はなしたくない

香坂 壱霧

☕ ☕ ☕

 佐々木と待ち合わせするのは、いつも喫茶店にしている。

 昭和五十年代から続いている落ち着いた雰囲気の店。外装も内装も煉瓦とコンクリートを組み合わせ、照明は明るすぎず暗すぎず、赤煉瓦を損なわないような色味。BGMは古いジャズを流している。

 歴史がそれなりにある上に、店主のこだわりの珈琲が最高にうまい。

 佐々木も俺も、珈琲マニアだからここによく来る。

 といっても、俺と佐々木はだ。それを壊さないように頑張っているわけだが……


 佐々木の視線の先を、気にしていた。時折、何もないところをじっと見ている。微妙な眉間の感じから、何かをとらえたらしいと理解する。でも、

 

「なんかあった?」

「ん? なんでもないよ」

 なんでもない……というのは嘘だと思った。よく見ると、歯を食いしばっている。


「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」


 どことなく、距離を感じる。

 ここから先は私のテリトリーとでもいうような。それを誤魔化すように席を立つ。いつものことだ。

 いつものことだからって、知らないフリをしていていいのかと思う。

 何か隠しているんだろう。

 誰にも言えないことだろうか?

 

「何の話してたっけ?」

「高校のときの同窓会の話だよ。出席すんの?」

「行かない」

「即答だな。なんで? 筒美と久しぶりに会えるんじゃないの」

「筒美さん……卒業してから、会ってない。ブロックされてるし」

「は? あんなに仲良かったのに? いつも一緒にいただろ?」

「女子はそんなもんだよ。男子とは違うの」


 遠い目を、している。でも、悲しんでいるようには見えないから、そんなもんなのかと――


「考えてみたら……日比野君、一番長い友達かもしれない」

 と言いながら、何かを思い出したように笑う。

「高二の文化祭だっけ? あのときだよな、話すようになったの」

「そう。体育館の」

「片付けだったなあ。最後の椅子を運ぼうとしてないから、どこか具合悪いのかと」


 何人いたのか覚えていない。一番近くにいるのにパイプ椅子を片付けようとしてなくて、変だな……って思った。具合悪いのかと思ったら、そうじゃない。

 そういや、あのとき……何か、怯えているように見えたっけ?


「日比野君って、怖いもの……ある?」

「いきなり話が飛んだな」

「んー。飛んでないよ。何が怖いのか聞いておかないと、

「怖いっていうんじゃないけど、苦手なのはヘビかな。ホラーでのみんながよく言う怖いってのは、わからないんだよなあ。幽霊みたことないし、ゾンビはホラーというよりエンタメだと思ってるから面白いし、エクソシストとかの悪魔ってのは信仰心がないからよくわからない。それらはフィクションでエンタメだから怖くない。……って感じ? 怖がらせようとする演出や脚本は、練られているのを観ると素直にすげぇなって思うし、最高じゃん?」

「めずらしく饒舌。しかも少し早口。そっか、そうなんだ……」

 

 佐々木は笑っている。なんで笑われてるのかわからない。さっきより機嫌がよくなったようだから、それでいいやって思う。

 

「幽霊をみたことがないから怖くないってこと? みえないからいないと思ってる?」


 真面目な顔で訊かれた。

 

「いるいないの問題じゃないんだよなあ。いるのかもしれないけど、みえないから怖くない。みえたら……どうなんだろ。考えたことないな」


 ホラー映画、フツーに観る。怖いと思いたいんじゃなくて、一つのジャンルとして楽しんでる。

 その感覚わからないって言われるけど、困ることないし。

 

「絶叫マシン系を楽しむみたいな、非日常がみえてるみたいなの、そんな感じでホラー映画を観てるし。え、俺ってやっぱり変なの?」

「変だと思わないよ」  

「みえたらみえたときに考えたらいいのかなってー……えっ?」


 さ、佐々木が俺の手を握った!? なんで! 

 え? まさか友達からいきなり距離をつめてくる感じ? まさかそんなの……嬉しいけど


「な、なに? どうした?!」


 俺の目をじっと見たあと、視線を別の場所に移す。さっき、みていたところへ。俺もそこを見てみる――


「う……うわっ?! えっ?」


 椅子から落ちそうになった。


 誰もいなかったはずのカウンター席の一番右、学生服を着た男の人……足はあるけどッ

 腕……

 右腕がない……?

 目が合った? なんで?

 その目は充血していて、黒目がぎょろりと俺をとらえてんじゃん……



「うわ……やべぇ、鳥肌が」



 声に出した瞬間、佐々木が手を離した。すると、すっと

 消えた?! は? 


「ど、どうなって!」

「しっ。声が大きいよ」


 佐々木は、ボソボソと経緯を話し始めた。


 幽霊がみえるようになったのは中学一年、落ち武者の幽霊がみえたその事件からだったらしい。

 怖い目に遭ってから、そのときに先生からきいた話の通り、みえても意識しすぎないようにすることで、みえるだけになっていた。

 そのあと中学二年の夏、一緒にいた友達もみえるようになってしまった。


「みえるだけならよかったのかもしれない。その子は、みえてなくても心霊現象に悩むことになったみたいで、部屋から出られなくなったのね。そのあと転校したからわからない。噂では入院したとかで……」

「それは、きついな」

「そのあとから仲良くなった子も、それまでみえてなかったのに、みえるようになったとかで気味が悪いって」


 もしかして、筒美さんも。

 ……ってことだよな。


「筒美さんも、たぶん、そうだと思う。卒業してちょっと会わなくなったらみなくなったから、気づいたのかもしれない」

「文化祭の片付けのとき、何かみえてた?」

「うん。椅子に座ってた。だから片付けられなくて」

「えー……俺、無神経に片付けたじゃん? その幽霊、どうなった? 大丈夫だった? 佐々木に悪さしなかった?」

「みえても意識しすぎないようにしたら大丈夫なんだよ。あのとき日比野君が椅子に触れた瞬間、みえなくなったんだよね」

「あ、そうか。んー? いや、でもさっき、眉間に皺寄せて、歯を食いしばってしんどそうにしただろ?」

「私、トイレ行く前、そんな感じだった?」

「無意識なのかもしれないけど」


 佐々木は、苦笑いで俺を見る。


「やっぱり、さっき、怖かった? いやだよね。みえちゃうとか、いろいろ」


 佐々木は珈琲を飲み干して、帰る準備を始めている。


「びっくりしたけど、それだけなんだよなー。だからって距離おこう、さよならってならないぞ?」

「いやなことが続くかもしれないのに?」

「いや、高二から今の今まで何もなかっただろ? さっきは強制的にみせられたけど、なんだよ勝手に見せんなよって思わなかったし、みえるってこうなんだなあと」

「日比野君、楽観的だよね……」

「楽観的ってそれはそうなんだけど、それだけじゃないって……」


 やばい。この流れは、気がついたら佐々木のことが好きになってたって暴露してしまうやつ!

 今まで珈琲マニアの友達として会ってたのに、ぶちこわすのか、幽霊風情が!


「それだけじゃない?」


 俺は話の流れを変えようと、佐々木の腕を取る。そうすると、また、幽霊がみえてしまう。

 まだ、そっちのがマシだ。うっかり気持ちを話すくらいなら!


「うっわ……これがくだんの落ち武者か……」


 佐々木が初めてみた幽霊。

 ことあるごとに、なぜか佐々木の近くに現れるらしい落ち武者。

 その落ち武者が、俺たちのテーブルそばで佇んでいる。周りの風景が喫茶店店内から、知らない場所の光景に変わっていく。


「金縛り、きついっすね……でも、これはどこ?」

「日比野君が私の手を離したらいいんじゃないかな?」

「金縛り……動けない。つまり、俺、どうしたら……」


 手を離したら見えなくなるはずだけど、動かせなくて、

 動かせたとしたら、手を離したあと、いろいろ本音を話さなきゃいけなくなる感じ?


 離す?

 話す?

 落ち武者のおっさん、俺を睨むのやめて……



〈了〉



 一応、ホラー?

 『佇む』

→ https://kakuyomu.jp/works/16817330662395459394


こちらのその後、スピンオフ的な……


 

 


 


 

 

 

 

 

  

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