第2話 魔王の角

 ルルマリスの角は、とても美しい。


 子供の頃、遠目で見た瞬間、俺は一目惚れした。


 その後、少しでもあの角を近くで見るために、死に物狂いで身体を鍛えて親衛隊長になるまで上り詰めたのだ。


 ルルマリスが勇者に敗北し、二人きりで洞窟に隠れ潜むようになってからの日々は、俺の人生で一番充実していた。


 彼女の角を、あの曲線美をいくらでも眺められるのだから。


 ……だというのに。


「なあファウザ。我のこの角、正直邪魔だし切ってくれないか?」


 切るわけねえだろふざけんなああああああああああああああっっ!!


 叫びそうになるのを堪え、平静を装って答える。


「いやいや……角って、そんな簡単に切れるものなのか? 痛くねえのかよ?」


「魔族の角は、若い内は血管が通っているので切られると痛いが、我のように長い時を生きた魔族なら問題ないのだ」


 自分の小さな身体に手を当てて堂々と言うルルマリス。こう見えて、五百歳を超えている。


「とは言っても、五百年以上ずっとあんたに生えてたもんだろ? あっさり切っちまっていいのか?」


「角のないお前にはわからないかもしれんが、大きな角というのは結構不便なのだ。狭い通路とか通りづらいし、壁にぶつけたら頭が痛いし、大きな動物と触れ合う時にも邪魔になるし。正直、ずっと『ない方がいいなー』と思っていた」


「えぇ……」


 俺が何よりも愛した角、持ち主から「ない方がいい」と思われていた。


 内心全く穏やかじゃない俺には気づかず、ルルマリスは話を続ける。


「お前の鋭い爪なら、我に痛みを覚えさせることなくすっぱり切り落とせるはずだ。なんなら、切った後の角はお前にやってもいいぞ」


 そういう問題ではない。


 角は、頭部にくっついていることに大きな意味がある。だから離れてしまったら価値が失われてしまうのだ。


「……ちなみに、切ったら後から伸びてきたりするのか?」


「魔王だった頃は勝手に修復されたのだが、力を失った今では無理だな。二度と復活することはないだろう」


 冗談じゃねえ。

 俺はこれからもずっと、ルルマリスの角を眺めていたい。それを俺の手で切り落とすなど、死んでも嫌だ。


 だが、どう断ろうか。俺は今まで、ルルマリスの近くに居続けるため親衛隊長として命令に従い続けてきた。


 ここで嫌がったら、俺が角フェチだとバレてしまうかもしれない。部下の性癖の対象だなんて知ったら、余計に角を切り落としたくなるだろう。


 その時、洞窟に複数の男達が突入してきた。


「見つけたぞ! 魔王ルルマリス!」


「っ!」


 以前追い払ったのとは別の人間の集団だった。彼らも、ルルマリスを見つけて報奨金を得ようとしているのか。


「人狼もいるぞ!」


「魔王の仲間だ、殺せ!」


 男達は一斉に銃を構え、乱射してきた。咄嗟にルルマリスを突き飛ばし、自分も弾丸を避ける。


「てめえら、ルルマリス(の角)に傷が付いたらどうすんだ!?」


「ひっ……!?」


 洞窟の壁を蹴り、一瞬にして接近し男達の首を切り飛ばす。


 大量の血液をまき散らして倒れる死体を蹴散らし、洞窟の外に出て周囲を確認する。人間の匂いは感じないし、敵が隠れている気配もない。ルルマリスを外へと手招きする。


「もう敵はいなさそうだけど、ここは引き払った方がいいだろうな。他の隠れ家を探すぞ」


「むう……面倒だが仕方ないか」


 そうして、二人の逃亡生活が始まった。幸い、角を切るのは後回しになってくれた。





「いたぞ、魔王だ! 絶対に逃がすな、確実に仕留めてぐああああっ!?」


 狩人らしき人間達を、容赦なく惨殺する。


「人狼だけに注意しろ、魔王は既に力を失ってぐええええっ!?」


 人間の兵士達が取り囲んできたが、数分で壊滅させた。


「見つけたぞルルマリス! ファウザもろとも死に晒せぎゃあああっ!?」


 獣人と魔族が徒党を組んで襲ってきたが、一人残らず返り討ちにした。


「……いやちょっと待てよ。なんで仲間のはずの獣人や魔族が敵に回ってんだ」


 深い森の中、何度目かの襲撃を迎え撃ったところで、俺は悪態を吐いた。


 今回襲ってきたのは、元々魔王軍に属していた者達だった。皆そこまで忠誠心が強くはなかったが、ルルマリスを裏切る理由については心当たりがない。


 元々ルルマリス側についていた者の立場は、今の世界では総じて低い。人間の王様に元魔王を突き出したところで、魔族が報奨金を貰えるわけがない。かといって、ルルマリスに対して勇者に敗北したことへの恨みを命懸けでぶつけてくるほど考えなしではないだろう。


「うーむ……我もちょっとわからんな」


 隠れていた木の裏から姿を現したルルマリスも、首を捻っている。俺が死守したお陰で、今も無傷だ。角に傷がついたりしなくて本当によかった。


「本当に心当たりねえのか? 元仲間に命狙われてんだぞ」


「そう言われてもな……」


「――その理由は、貴様の角だ」


 硬い声と共に、木々の奥から一人の男が現れた。


 剣を握り、マントをまとった若い男だ。見覚えは、十分にある。


「てめえ、勇者ドリィ!」


 ルルマリスを降し、魔王の力を失わせた張本人だ。そして俺の知る限り、俺よりも強い唯一の人間だった。


「いきなり敵意を向けるなファウザ。貴様も、ルルマリスが狙われる理由を知りたいんだろう」


 ドリィに睨まれ、舌打ちして動きを止める。ルルマリスが、俺の後ろから問いを投げかけた。


「勇者よ、お前は知っているのか? 我が何故、かつての仲間から狙われるのか」


「ああ。オレはその話をしに来た」


 剣を握りながらも、ドリィはそれほど強い敵意を発していない。戦いではなく会話をしに来たというのは、事実のようだ。


「先ほど、我の角が理由だと言ったな。それはどういう意味だ?」


「王様が所持していた、歴代の魔王に関する文献に書いてあったんだ。魔王の角は特別で、とてつもない魔力を有していると」


 ……その話は、聞いたことがある。魔王の力の源は角であり、そこから無限の魔力が生成されるのだと。


「それがどうした? 我はもう、魔王の力を失っている。我の角に、もう無限の魔力などない」


「それは違う。今の貴様は、角の魔力を利用する術を失っただけだ。角の中の魔力は、今も無限に存在している」


「……なに?」


 ルルマリスが魔王の力を使えなくなったのは、魔力自体がなくなったわけではなく、魔力を扱うことができなくなったから……?


「貴様の体内にあった『魔王核まおうかく』は、オレが完全に破壊した。貴様はもう二度と、魔王としての力は使えない。だが角自体の魔力は失われていないから、もしその角が切り落とされ、別の魔族や獣人が取り込んだりすれば、第二の魔王が現れてしまうかもしれない」


「……!」


 元魔王軍がルルマリスを狙ってきたのは、そういう理由か。彼らは、自分が次の魔王になろうとしたのだ。


「このことを知った王様は、魔王を殺して角を破壊した者に報奨金を与えると発表した。だがこの時、焦って角の魔力に関する情報も開示してしまったんだ。貴様の仲間達は、おそらくそれを聞きつけたんだろう」


「……人間の王様は随分と間抜けだな。魔王殺そうとして、次代の魔王候補を増やしてちゃ世話ねえや」


「それについては言葉もない。だがこれで、納得してもらえたはずだ。全ては、魔王ルルマリスの角が理由だと」


 ここで、勇者ドリィは強く剣を握りしめた。剣は白い光を放ち、高密度のエネルギーを発し始める。


「今この場で角を切り落とし、破壊させてくれ。そうすれば貴様はもう、本当にただの小娘でしかない。わざわざ殺す必要もなくなる。……もっとも、ファウザだけは仕留めさせてもらうがな」


「っ……」


 ドリィの敵意が、俺だけに向く。


 まあ、ただの動物好きな少女になり果てたルルマリスはともかく、今でも人間を何十人と殺している人狼を生かして帰しはしないだろう。


 歯噛みする。俺では、ドリィには勝てない。俺の道は二つ――逆らって二人とも殺されるか、ルルマリスの角を差し出して俺だけ殺されるか。


「……ファウザ」


 背後から、俺だけに聞こえる声量でルルマリスが囁く。


「我の角を切り、お前が取り込め。お前が魔王の力を得れば、あの勇者よりも強くなれるはずだ。そうすれば、二人とも生き残れる」


 なるほど確かに、既に強い俺が魔王の魔力を手に入れれば、恐らくもう敵なしだろう。しかしその場合も、ルルマリスから角が失われてしまう。



 ……じゃあ嫌だ!!

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