Save you

ユリノェ

Save you

 夢を見た。

 幼い頃、もう十年は前の姿のあたしがいる。何をしていたんだっけ。


 弱々しい鳴き声が聞こえる。白くて小さな鳥の雛だ。どうやら巣から落ちてしまったらしい。怪我はしていないようだが、地面に伏したまま、飛べずに鳴いている。かわいそうに。

 近くの木を見上げると、巣はあったが親鳥はいないようだった。餌を探しに行っているのだろうか。

「大丈夫だからね、あたしにまかせて」

 あたしはその子を両手でそっと、すくい上げてポケットに入れた。

「よっと……」

 そして木を登る。男の子みたいにお転婆だったあたしにとって、これくらいのことは朝飯前だった。

 程なくして辿り着いた巣には、この子のきょうだいと思われる雛たちが見えた。あたしは木の枝に腰掛けて、ポケットに手を伸ばす。無事にこの子を家族のもとへ帰してあげることができた。

「君が死んだら、みんなが悲しむからね」

 おかあさんも、おとうさんも、きょうだいも。

「元気でね!」

 そう声をかけると、その子はピーピーと力強く応えてくれた。



 ピピピピピ……


「あ……? あれ……夢?」

 アラームに起こされたらしい。随分と懐かしい夢を見ていたようだ。

「あ⁉︎ やっば、遅刻だ!」

 アラームが鳴りっぱなしのまま、しばらく眠ってしまっていた。このままじゃ大学に遅れてしまう。今日は一限から、出欠重視の必修科目があるというのに。

 バタバタと慌てて支度をして、家を飛び出す。

 近道を行くべく走った。

 よし、このまま走り抜ければ遅刻は免れる──そう思った時。


「わっ⁉ あっぶねー!」

 突然目の前に人が出てきて、危うくぶつかるところだった。同い年くらいの青年だ。でも、さっきまで誰もいない気がしたのに……?


「この道を行かない方が良い。迂回するんだ」

「は? 出欠重視の必修科目があるんだよ! 遠回りなんかしてらんな…………てか誰……」

 青年は訳の分からないことを言った。それに対して思わず馬鹿正直に自分の事情を話してしまったあたしだったが、冷静になると、こいつは誰なんだというごく自然な疑問が湧いてくる。


「僕は未来が見えるんだ。って言ったら信じる?」

「は……?」

 またしてもトンデモ発言だ。こいつ、大丈夫なのか……? ていうか、どこから現れたんだ?

 いや、今のあたしにはそんなことに構っている時間はない。無視に限る。

 そいつを追い抜いて、あたしはまた走り出す。思わぬタイムロスをしてしまった……走ることに夢中になっていたあたしは、講義に間に合うかどうか以外、何にも注意を払うことができていなかった。


 ガラガラガラッ……

「え……?」

 けたたましい音が頭上で鳴り響く。建設中の大きな建物から、鉄骨が落ちてくる。あたしのいる道、すぐ真上。

 間に合わない、避けられない、終わった──


「…………っ」

 諦めの境地で目を瞑り、運命を受け入れようとした。なのに痛みも何もない。

「死ん……でない?」

 死んではいない。痛くもない。しかし何か普通じゃない。


「えっ、えっ!? 飛んでるー⁉︎」

 危機一髪、助かったらしいあたしの体は宙に浮いている。しかし、あたし自身の力によってではない。誰かに抱きかかえられている?

「あ、あんた……」

 まさか、本当に未来が見えてたのか? いったい何者なんだ?

 大混乱の中、あたしが視線を向けると、ふわりと微笑む瞳と目が合う。胸の奥に何かが込み上げた。どこか懐かしい、ような。


「君が死んだら、みんなが悲しむからね」


 その言葉に、ドクンと心臓が脈打った。

「あんた、もしかして──」


 胸のざわめきの正体を確かめる間も無く、あたしは絶叫することになる。

「うわぁぁあぁぁあ!!」


 まるでアニメの忍者や怪盗みたいに高く舞い、建物を次々と飛び移って道無き道を進んでいく。幼いあの頃のあたしなら、テンション爆上がりだったかもしれないが今はもう大人だ。10代だが今の世の中では成人だ。現実感というものを嫌でも意識してしまうから、この非現実な体験に驚いてしまうのも無理はない。

「遅刻しそうなんでしょ? 急がないとだね」

「ひぃー!」

 なりふり構わず、あたしは必死に彼にしがみついていた。初めは不安だったけれど、温かな腕は頼もしく思えた。


「大丈夫だからね、僕にまかせて」


 まただ、何か古い記憶を呼び起こされるような感覚。点と点が繋がりそうに……

 記憶のかけらを手繰り寄せるように考え込んでいたら、あっという間に大学へと到着してしまった。

 そこでハッと我に返る。こんなイリュージョンのようなツッコミどころ満載な通学の仕方をしたらニュースになってしまう……そんなあたしの懸念は杞憂だったようだ。彼は人目につかない木々の中へ紛れ、そっとあたしを降ろしてくれた。

「あ、あの……あんた…………ううん、君ってさ、もしかして……」

「時間、大丈夫?」

「え? あっ、やば、ギリだ!」

「行ってらっしゃい。元気でね」

 そう言って、彼は笑顔で手を振る。

 そしてあたしに講義へ行くことを促すように、背中を押した。押されて弾みのついた足で何歩か前に進んだ後、振り返ってみると、そこには誰もいなかった。

 木の上から、白い羽がひらひらと舞い落ちたように見えたのは、気のせいだろうか──



 端っこの席に座り、窓の外を眺める。風に揺れる木々の葉をただ眺める。なんの変哲も無い景色。やっぱり普通の、現実。朝起きて、大学に行って、勉強して、いつもの毎日。

 本当に?


 講義終了の時間を告げるチャイムが鳴った。

 出席は大丈夫だったけど……ぜんぜん講義に集中できなかったわ!


 あたしが今生きているのは、彼のおかげなのかもしれない。彼がいなければ、今朝、死んでいたのかもしれない。

「いやいや、そんなバカな……」

 考えてみても、わからない。あの出来事は夢だったのだろうか。

 夢──そう、今朝見た夢……

 ああ、やっぱり、そうなの?


 そんなファンタジーなことが起こり得るのだろうか……と、考えてしまったあたしは、いつのまにか随分とつまらない大人になってしまっていたのかもしれない。

「ちゃんとお礼、言いたかったな」

 胸に手を当てて、ありがとうを唱える。

 夢か現実かなんてわからなくてもいいじゃないか、信じてみたっていいじゃないか。

 感じたことがすべてだ。

 あの日あの子を救ったあたしは、確かに彼に救われて、いま生きている。


 この温かな気持ちが、あたし達を生かしている。







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Save you ユリノェ @yuribaradise

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