CHARACTER

あまくに みか

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 地面を突き上げて現れたのは、巨大なムカデのようなモンスター。咆哮をあげた口は頭頂部からパックリと真っ二つに割れ、何重にも重なる鋭い歯は見る者に恐怖を与えた。


「こいつの唾液に触れちゃダメ! 避けて!」


 唾液と呼ぶには大きすぎる液体の塊が頭上を覆う。剣を抜いたリアは、臆することなくモンスターに向かって跳躍した。金髪の長い髪をなびかせて戦う彼女のことを、人々は戦いの女神と呼んでいる。


「ジン、サポートお願い!」


 大剣を持っているとは思えないスピードで、リアは走りながら後方に向かって叫んだ。

 

「任せて」


 ジンは天空に向けて弓矢を放つ。放たれた弓矢は薄紫色の光を帯びながら上昇し、モンスターの頭を越したところで、ジンは呪文を唱えた。


『星の精霊よ。わたくしたちを守りたまえ』


 すると弓矢は光の塊となって弾け飛んだ。それは、四つの光に分かれて降下する。一つは、ジン自身に。そして、残りの三つはパーティのメンバーに降り注いだ。


「ジンさん、ナイス〜!」


 とび跳ねて手を振っているのは、エルフの少女。頭の高い位置で結った二つのお団子が、ぽよんぽよんと揺れた。

 その後ろには、水色の髪の優男がやりを構えたまま立ち尽くしている。


「ポコさん、私についてきて。ジンさんのシールドがあるから今はダメージ受けないよ」

「わかった。トリスちゃん、お願いします」


 ポコと呼ばれた青年は槍を握りしめて、エルフの少女トリスの後にぴったりとくっついて走り出す。途中、何度かモンスターの攻撃を受けたがシールドのお陰で傷つくことがなかった。


「ふぇ〜、ジンさんのシールドまじで固い!」


 自身を覆っているシールドが割れないのを見て、トリスは興奮した声をあげた。幼児が走るような可愛らしい走り方で、トリスは先に戦いを始めているリアの元へようやく辿り着いた。


「うわ〜、さすがリアさん。一人であんだけボス削ってるよ〜」


 頭上や地面の下から繰り出されるモンスターの攻撃を、リアはひらりひらりとかわしながら間合いを詰める。大剣を薙ぎ払うと、氷の魔法をまとった斬撃がモンスターにぶつかった。


 怒号をあげてモンスターは身をくねらせる。茶褐色だったモンスターの皮膚が、不気味な赤に変化し始めた。


「ぼく、どうしたらいい?」


 形態を変え始めたモンスターを見上げて、ポコは自分より遥かに小さなトリスの後ろに隠れた。


「えーっと。ポコさんって水魔法だよね?」

「そうです」

「じゃあ、とりあえずどこでもいいから攻撃あてて!」

「ええ、そんな適当でいいんですか?」

「大丈夫、大丈夫」


 ポコは槍を振るう。まだ一つの技しか覚えていなかった。放った初歩的な技は、モンスターの足先をかすめただけだったが、リアはその攻撃を見逃さなかった。


 右足を大きく踏み込み、リアは必殺技を発動した。両手で持ち上げた大剣を大きく振り被ると、地面へ突き立てた。


『鳴け! 氷剣よ!』


 リアの詠唱と共に地面が大きく揺れる。氷塊が地面から何本も突き出し、やがてモンスターの体を覆ってしまった。氷漬けにされたモンスターは身動きがとれない。リアが跳躍する。


 剣光一閃。


 氷が砕けると共に、モンスターは身をくねらせ、何度か痙攣した後、地面へ崩れ落ちた。


「倒しましたね、ポコさん!」


 トリスが振り返ってにっこり笑ったその時、倒れたモンスターの体内から光が何本も放出し始めた。


「やばい」


 リアはモンスターのそばにまだ残っている二人に向かって叫んだ。


「避けて! 自爆が——」


 光が弾けて、轟音が響く。

 砂塵が舞う中、高所から飛び降りたリアはモンスターの消失を確認した後、振り返ってパーティメンバーを探した。


「リア」


 声がした方に目を凝らすと、黒髪の女が砂煙をかき分けて現れた。


「ジン。ありがと、最後にシールドはってくれて」

「別に。サポート慣れない。あの二人は大丈夫か?」

「トリスがいるから大丈夫じゃない? あの子って回復の神だからさ」


 ジンは二人が立っていた場所に顔を向けると、むくりと起き上がる影を見つけた。


「本当だ。無事だね」


 立ち上がったトリスが、リアたちの姿を見つけると嬉しそうに手を振った。


「やったねー! ボス倒した〜!」


 槍を支えに立ち上がったポコも、安心した表情でリアたちが来るのを迎えた。


「危機一髪でした。ありがとうございました」


 ポコは頭を下げる。


「ポコさんの攻撃があったから、ボスを凍結することが出来たんだよ。ありがと」


 リアが言うと、ポコは照れたように頭をかいた。


「ぼくはこのゲーム始めたばかりで、まだやり方を理解していなくて」

「わかるよ〜。私も初心者の頃、さっきのボスで何度も詰んだし〜」


 トリスはうなずいてから、ジンに視線を向ける。

 

「改めてなんですけど〜、紹介しますね。私のフレンドのポコさん」

「よろしくお願いします」

「それで〜、リアさんとは何回かマルチしている仲なんですよね」


 ね、とトリスが同意を求めると、リアはうなずく。


「ジンと時間が合わない時、トリスと遊んでもらっているんだ。ジンは私がこのゲーム始めた時からのフレさんだから、もう一年近く一緒に遊んでいるかな」


「よろしく。わたしはジンです。中国人です。翻訳機能を使ってる。チャットは遅い」


「よろしくね〜」

「よろしくお願いします」


 トリスとポコが同時にチャットで答えた。


 ここは『STAR OF FANTASY』というオンラインゲームの世界。他のゲームプレーヤーと協力して、広大な世界を冒険することが出来る。ゲームとは思えない映像美と魅力的なキャラクターが登場するため、日本のみならず世界中で流行っているゲームの一つだった。



「私、そろそろお風呂入らないと」


 リアが言うと、ジンがうなずいた。


「日本はもう夜遅い。リアは明日学校」

「うん、ダルいけどね」

「リアさん、学生なんだ」


 ポコが驚いて言うと、リアが笑う。


「来年は受験だから、あまりここで遊べなくなるけど、よかったらフレンドにならない?」

「いいんですか?」

 

 嬉しそうなポコの隣で、トリスがとび跳ねる。


「いいね〜! じゃあ、私もジンさんとフレンドになろ〜! また四人で遊ぼうよ〜」

「うん。よろしく」


 それぞれがフレンド申請をしあっている時、リアが舌打ちをした。


「やば。ママが怒ってる。行かないと」

「それは大変。リア、またね」


 リアが手を振って別れの挨拶をすると、ゲームの世界から消えた。





 佐々木修造は、リビングのソファーで寝転んでいる。キッチンの方から妻と娘がなにやら言い合っている声が聞こえてきた。


 高校生の娘は反抗期真っ只中だ。最近はちっとも「パパ」と呼んでくれなくなった。それどころか顔を合わせれば、チッと舌打ちをされるようになってしまった。


 はぁ、と大きなため息を吐く。

 小さい頃は「パパ、パパ」って可愛かったのになぁ。でも、俺にはまだがある。


 修造はスマホの画面を眺めながら、ハイボールの缶に手を伸ばした。


「また酒飲んでんの?」


 娘の声がして、慌ててスマホの画面を伏せる。ソファーに寝転んでいる修造を上から見下ろして、娘のが舌打ちをした。


「お風呂入ってくる」


 その言葉には「だからお風呂場の近くに来ないでよね」という意味が込められていることを、最近妻から教えられた。


 年頃の娘のことはよくわからない。

 だから、と風呂場にりりあが向かったのを見届けてから修造は、再びスマホの画面を見る。



『STAR OF FANTASY』の世界が広がっている。



 修造は、右手人差し指をスライドさせると、ゲームのキャラクターが草原の中を走り出した。


 エルフの小さな少女のキャラクター。ゲームの世界では「トリス」と名乗っている。


 りりあがこのゲームにハマっていることは良く知っていたから、念入りな調査と何度もマッチングを繰り返してようやく、ゲーム内で「リア」と出会うことが出来た。


 ふふ、と修造は微笑む。


 りりあは、パパがトリスだと気がついていないようだ。学校の出来事や普段何をしているか、友達のように話してくれる。


 それが何より、嬉しいのだ。





「もぉー! 大きな声出さなくても聞こえてるってば!」


 佐々木りりあは、キッチンにいる母親に向かって悪態をついた。



「もう十時でしょ? あんたが早く入らないと、後がつっかえるのよ」

「うざ」


 一言吐き出して、りりあはリビングへ向かう。

「うざい」と言ってしまったことに、少しだけ罪悪感があるけれども、母親を目の前にするとどうしてもイライラしてしまう。


 ソファーでだらしなく寝転んでいる父親もそうだ。最近、更にデブになった気がする。お酒ばかり飲んでいてだらしないところが、目にあまる。


 ふと、りりあは修造のスマホ画面をちらりと覗き見て、微笑む。



 パパは、私が気がついていないと思っているみたいだけど。とっくにパパが「トリス」だってこと、私は知っているんだから。


「トリス」がやたら、「リア」といつも一緒にいるフレンドを紹介してと言ってきたのも、りりあの身辺が気になるからだろう。


 でも、パパは気がつかなかったでしょ?

 ジンが、私の彼氏だってこと。


 パパにバレないように、今日はジンがいつも使っているキャラクターとは違う、黒髪の女の子のキャラクターにしてもらった。更に念を入れて、ジンは中国人だという設定にした。


 これでしばらくは、何の疑いも持たれないだろう。


「また酒飲んでんの?」


 りりあはつい棘のある言い方をしてしまう。本当は「体に良くないよ」と言ってあげたいのだが、心の中のモヤモヤがそれを許さない。


 でも、とりりあは父親を見下ろしながら思う。

 ゲームの中では、素直に話せるのだ。幼い頃のように。

 

 だから、まだりりあは知らないふりを続ける。

 




「うざ」


 娘のりりあに言われて、佐々木理奈子は眉をギュッと顔の中心に寄せた。



 全く、いつからこんなに憎ったらしくなってしまったのだろうか?

 反抗期だからと言われても、こちらだって人間なのだ。母親だからと、何でも暴言を吐かれていい存在ではないのに。


 リビングに視線をやって、理奈子はため息を吐いた。



 夫の修造は、近頃熱心にスマホを眺めている。

 その浮かれた表情を見て、浮気だと確信した。



 だが。



 どうやらあの二人は気がつかなかったようだ。「ポコ」が理奈子であることを。



 修造が眠ったすきに、理奈子は夫のスマホを探った。そして、ゲームの存在に気がついた。


 娘が部屋に行く時間、夫がスマホを眺めている時間。それが一致していることも、ようやく気がついた。



「トリス」とフレンドになるのは容易いことだった。修造はSNSを使って、ゲームの情報を集めていたから、SNS上で先に仲良くなり、そしてやっと「トリス」とフレンドになる事が出来た。



 そして今日、ゲーム内でりりあとも会った。



「あの中国人は、怪しいけど……」


 理奈子はリビングと風呂場を同時に見渡して、腕を組んで微笑んだ。



「危機一髪だったわね」



 引き出しを開け、隠していた離婚届を理奈子は気持ちよくビリビリに破いた。

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