第3話 馬・鹿・ボアー

 カエル美味し彼の山。あれから数か月が経っていた。


 当たり屋のごとく植栽から飛び出るイタチ。

 教習コースのど真ん中にはシラサギが居座り。

 路上ではロープと見まごう蛇が昼寝。

 路肩には狸の亡骸が転がっている。

 フェンスの上には猿。


 次々と飛び出てくる試練をくぐり抜けた俺たち教官にもう怖いものはない。なんでもどーんと来やがれとか言っていたら、敷地に猪がどどーんと突っ込んできた。


 ごめんなさい、もう大言壮語はしません。

 山へお帰り、ここはおまえの住む世界じゃないのよ? 

 もうやだ、ローソンが朝8時から夜8時の田舎なんて(当時)


 それはさておき、無事に試験場での技能試験を突破する教習生第一弾が誕生した。

実にめでたいとはしゃいだ我々教官は再び絶望へと突き落とされた。


 なんと実に半分が学科試験で落ちたのである。

 通常の合格率は七割程度。受験者が現役大学生ばかりということを鑑みれば、原因は明白だった。


「あいつらの交通常識のなさが。こんな、こんなところで」


 とんだ盲点だった。浮かれモードから一転、我々は頭を抱えた。

 普通の教習所なら学科試験は座学だけやって、試験は自分たちで受けてこいで終了なのだが、なにせモニター契約の条件は「普通自動車免許の取得」である。

 合格してもらわなければ困るのだ。


 緊急招集された教官たちに、所長が激を飛ばした。

 この所長、教習中に警察官に停止させられた伝説を持つ。理由は「仮免許練習中」に姿が見えず、助手席が無人に見えたというものだ。小柄すぎてシートに埋もれていたらしい。


「早急に学科試験の対策を立て、とっとと卒業させろ! 試験場まで連れていく手間や費用も馬鹿にならん!」

「はい!」


 さて、模擬試験までやって再度学科試験に送り込んだ結果、大方の生徒は二度目で学科試験をクリアした。


 ただ一人の教習生を除いて。

 

「3回目も落ちた……­だと?」


 本人も信じられないのだろう。顔を強張らせている。何せ、彼は旧帝大難関学部在学中である。

 それまで背も高く頭もよい柴山の人生はまさに順風満帆。しかし、学科試験に打ちのめされた柴山は、どんどん追い詰められていった。


 5回目にしてようやく合格したものの、連続不合格記録が同級生にあまねく知られたうえ、ストレスから八つ当たりした美人の彼女(教習所で出来た)に振られた。


「学科試験のひっかけ問題で人生初つまづきか」

「誰が上手いことを言えと」


 柴山の不幸を教訓に、以後の教習生は学科試験を極めて真剣に受けるようになり、合格率はほぼ100パーセントとなった。

 最初から本気出せや、大学生ども。

 


 そうして想定外の出来事が頻発し、予定が押しに押す中、やっとオープンに必要な規定数を満たす見込みが見えてきた。

 そんな長閑な天高く馬肥える秋。水田を泳いでいたカモさんが鴨鍋にされて美味しく頂かれたころ。


 奴は現れた。


 突然飛び出てきたそれは、ご近所で会うには、あまりにも大きすぎた。

 大きく茶色く重く、そして つぶらな瞳すぎた。


 俺は全力で補助ブレーキを踏む。教習生も踏んでいたようだが、間に合わなければ意味がない。

 車内の全員がぽかんと見守る中、それは山へと飛び込んでいった。


 野生の鹿である。

 いきなり飛び出してきたので停車が間に合ったのは奇跡、危うく跳ねるところだった。


「馬鹿な、奈良でもないのに鹿だと……­っ」

「鹿だけに、ハネてもシカたがないですよね」


 寒い駄洒落を言う癖のある元柴山の彼女、大林がつぶやいた。

 ああ、都会が恋しい。




 冬が来て、イノシシが店頭に吊るされる頃、大学生たちはほぼ全員、無事に普通免許を手に巣立っていった。


 しかし、何故か食堂には相変わらず大学生たちが入れ代わり立ち代わり座っている。


「なんでお前ら、教習所の食堂こんなところで茶を飲んでるんだ」

「だって、近くにコンビニもファストフードも喫茶店もないから、集まるのにちょうどよくて」

「免許もあるしね~」

「帰れ――!!」


 ちなみに近所に熊も出たらしい。もうやだ。




 サファリ教習所、完。


 駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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サファリ教習所 沖ノキリ @okinokiri

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