第15話放たれるもの

「魔王の側近…いや、元側近と言うべきか?あ~とにかく。けがれは俺、ビュランが吹き飛ばすッ…!」


 敵意と狂気に満ちた声色で俺に凄むビュラン。もうコイツを”王子”と呼ぶ必要はないだろう。


「今すぐ離せ」


「断る」


「ッ!!」


 斬りかかろうとしたその時、ナイフがヨドンナの喉に近づく。俺は足を止め苛立ちを舌打ちとして吐き出した。

 ヨドンナの目は、恐怖の中にどこか落ち着きを感じる。

 なんだ。この状況でなぜ落ち着いていられる?

 のか?状況をひっくり返せる何かを。


「――!――!!」


 いや、俺の浅はかな期待だったようだ。ヨドンナは口を抑えられたまま、声にならない悲鳴を上げている。


「あんたは側近を見殺しにすることしかできない…もし開放してほしければ……でも差し出したらどうだ!?アッハハハ!」


「お前…!!」


 奥歯がぎりぎりと音を鳴らす。どうすれば――


「さぁ…るぞ。いち…にの…さ――」


「ッ!!ヨドンナァ!」


 鈍い音が響く。倒れ込む一人の人間。

 最悪の光景が脳裏をよぎる。矢はまだ放てていない。

 俯く。絶望が俺を俯かせた。フラッシュバックする鈍い音。


 …鈍い音?


 目を開ける。

 希望は眼の前にあった。


「命は差し出しました。開放してくださりありがとうございます」


 倒れ込んでいるのはビュラン。そしてビュランを踏みつけていたのは一匹の悪魔。


「ハハ…」


 どうやら俺の側近は、すでに成熟しきってるらしい。




 ――もし開放してほしければ……命の一つでも差し出したらどうだ!?


 …私のすぐ後ろに、一匹悪魔を忍ばせておいた。

 戦闘中に咄嗟に召喚した一匹。増援として戦わせるつもりだった。

 ごめんなさい。あなたに罪はないけれど。


 彼を背後から殴って。


 悪魔はすぐに動いてくれた。

 しかも、倒れ込んだビュランを踏みつけてくれている。

 拘束から逃れた私はすぐに勇者のもとに駆け寄った。

 …王子と戦う覚悟はできた。


「…テンペスト」


 ポツリと呟くビュラン。

 刹那、ビュランの周りに散乱していた落ち葉が一気に舞い上がる。

 突風は上方向に吹き荒れている。力なく舞い上がる悪魔を見届けることは、私にはできなかった。


 本当にごめんなさい。


 痛々しい悲鳴が鼓膜を叩いた。

 目を開け、ピクセルが消滅するのを確認する。



「ふぅ……」


 深く、ゆっくりと息を吐く。


「…行けるか?」


「行けます」


 勇者は剣を構え、私は掌から冷気を発する。


「テンペスト」


 自分の勝利を確信し、呆れるように言うビュラン。


 ――戦いが始まる。


「氷結ッ!」


 眼の前に横長の氷壁を創り出す。これはただの風除けだ。

 問題はここから。


「氷ッッ…結ッ!!!」


 無数の氷塊を壁の後ろの乱雑に並べる。準備はできた!


「このぐらいッ!テンペストなら余裕で砕くことができる!」


 直後、氷壁の中心にヒビが入り、音を立てて砕け散った。

 問題は風の中で氷塊が真っすぐ飛んでいくかどうか。


「フッ。こんなもので何ができ――」


 風の音が止んだ…!テンペストを止めた!

 アイツは私たちを舐め腐っている…!だとしても愚かな慢心だ!

 思いっきり腕を前に突き出す。幾千もの氷塊は、ビュランのもとへ出発した!


「ッ!?テンペストッ!!」


 慌ててスキルを使うビュラン。だがもう氷塊は彼の数メートル前まで迫っている。

 風を操るということは大気の流れを変えるということ。

 そうなれば風が吹くまで一瞬のタイムラグが生じる。その”一瞬”こそが一番の好機だ。


 私達を吹き飛ばさんとする突風。私はまた氷壁を作り、風除けを創った。

 もう一度氷塊を作り出そうとしたが、あの量をもう一度創る体力はもうなかっ

た。



「ヨドンナ」


 それまで口を開かなかった勇者が突然私の名を呼んだ。


「ッはい!」


 氷塊のスピードを上げながら私は応答した。今どんな壁の向こうはどうなっているのかわからないが、一手間加えて”勝利”に繋げる。


「ヨドンナ…お前は…お前の強さはもうとっくに俺と並んでいる」


 氷壁にヒビが入る。あまり悠長に話している場合ではなさそうだ。


「ありがとうございますッ!でも今は眼の前の敵をどうにかしましょうッ!」


「あぁ、そうだな。すまない」


 こんなときでも冷静なのは、さすがとしか言いようがないな。



「…氷壁が砕けますッ!準備を!」


「わかった!」


 数分前と同じように砕け散る氷壁。

 ビュランは。アイツはどうなったんだ。


「フゥ…!フゥ…!」


 ビュランは最初より数メートル後退しており、手足は大部分が凍っている。

 体勢も崩れ、息は荒くなっていた。

 私の一手間は功を成し、突風に勝つことができた。


けがれ如きが…もうこの際二人まとめて吹き飛ばしてやろう。”ガスト・スラッシュ”!」


 緑色の湾曲した三日月のような何かが回転しながらこちらに向かってくる。

 ”スラッシュ”から察するに、あれは斬撃。

 一直線に飛んでくる4つの刃。私達は左右に分かれてそれを避けた。


「無駄だッ!」


 次の瞬間、刃が急カーブし、こちらに向かってきた。

 すぐに腕を突き上げ小さな氷壁を創る。二回の衝突音のあと、氷壁は力なく崩れた。

 崩れた氷壁の先に見えたのは、剣で刃を弾き返す勇者の姿だった。だが刃は消滅せず、刀と衝突し続けている。


「氷結ッ!」


 勇者の目の前に氷壁を創り、刃は消滅した。

 勇者に駆け寄り隣に立つ。勇者は息切れしており、かなり体力を消耗しているようだった。


「助かった…」


「アイツ…どう倒せば…」


「…ヨドンナ」


 勇者は一言言うと、小さな巾着から何かを取り出した。


「ブレスレット?」


 紫色の綺麗なブレスレット。それを私に手渡すと勇者は息を整えてから話しだした。


「これはスキルの力を増強できる。……俺は…多分アイツに勝てない」


「えっ」


 勇者が弱音を吐くなんて、初めてのことだった。


「断言はしたくない。でも、本当に無理なんだ。相性が悪すぎる。まだ俺にはアイツに近づくほどの腕がない。スキルも、唯一取り戻した水のスキルしかない」


 勇者は悔しそうに、噛みしめるように力を込めて私に言う。


「今はアイツを止めることが最優先だ。動きを止めて、戦う気を失くせばいい。…頼んだ」


 私はブレスレットを手首に通す。明らかにがあった。

 …行ける気がする。私はビュランのもとへ駆け出した。


「血迷ったか!?”ガスト・スラッシュ”!」


 刃が6つ飛んでくる。それぞれを氷壁で守った後、氷塊を8つ放った。


「テンペストッ!」


 突風が吹く。氷塊の動きが止まらないようにスピードを上げようとした。


「なッ!?」


 氷塊は突風の中を突き進んでいる。速度が明らかに段違いだ。


「おいおい待て待てッ!?お前ッ!なんかしただろッ!?」


「まぁ…少し」


「ふざけんじゃねぇ!小細工なんて小汚いことをッ!!」


『おいおい…このスピードは……私と変わらないかそれ以上だぞ…』


「えっ?」


 予想外の一言に思わず声が出る。これ、そんなにすごい代物だったのか。


「クソッ…クソクソクソォッ!!」


 氷塊はビュランの数メートル先に到達した。

 今だ。スピードを上げる!


「があ゛っ!」


 8つともクリーンヒット。ビュランは膝をついて胸部を手で抑えている。


「――ハッ…良いこと考えた…テンッ…ペストォ!!」


「――なッ!?」


 身構える必要はなかった。ビュランは私の頭上を飛び越えている。

 私の背後。狙いは――


「勇者様ッ!!」



 振り返り、右手を突き出す。

 氷塊が放たれる――はずだった。



 思えば、このときの私はいまだかつてないほど必死だった。

 それが引き金となったのか。



 わたしの右腕に激痛が走る。

 掌から放たれたのは紫色のモヤのような何か。

 激痛に顔を歪ませている内に、モヤは宙を舞うビュランに伸びていく。

 それはあっという間にビュランを包み込んだ。



「あ?――がッ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッ!!!!」



 耳をつんざく彼の悲鳴。宙に浮いたまま、狂ったように叫びながら身を捩らせている。



「ぐあ゛っ…あ゛ぁ゛ぁ゛っっ!!」


 腕が千切れそうだ…痛みのあまり吐き気がする。



『なんで今ッ!?どうしてッ!?』



「これはッ…一体なんなの…ぐあ゛ッ…」


『いいか!?お前が今掌から出してんのはッ!』


 モヤが右腕から一気に放出され、私の身体を包んだ。

 全身が締め付けられるような、耐え難い痛みが私を襲う。



「あ゛あ゛ぁ゛ッッ!!」


『おいッ!!聞こえるか!?』


「聞こえるッ!早く教えてッ!!」


『――ッ!”闇”だ!お前が今出してんのは!!』


 闇…か。それがなんなのか。思考は痛みで散っていく。



 私、このまま死ぬのかな…





 なんだかもう、どうでも良くなってきたな。






















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