭を下げ、部屋を後にする。
何に対しての「ありがとうございました」なんだろう。ホント意味がわからない。
◇◇◇
「内山くんってさぁ…」
キーボードを叩きながら、三並さんが僕に声を掛ける。僕は手を止め、三並さんの方を向いた。
「はい?」
「この会社に来て、後悔してないの?」
難しい質問だ。
僕は唸った後、口を開いた。
「してないと言ったら嘘になりますかね…はは…」
僕はそう言って乾いた笑いを浮かべると、三並さんは気の毒そうに僕を見つめる。
三並さんは手を止め、話しだした。
「こんな会社、辞めれるなら辞めたほうがいいよ~?内山くんまだ若いんだしさぁ…今何歳だっけ?」
あぁ、そういえば年齢言ってなかったな。
「23ですね」
笑いながら言ってみせると、三並さんは目を見開いた。たった5年の違いでしょうに。
「わっか…!?」
「まぁこれも人生経験かな~って。来年には辞めてやりますけど」
「よく言った!内山くんが辞める時に私も辞めるよ。取り残されるの嫌だし、取り残したくないし」
「はは、ありがとうございます」
ここに取り残されるのはまさに生き地獄だろう。
辞める日が今から待ち遠しい。
入社して1年。製品開発部門になり、彼女と出会ってから2ヶ月。色んなことがあった。
上司のパワハラ、寝不足による嘔吐、貧血による転倒――良いことなんてなかったな…
そんな中彼女、三並さんは僕と気さくに話してくれ、唯一の心の支えになっていた。
好意を寄せていたわけではない。寄せている時間はなかった。
まぁ辛いけど、彼女と話している時間の温かみに縋っていたかった。
……縋っていたかった。
「え~昨日…製品開発部門の松井三並さんが交通事故で亡くなった」
ざわつくオフィス。それはもう耳に入ってこない。
課長の目には、悲哀なんか存在しなくて。
もう、よくわかんなかった。
僕は次の日、退職届を提出した。
今三並さんが生きてたら、僕は何をしていたんだろうか。
いつか忘れられる日が来るだろうか。
…いや。来ない。来ないだろう。
あの温かさを覚えてしまっていたから。
◇◇◇
「……あれ」
森の中じゃない。白い天井だ。
外から水音がする。
……変わった夢を見た。
………元気にしてるかなぁ。
「わわ……!!おっ、起きました!起きましたカノン様~!!」
バタンッと扉が閉まる音がした。
今の声はアクアくんの声…ジョーロか。ここ。
とりあえず起き上がろう…
「痛ッ…!!」
右腕に鋭い痛みが走る。たまらず右腕を抑えると、ザラリとしている。恐らく包帯だろう。
『…起きたか』
「私の右腕どうなったの…?」
『しばらく痛むし、動かしづらいだろうな』
「……わかった。あの能力を詳しく教えて」
『私はAIかよ…まあいい。あれは私の能力、
「起きた!?うわ~!!やっと起きたよぉ゛~!!」
女王の声だ。首を回すと、涙目の女王がそこに立っていた。
「やっとって…私どのくらい…」
「6日間っ!!」
「6日間!?」
思わず声を張り上げる。一週間以上寝たきりに…
「ビュランの側近から連絡が入ってきてね…慌てて向かったら勇者は傷だらけだしヨドンナちゃんは倒れてるし…ビュランは今頃ロードの国王にこっぴどく怒られてると思うよ。それでアイツが懲りるとは思えないけどね…」
「ビュランっ…王子はどうなったんですか?」
「ハハッ、無理に王子って呼ばなくてもいいよ。私もアイツのやり方は好きじゃないから」
「わかりました…」
ほんとに好きじゃないんだろうなぁ。目が笑ってない…
「アイツもしばらく動けてなかったよ。半日ぐらいかな?…もうちょい寝ててもいいんだけどね」
言葉の合間に怒りがが垣間見える……
にしても、人を半日動けなくするほどの力か…今まで眠ってくれていてよかった。
「次はコンロに行ったほうがいいね…フージンに行けば、国民から何されるかわからないよ」
何されるかわからない…その言葉からは多少の圧を感じた。
後ろ指さされて陰口を言われる…どころじゃないかもしれない。
「行くなら事態が落ち着いてからだね…」
「わかりました。ありがとうございます」
「ぼっ、僕ほんとに心配だったんです!あまり無茶はしないようにしてくださいね?」
「かあぁっ!うちの子可愛いッッ!!」
心配そうに私を見つめるアクアくん。それを見て悶えるカノン女王。
この人たちは本当に面白くて…すごく励まされる。
「さてと…明日帰れる感じではなさそうだね…少しの間ここで暮らそうか。ただの医務室だけど…不便はしないと思う」
「ありがとうございます!」
「ん。じゃ私たちは戻るよ」
そう言って2人は医務室を後にした。
しばらく勇者には迷惑をかけることになるなぁ…
私がいなければ、勇者は一人になる。それは勇者の世界が、少し過去にタイムスリップする…ってことなのかな。
一人で依頼を解決し、静かに家で過ごす。寂しいのかな。それって。
…ん?寂しいってなんだ。
一人でパソコンの前に座ってる時?
…あ。いや、違う。一人じゃないでしょ。
じゃあ、一人で角ハイ飲んでる時?
いや、あの時間は、楽しい。すごく。
”楽しい”と”寂しい”って、両立するもんなの?
――するのか。するな。
タンブラーを掴んで、口元に運ぶ。
その時間を思い出してたら、感じた。
「あ――」
キュッと…いや、ギュッと。締め付けられて心が縮んでいくようなあの感覚。無性に叫びたくなって、いつの間にか一点を見つめている、あの時間。
意思と反して涙腺が反応する。
欲しかったんだなぁ……人の温もり。
一人で大丈夫かな…私が言える立場じゃないだろうに、そんな考えが脳裏をよぎる。
包帯を撫でながら、息を吐く。
枕には、いくつか斑点ができていた。
魔王の側近は嫌なので優しい勇者と冒険します。~戦いの疲れは晩酌で癒やしましょ~ 舘夢ゆき @yukiyukiay
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