魔城脱出 ~魔王が倒れた、その後に~

武江成緒

魔城脱出 ~魔王が倒れた、その後に~




 魔王シャッガートゥの黒い巨体がくずれ落ち、その核から魂が去る。

 それとともに、その城もまた、音をたててくずれ始めた。






「くそっ、くそっ! どうしたこんなことになるんだ……!」


 私の前を走りながら叫ぶのはヴィンス。

 魔術師という肩書きににあわず激しやすい男だが、その原因は崩れた廊下を念動魔術で修復して自分と仲間をなんとか渡らせた、その労苦だけではない。


「いいから走れ! 何のためにアルフが……アルフがあんなことを選んだ思っている!」


 叱咤したのは先頭をゆく騎士ナディア。おのれの身体を完全以上に制御しつくした剣技によって、廊下をふさいだ鉄の扉を両断した。


 神官シャロンは小声で聖句を唱えつづけながら走る。

 その加護で、降りそそぐ瓦礫の雨はわれわれをよけ、ヴィンスとナディアも力がとぎれることはない。

 しかしその声は弱々しく、先刻の戦いとは比ぶるべくもありはしない。




 魔の王の体が床に倒れ伏すや、魂と意思をうしなった抜け殻からは、闇の霊気があふれ出たのだ。

 いかほどの猛者もさであろうと人間の肉体など、跡形もなく燃やし溶かすその奔流。

 それを押しとどめたのは、一行の中心であった勇者アルフの行為だった。

 おのれに宿る力のすべてを出しつくし、闇黒の波を霧消させた……自身の命を道づれに。

 残されて三人がただ茫然としているなか、私はシャロンに呼びかけた。


――― 何をしている、愚か者。この城はあと幾何いくばくの余裕ももたず崩れるぞ。

――― やつの行いを無為とするのか?


 髪一本にもひとしい逃げ道。

 勇者の犠牲が切りひらいたその一髪へと、我々は駆けだした。




 辿りついたのは城の正門。

 魔の王の城の護りを並みの人間などに破れるはずもなく、それゆえにごく平坦だった造りの門は、しかし今や巨大な地割れに八つ裂きにされていた。


 わずかに残った地面のうえに、ヴィンスが左手を裂いて鮮血の陣を描きはじめる。


「おいシャロ公! お前、この真ン中に立て!」

「ヴィンスさん……何をするつもりなのですか!?」

「……賭けだ」


 神官のぶ神霊の加護は、利便という点においては、魔術師のふるう術に及ばない。神霊とは人にとって融通の利くものではないのだ。

 されど、そのいつくしみをことに得たものが、然るべきことを願えば、どんな魔術をも超える、奇跡と呼ぶにふさわしい偉大な成果が実現することがあると、人の伝承はかたっている。

 そしてそれはつい先ほど、アルフが実践したばかりだ。




 逡巡するシャロンを、ヴィンス、ナディア、そして私も叱咤して、ようやく準備がととのった。

 魔法陣へと襲いくる瓦礫と土砂をナディアの剣が防ぎつづける。

 その陣へと、ヴィンスは残りの力すべてを注いで、大魔法、転移魔法を編みあげてゆく。


 術が効果をあらわして、安全なところまでシャロンの身を転移させれば、今度はシャロンがその信仰と意志のすべてを捧げつくして、奇跡をねがう。

 仲間二人を、自分の眼前へと呼び寄せるという、単純で、切実なその奇跡を。


 くずれる魔の城をせた大地は揺れつづける。

 転移の呪文を唱えつつ、それと同時に陣を保ちつづけるヴィンスの術は遅々として編みあがらない。

 飛来する瓦礫を切りはらいつづけるナディア。だがついに、尖った破片がその護りをくぐりぬけて、陣の上に乗った者に襲いかかった。

 その瞬間に、魔法陣は光を放ち。

 シャロンの姿は消えていた。




 現れたのは、緑の小高い丘のうえ。

 はるか彼方には、崩れゆく黒い城。

 安らぐ間もなく、シャロンはあるじに、光明神に、仲間を救う奇跡をうべく聖印をむすび。


 そのまま地面に崩れ落ちた。




 倒れ伏したその上空に、私はゆらりと舞いあがる。

 まさに危機一髪だった。


 勇者に討たれた肉体からこの魂を逃れさせ、三人のなかで仲間から庇護をうける可能性がもっとも高い人物へと取りいた。

 よりによってそれが神官だというのが厄介だったが、私の隠形と憑依のすべが、かろうじて神霊の守護をかいくぐった。

 気づかれぬよう生命力と霊力とを奪いながら、宿主をなんとか安全な場へと誘導しきった。

 生き延びるのに十分なだけの力を吸いあげた今、もはやこの女に寄生する要もない。


 遅まきながら私の気配と企みとを悟ったのか、死にかけた喉で絶望と悲嘆を叫ぶシャロンを置いて。

 この私、魔王シャッガートゥの魂は、再起めざして飛びたった。

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魔城脱出 ~魔王が倒れた、その後に~ 武江成緒 @kamorun2018

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