29歳OLの私。あやうく不法侵入罪で捕まるところでした。

Haika(ハイカ)

29歳OLの私。あやうく不法侵入罪で捕まるところでした。

 「あー、つかれたぁ。ヒック」


 私の勤務先は、曰く付きのブラック企業。


 雰囲気の良さと、大学時代の先輩からの薦めで入社したけど、いざ入ってみるとそこは所謂「アットホーム」な職場。

 入社式に皆して可笑しなポーズをさせられ、無理矢理ニパっと笑った状態で、記念撮影がされた。

 それ以降はずっと、理不尽な暴言サンドバッグと残業ばかりの日々。


 ――ヒック。大学3年の頃に、戻りたいなぁ。

 ――就活、やり直したいなぁ。ゲプッ


 なんて無駄な願望を抱きながら、今日も千鳥足で夜遅くに帰路へつく。


 時刻は夜11時半。

 逆らうと面倒臭い上司のご機嫌取りのため、帰りに飲みに誘われ、決して得意ではない酒を飲まされての、マンションへの帰宅。

 眠いと気持ち悪いのダブルパンチに苛まれながらも、玄関のドアノブを手に、ガチャリと回した。


 ――うっわ、カギ閉めるの忘れてたぁ!

 ――でも、玄関は荒らされていない。よかったぁ。うっえ、早くトイレ…!


 部屋についた途端の、この気の緩みと、突然の吐き気。

 私はふらついた足どりで靴を脱ぎ、急いでトイレへと駆けこんだ。そして――


 …。


 音は、残念ながら聞かせられない。というか、聞かせたくない。

 なので、その“肝心のシーン”は割愛。私はそんな「虹色の滝」を大量に便器へと生み落とし、すぐに水に流したのであった。


 「うぅ」


 危ない所だった。少しは楽になった。

 さて、早くサッとシャワーを浴びて、今日はもう寝よう。そう思った矢先だった。




 「ふぁ~」




 …今のは、男性のあくび? トイレを出ようとしてこれ。


 「まさか」という不安がよぎる。

 思えば、普段はちゃんと施錠するはずの玄関の鍵が開いている時点で、疑うべきだった。そしてそれは“確信”へと変わった。


 「うぅ、外寒っ。さてと」




 やっぱり!

 私は、今ので目が覚めてしまった。トイレの水は流した後だし、ドアは閉めているから、気づかれていないのが幸いだけど…


 男性の声が、近づいてくる!

 私は、自分の部屋ではなく、間違って知らない男性の部屋へ勝手に入ってしまっていたのだ!

 間取りも、部屋の飾りの少なさも一緒だから、酔いで油断していた。


 「うー、トイレトイレ」


 まずい。

 このまま男性がトイレのドアを開けてきたら、何もかも終わる!

 私、不法侵入罪で通報されるかもしれない! 息を潜めてるけど、どうしよう…!


 トイレのドアノブが… 回り始めた!

 私は身を縮こませ、瞼を固く閉じた。そして、


 「あれ? スマホ… あれ? あれ!? げっ、車に置いてっちゃったかも! あー、また戻るのめんどくせー」




 トイレのドアが少しだけ開いたかと思いきや、男性は入ってこない。

 それどころか、中に私がいる事に気づかず、すぐに踵を返した。


 そして―― 男性は再び、玄関外へ行ってしまったのである。



 「…へ?」


 助かった、のだろうか?


 私は目を開け、物音を立てないようトイレから顔を出した。

 男性はもう、外へ出ていていない。他に物音がしないから、独り暮らしのようだが…


 これは、今が逃げるチャンスとみた!


 「う~、ごめんなさいごめんなさい…!」


 そう小声で謝りながら、私は急いで玄関を出た。

 足音を立てないよう、腰を低くし、早歩きでその場を去る。すぐさま階段近くまで移動し、今いる階数を確認する。


 ここは5階。1こ下だった!

 私の借りている部屋は、6階の角から2番目。ちょうど、あの男性の部屋の真上。


 もう嫌だ、バレたら終わるんだけど!


 …なんて逃げる事ばかり考えながら、辺りをキョロキョロ見渡す。

 男性は本当に駐車場へ向かっている様で、他に誰も玄関前廊下を歩いてはいなかった。

 よる12時前という深夜だから、運よく目撃者がいないのだ。


 私はすっかり酔いが醒め、青ざめた表情で、自分の部屋へと続く階段を昇った――。




 自分の部屋は、ちゃんと施錠されていた。

 鍵を使って開け、改めて玄関周りの内装を見渡し、今度はちゃんと自分の部屋だと確認する。


 よかった。今度こそ間違っていない。男性に気づかれている様子もない。

 あとは明日までに、通報されない事を祈ろう。

 大丈夫。うん、きっと大丈夫だ。


 なんて自分に言い聞かせながら、私は本日2度目の安堵の溜め息をついた。

 もう、あんな思いをしないためにも、次からは酔った勢いで家に帰るのだけはやめよう。

 男性の方には、申し訳ないけど、今日の失敗は墓場まで持っていきます。


 そう、心に誓ったのであった。




 ――ドクターストップかかったことにして、次からの飲み会、断ろうかな。

 ――それか、もうあんな職場、辞めちゃおうかな。奨学金の返済遅れそうだけど。


 なんて肩を落としながら、服を脱ぎ、風呂場へと向かう私。




 今日ほど、自分の部屋に帰れる日を、喜んだ事はなかった。

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