第42話 そしてまた別の物語が

 また重たい沈黙が続きそうな空気になってきたので、それを撹拌かくはんしようとユリカは北戸きたとに質問を振る。


「あの日、あの工場で鹿野かの和久井わくいさんが変になったのって、どういう理由なんでしょう?」

「理由……理由ねぇ。原因になりそうな問題だらけで、ちょっと特定しづらい」

「それは確かにそうで、あのロケで『何が間違ってた』と訊かれたら『ほぼ全部』と答えるしかないな」


 北戸の投げりな返事に、ドラも同調している。

 呪いや祟りが実在するならば、鹿野や葛西かさいは真っ先にそれを受ける立場だろう。

 そんなことを思いながら、ユリカは気になっていた点を確かめてみる。


「実際のところ、北戸さんは今回の件を霊――とか、そういうたぐいの仕業と思ってますか」

「あー……まぁ、霊や怪異の定義を始めると話がややこしくなるんで、それはいとくとして……常識だの科学だので説明がつかないことはね、事実としてあるから」

「つまり、超常の領域に属する出来事、と考えてる?」


 重ねて訊けば、北戸は僅かに躊躇ためらった後で頷いた。


「そういうこと、なんだろう。恐らくは地蔵と慰霊碑、アレを壊したのがトリガーで」

「封じられていた悪霊が解放された、みたいな?」


 ドラの言葉に対し、北戸は微妙な表情で応じる。


「というか、最初は事故の犠牲者を慰撫いぶする目的で建てられたものが、あの場所で殺された他の人たちをしずめる役割もになってたんだろうな。それを壊してけがした結果があの惨劇。霊がどうこうとか以前に、道徳や倫理の問題だわな。幽霊だ怪異だって言っても、元は人間だった存在だ……死者に対する敬意の欠落、それこそが最大の原因と言っていいのかも」


 そこで言葉を切った北戸は、半分ほど残っていたクリームソーダを一息でからにする。

 ユリカはこれまでの話を総合して、思い浮かんだ自分なりの答えを出してみた。


「要するに、バチが当たった――ってことですか」

「ははっ、何だか昔話みたいな結論になってるけど、それがまぁ一番正解に近いっぽいか……ん、ちょっとゴメン」


 笑いながら肯定した北戸は、仕事絡みの電話が入ったらしく部屋の外に出ていく。

 残されたユリカとドラは、疲れた顔を見合わせて同時に苦笑を浮かべる。

 

「これで終わり……ってことでいいんだよね? ドラさん」 

「わからんけど、どっかで終わりにしないと、キリがないしな」


 消極的な同意を述べるドラに、ユリカは半ばにらむような目を向ける。


「そこはさ、とりあえず頷いとけばいいんだって。本音はどうであれ」

「苦手なんだよ、適当に話を合わせるの」

「それは知ってる、けど……」


 学生時代のドラの姿がチラつき、ユリカは追撃の言葉を濁した。

 何とも言えない間がしばらく続いた後、ドラは真剣な顔でつぶやく。


「でも、この件は終わっても、似たような事件はいずれ起こるだろうな。ほとぼりが冷めれば『じゃすか』に似たノリの心霊ドキュメントは、きっとまた作られる」

「だね……下手したら、もう作り始めてそう」


 心霊ものは低予算でも安定した売り上げが見込めるし、ジャンルを代表する作品だった『じゃすか』の消滅を、チャンスと捉えている連中も少なからずいるだろう。

 それが予測できてしまったユリカは、だらしなく姿勢を崩して天井の暗い照明をあおぐ。

 ドラはそんなユリカを見ながら、わざとらしく軽い調子でもって言う。


「さっきの話、聞きながら思ったんだけどさ。『じゃすか』みたいなのがウケる理由の一つに、得体の知れないものをインチキやデタラメと侮蔑ぶべつして、恐怖の対象から嘲笑わらいの対象に変えてる演出がある……気がする」

「あぁ、それは何か……わからなくもない」


 そろってフワッとした物言いになってしまい、二人して乾いた笑いを漏らす。

 そういうスタンスの作品を全否定はしないが、正直なところは――


「わからなくもないけど、好きじゃない」

「俺もだよ。北戸さんも言ってたけど、やっぱり敬意が大事なんだって。出演者、スタッフ、題材、そして作品そのものを軽んじてるのに、いいものなんか作れるワケがない」


 完璧なまでに同感だったので、ユリカはただ黙って頷いた。

 部屋の中は薄暗いのに、ドラはまぶしいものを前にしているように目を細め、ユリカのことを見つめ返してくる。

 何か言いたげにも程がある態度に気付かないフリで、ユリカはドラの言葉を待つ。


「今回の事件でさ、ユリカは変な感じに有名になっただろ」

「……うん」


 呼ばれ方にほのかな違和感を覚えつつ、ユリカは短く相槌あいづちを打つ。

 映画のスマッシュヒットで元からブレイクの兆しはあったが、現状でのユリカの世間的な知名度は事件前と比べ物にならない。

 そして、ネットでは「地味女優の売名行為」とか「被害者面してる共犯者」とか「他人の死をネタにメシを食うクズ女」といった、訴えたら楽勝できるレベルの誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが多数あるのも承知していた。


「だけどユリカなら、下らないレッテルなんて問答無用でがせるから。でも、お前の女優としての才能と時間が、こんなことで無駄使いさせられるってのが、何て言うか本当に……本当にムカつく」

語彙力ごいりょくヤバくなってるよ、ドラさん。私なら大丈夫。でも……ありがとう」


 同情でも励ましでもなく、いきどおりを吐露とろしてきたドラに意表を突かれながらも、女優としての自分を本気で評価してくれているのには、素直な喜びが湧き上がる。


「いつか――いや、何年か後には俺の監督作主演して、世界的に有名になる未来が待ってるんだから、ヘボいトラブルで潰れられちゃ困るんだよ」

「ほっほう……世界とは大きく出たね」


 言い種は冗談めいているが、ドラの表情には真摯しんしさしかない。


「何かあっても絶対に守るって約束したのに、大怪我させちまった責任はとらないとな。ついでにユリカにも、オレの人生を捻じ曲げた責任をとってもらわないと」

「え? わたしの責任って…………あっ⁉ あー……ははは」


 十秒ほど思考をめぐらせたユリカは、高校生のドラを映像の道に引き込んだ自主映画が、学生時代の自分が出演した作品だった、との推理をはじき出す。

 しかし、それを言葉にするのも野暮やぼな気がして、曖昧な笑いにまぎれさせておいた。

 ユリカが全部終わった気分を味わっていると、ドアの外から視線を感じる。


 室内の状況を察した北戸が、会話が一段落するまで待ってくれたのかな、とそちらに目を向けると、黒の上に黒を重ね塗りした暗さをまとう、人の形をした塊がいた。

 顔や目があるのかわからないが、こちらを凝視ぎょうししているのはわかってしまう。


 そこにいるのは、ミク――だったもの。


 何も終わっていなかった事実に頭の芯が冷えるのを感じながら、ユリカはいつものように見て見ぬふりで目をらす。

 異常な外見をつくろおうとしていない相手は、予測不能な行動をしてくるから要注意――クロがかつて語っていた言葉が、記憶の底からよみがえる。


 つくりものじゃない怪談は、どこまでも厄介でまわしい。


 大体、化けて出るなら普通こっちじゃなくて、鹿野のところだろうに。

 もう笑うしかない気分のユリカだったが、室内の鏡に映っている自分の顔は、道に迷った子供のように半泣きだった。

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イチから始める『呪いのビデオ』のつくりかた 長篠金泥 @alan-smithee

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