赤い悪魔

イチ

赤い悪魔

 地下鉄を待っていた。

 主要都市駅の地下、二番乗り場。朝と夕方は通勤退社で圧縮されそうなほど人で混むのだが、昼時はぽつりぽつりと疎らにしかいない。

 朔太郎は赤いスマート・フォンをポケットから取り出す。今日の天気はどうか、気になったのでアプリで見てみようという気だった。

 目線の位置に持ってくると、

 パ——

 自動で起動する。そのまま指紋認証をホームボタンに軽くグッ、と押すとロックが解除。朔太郎はしかし、そのロック画面にLINEのメッセージ通知を見たので、それをタップしてから指紋認証のロック解除をした。いくつか要する操作が一発で開いて、LINEのトーク画面が現れる。

 メッセージは大学の友達から。

【11月3日ライブあるから予定空けといてね!】

 友達のバンドマンだ。付き合いとして一度だけ行ったことがある。

【休みの日はバイトだよ】

 そう文字を打って、送信する。11月3日といえば祝日だ。

【来なさい】

【無理っす】

 すぐに既読が付いて返信が来たので、朔太郎もテンポよくすぐに返信した。

 寒い。

 腕まくりをしていた朔太郎は裾を戻す。ホーム画面に戻って、さて、何をするんだったか、と二秒ほど考える。色んなアプリのアイコンが目に映る。

【頑張るんだ!】

 画面上にメッセージの垂れ幕。

 変なノリが始まっている。こいつと普段話すことといえば、中身などどうでもいい、冗談ばかりだ。

【押忍】

 返信してすぐにホームボタンを押す。画面上に表示されている時刻を見ると、13:43だ。

 プルルルルルルル——間もなく、二番乗り場に、列車が到——

 Xを三十秒ほど見てからまたLINEに戻ってみると、既読が付いていた。ノリは終わったようだ。

 もうすぐ電車が来る。

 人は疎らで、各車両の扉に一人か二人、並んでいる状況。電車のやって来る奥の方から、冷たい秋風が吹いてくる。朔太郎は左手をパーカーのポケットに入れる。

 朔太郎の斜め前に、腰の曲がった老婆が来た。後ろのベンチに座っていたのだろう。

 少しスライドして、止めて、また少しスライドして、止めて。それを繰り返しながらXを見ていると、赤い背景に黄色いMのアイコンが、季節限定バーガーの広告動画を上げているのがあった。自動的に流れるそれを朔太郎は見ることにする。

 ゴォォォォ……

 電車がやって来て、止まる。朔太郎は開いていたアプリを全てシャットして、横にある電源ボタンをカチ、と押しつつポケットにしまった。

 斜め前にいた老婆は、乗客が数人出て行くのを待って、中へ入る。朔太郎はその後に入った。

 窓を背にして座るタイプの長いシートは、空いている面積の方が埋まっている面積よりも多いくらいで、朔太郎は空いている場所へ座った。

 引き続きXを見始めた朔太郎。気になる女優、芸能人、友達のポストが更新されているのを見ていく。

「……てる」

 人の疎らな車内で、誰かが何かを朔太郎に言った。

 朔太郎は顔を上げる。

 ああ、さっきのおばあちゃん。

 朔太郎は、「あ、えーと」といま何を言ったのかもう一度リクエストするような表情をする。

「これ、○○行きで合ってる?」

「○○行きは向かいの乗り場です」

 そう言うと、老婆は「ああ」と言って、そのまま車両を出て行った。朔太郎は足を組んでまたスマート・フォンでXを見る。

 ネットニュースのポストが気になった。

 スマホは悪魔?

 朔太郎は青地のリンクをタップし、記事を読みに行く。

『我々の思考を阻害するスマートフォン。登場から十余年、日常的な使用がもたらす脳への危険を解説』

 朔太郎はサッと画面を下へスライドして、長々しい文面と漢字や数字の多い表記を認識するとそのタブを消した。

 電車が動き始める。朔太郎は引き続きXを見ている。

 今日のお天気は——。

 その思考は、この赤い悪魔のいたずらの下に、朔太郎の脳から消されている。

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赤い悪魔 イチ @Ta_1

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