第3話 魔王の力などクソくらえ

 俺はルルマリスを抱え、一目散に勇者から逃げ出した。


 さすがの勇者も、『神風かみかぜ』と呼ばれた俺の速度には追い付けなかった。彼の追跡を振り切った後も念のため走り続け、山を三つほど超えたところにあった洞窟に逃げ込んだ。


 ここまで来れば、もう安全だ。


「ふむ……突然逃亡を始めた時は驚いたが、確かにあの場で角を切っても勇者が邪魔してきたかもしれんからな。ここなら、お前がゆっくり角を取り込めるというわけだ」


 ルルマリスは、勝手に納得してうんうんと頷いていた。


「よし、それじゃあ切ってくれ」


「待て待て。勇者からは逃げ切れたんだから、もうべつに切らなくてもいいだろ」


 当然ながら、俺はルルマリスの角を切るつもりなどない。


 彼女の角は、この世の神秘とも言える芸術品だ。それが失われてしまうのなら、魔王の力などクソくらえだ。


「何を言っている。あの勇者は今後もお前を追ってくるだろう。お前がこれからも生きていくには、角を取り込んで魔王の力を手に入れるしかない」


「……、」


 確かに、俺が角を取り込んでしまえば、状況は解決する。次代魔王になるためにかつての仲間が襲ってくることもなくなるし、勇者ドリィにも勝てるだろう。


 だが、ルルマリスは知らない。俺が何故、彼女に従っていたのかを。


 角を失ったルルマリスなど、何の価値もないのだ。仮に魔王になったとしても、あの角がない世界なんて支配してもつまらない。


「……なあルルマリス。俺はべつに、ただ闇雲に逃げてこの洞窟に来たわけじゃねえんだぜ」


「……む?」


 俺は洞窟の奥へと進んだ。すると最奥の岩壁に、不思議な文様が刻まれた石板が埋め込まれていた。


 俺が決まった順序で文様を押すと、石板が消えて奥に部屋が出現する。そこに、宝箱が置いてあった。


「ここは、俺が親衛隊時代に一度訪れた場所なんだ。その時、人間の盗賊から奪ったとあるお宝を封印しておいた」


「……お宝?」


 宝箱を開けると、中には薄い生地のケープが入っていた。


「『幻惑のケープ』っつう魔法道具だ。これを着てると、自分の外見を一部変えることができる。干渉できるのはあくまで他人からの視覚情報だけで、実際の容姿や服装は変わらねえんだが」


「……、それがどうした?」


「お前がこれを着て、他人からは『角を失ったルルマリス』に見えるようにする。そして『角は破壊された』って触れ回れば、もう他の魔族達に襲われることはなくなる」


 勇者から逃げている時、このケープのことを思い出した。そしてこれを使えば、角を切らなくても襲撃を止められると気づいたのだ。


 だが、ルルマリスは訝しむように眉をひそめる。


「だが魔族達の襲撃は止んでも、勇者は変わらずお前を追ってくるだろう」


「あいつ一人程度なら、さっきみたいに簡単に逃げられるっつうの。『神風』の異名舐めんなよ」


 俺が勇者ドリィに負けた時、俺は魔王城を守るために戦っていた。だから、正面から戦うしかなかったのだ。


 だが先ほど逃走したことで証明された。始めから逃げることだけに集中していれば、あんなノロマ簡単に振り切れるのである。


「……そんな回りくどいことをしなくても、お前が角を取り込んだ方が手っ取り早くないか?」


 ルルマリスはなおも首を傾げる。まあ、俺が彼女の立場でもそう思うだろう。


「お前だって、たまに角が当たった時に痛そうにしていたじゃないか。前にも言ったが、我にとっても元々この角は少し邪魔なんだ。それとも、この角がなくなって困ることでもあるのか?」


「……、」


 俺は仰々しく腕を組んで、ルルマリスから顔を逸らした。


「ルルマリス……俺にとって、魔王ってのはあんた一人なんだ。俺がガキの頃からずっと王として君臨していたあんたを差し置いて俺が魔王になるなんて、恐れ多すぎるんだよ」


 口から出まかせだった。俺はルルマリスの角に惚れ込んだだけで、魔王への忠誠心など皆無に等しい。


 ルルマリスは信じてくれたようだが、当然それで納得はしない。


「我が許しているのだ。気にすることではない」


「いやいや、そう簡単に受け入れられるものでもねえんだって。ま、どうしてもって言うんなら、やってもいいけどよ。……その代わり、俺も信念を曲げるために自分の身体を一部切り落とさせてもらう」


「……? どこをだ?」


 ルルマリスは訝しむように首を傾げる。


 そんな彼女に、俺は切り札を口にした。





「……尻尾だよ」




「え……」


「正直な。このでかい尻尾、割と邪魔なんだよ。うっかり挟んじゃったら痛いし、戦う時にも無駄に的がでかくなっちまうし。『ない方がいいかなー』って感じだ」


 嘘だ。尻尾がなくなれば身体のバランスがとりづらくなるし、かなり重要な部位である。


 だがこの嘘は、ルルマリスに対して効果てきめんだった。


「な、何を言っている!? このもふもふでふかふかな尻尾が、ない方がいいはずないだろう!」


 かなりわかりやすく狼狽えていた。小さな身体で俺の腰に張り付いてきて、ぶんぶんと首を横に振る。


「思い直してくれ! 尻尾のないファウザなど、何の価値もない!」


 だいぶ酷いことを言われたが、俺もルルマリスに対して同じようなことを思っているのでおあいこだった。


「いや、俺だって角を切らなくていいならべつに尻尾も切らねえよ」


「む……そ、そうか」


 ルルマリスはほっと息を吐いて、宝箱の中のケープを手に取った。


「……わかった。お前の尻尾を失ってまで角を切りたいとは我も思わん。先ほどお前の言ったように、『角が破壊された』という嘘を広めよう」


 よおおおおおおおおおおっし!!


 俺は心の中で、天高く拳を突き上げた。





「魔王の角が壊された」という噂は、すぐに広まった。


 かつての同胞たちはルルマリスを襲うことをやめ、人間の王様も報奨金の話を取りやめた。「誰が角を破壊したのか」で今度は揉めているようだが、俺には関係のないことだ。


 勇者ドリィはあれから何度か俺を狙って襲ってきたが、その度に逃げおおせている。あれでは、何度やっても俺が殺されることはないだろう。


「もふもふ」


 新たな隠れ家となった洞窟で、俺の尻尾を抱き枕にしながら、ルルマリスが満足げな声を漏らす。


 そんな少女の角を、俺はじっくりと眺める。


 うんうん、やっぱこの角を見られなくなるなんて考えられねえな。



 ……そうして、おかしな二人の平和な日常は続いていく。







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 また、作者はこちら↓の長編も書いています。

 重めの展開もありますが笑える掛け合いなども入れているバトルものですので、少しでも興味が湧いた方は読みに来ていただければと思います。


https://kakuyomu.jp/works/16817330669040749705

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元魔王(幼女)が自分の角を切りたいと言い出したので全力で止めた 翠野 涼 @ARCADIASH

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