第2話 グルグル・グルヌイユ

 この地には長らく学校があったと猫は言った。

 いや、足が十二本ある。化け猫だ。


「だから、出るんですよ。ここには」


 教習生の上原は何が面白いのか、背負った猫バスリュックを小刻みに揺らしてふひひとわらった。


「ふーん、もうそんな時期ですか。田原、これ続き貸して」

 

 漫画本を十冊ほど束で持った長身の北田がぬうと現れた。小柄な上原と足して割ったら平均身長らしい。

 

「だから、何が出るんだよ」

「「幽霊」」

「幽霊に時期があるか――!」

 

 教官と教習生なのに、やけに距離近くないかと思われるだろうが、手なんか出していない。

 試験場での最終路上試験に向けて、徹底的に仕込んでから次のステップへと進むので、通常とは比にならない教習時間をこいつらは重ねていた。

 その為のモニターだ。どれだけ教習を受けても加算されないという夢のシステムである。

 つまり、俺らも同じメンバーと延々と顔を合わせているわけで、必然多少は親しくなる。

 

「雨の日に分かりますよ」


 そういって、上原と北田はふひひと嗤った。お前ら、本当に女子大生か。




 次の小雨の日、奴らの語ったとおりになった。

 教習所の横には、小川というには少々立派な川が流れている。更にその上には貯水池、道路を隔てて隣は水田。さすがは農村、隙がない。


 緑の悪魔、襲来。正体は大量のカエルだ。


 敷地のあっちでぴょん、こちらでぴょん。ぴょんぴょんぴょん。どこからそんなに出てきたと驚愕するほど、小さな緑色が元気よく弾んでいた。


「ここで教習するだと……­」

「耐えろ、きっと晴れたらどこかに行く」


 しかし、願いは空しく、その日は一日雨だった。多くは語るまい、大惨事だ。

 カエルは道路上はもちろん、教習車のボンネット、S字クランクのポールの上にまでいやがった。

 つぶらな瞳でこっち見んな。


「くそっ、緑の悪魔とか大げさにいいやがって」

「ふ、うちの高校なんか、階段の手すりがカエルで緑色になってたよ。うっかり忘れて手すりに手を置いた日には」

 

 おい、グロ話はそこまでだ。

 幸い、俺が口にした緑の悪魔という言葉に、北田&上原オタク凸凹コンビが反応した。


「やはり緑の悪魔といえば、ヤクト・ミラージュ」

「でも、ヤクトならデカくないと」

「なるほど通常のMHモーターヘッドがアマガエルなら、ヤクト・ミラージュはさしずめウシガエル」


 おい、カエル話に速攻帰るな。平和に巨大ロボの話でもしてろ。


「通常のMHが14mに対し40m。アマガエルが平均3cmと仮定したとして、ウシガエル……どれくらいだっけ」

「片手でギリギリ掴めるんじゃね。ほら、両手に牛蛙の先輩いたやん」


 両手に花みたいに語るん、やめて?


「ああ、男子の憧れ池下さんが、セーラー服の両手にウシガエルを引っ掴んで登校してきたあれか」


 のちの美少女伝説セーラートードである。

 なんでも理科教師が一班一匹という捕獲ノルマを一人一匹、と伝え間違えたのが原因で、その日理科室は溢れかえるウシガエルで阿鼻叫喚の大惨事となったらしい。お前らの中学校なんなんなん?


「しかし、ウシガエルは特定外来種。生きたままの運搬は禁止と指摘され、あまりの後片付けの大変さもあって、解剖実習は我らの世代のときには中止されていました」


 眼鏡をくいっとして残念そうにいうな、法学部キタダ

 またしても、ムダ知識を仕入れてしまった。理系の大森がお菓子を頬張りながら、うんうんうなづいている。


「アマガエルだと、小さすぎて解剖難しいもんね」

「でも、解剖なんかせんくても、みんなカエルの内臓くらい見たことあるきに」


 怪しい方言で喋るのは、転勤族の父親のせいで関西弁と博多弁と土佐弁ハイブリッドジャパニーズを操る山下だ。


「ヤクト・ミラージュの巨大さ。先生もじきに実感できますよ、ふひひひ」


 上原よ、ウシガエルの轢死体は確かにでかかった。

 ぱっと見で、内臓の配置がくっきりわかるサイズなのだ。


 ……頼むから、それを俺の教習車で轢くのん、やめて。

 


 まあ、カエルがいるってことはだ。


 世は食物連鎖で回っている。

 当然の如く捕食者も現れるのだ。



 蛙(グルヌイユ)の巻、了。



 ※グルヌイユ:フランス語で食用カエル

 ※ヤクト・ミラージュ:永野護氏の漫画「The Five Star Stories」に出てくるデッカクて素早いロボ。ジオングに足付けたより、おっきい。



 今はイカで解剖実習やるらしいけれど、実習後食べるのかな?

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