第41話 黒塗りだらけの解答

 沈黙を破るきっかけが見つからず、いっそテンション高めの曲でも歌って空気を変えるべきかな、とユリカが検討し始めたところで、ガラスドアの向こうに見覚えのある顔が見えた。

 様子を窺っている北戸きたとに小さく手を振ると、会釈えしゃくしながら部屋に入ってくる。


「やぁ、悪い悪い。急に連絡が入ってさぁ」


 北戸は前に会った時と同じ、大きなカバンをソファに置きながら言う。

 仕事が増えて金銭的な余裕が出来たからか、或いは仕事相手と顔を合わせる機会が増えたからか、髪型や服装が小ざっぱりとしている。

 それぞれの近況をザックリと報告し合い、注文した三人分の飲み物が届けられた後、ドラが小さく咳払いをして告げた。


「じゃあ、そろそろ始めますか」

「だね。まぁ、こっちで入手した情報をね、ある程度まとめてきたんで、とりあえずはそれから……あ、録音もいいかな?」

「ええ、どうぞ」


 ユリカの返事を聞いた北戸は、小型のレコーダーをノートパソコンに接続した。

 鹿野かのの仕事への批判本のようなものを準備している、と北戸が前に言っていた記憶があるので、こちらの話をそれに使うつもりなのだろう。

 あまりいい気分はしないユリカだが、一方的に情報を得ようとするのもムシがよすぎるだろうから、ある程度は仕方ないと諦めている。

 ドラも同じような判断をしているのか、異論はないといった感じの表情だ。


「まず、工場の地下で見つかった死体、なんだけど」


 北戸の言葉を耳にした瞬間、ユリカの神経はざわめいて全身が粟立つ。

 あの場で起きたこと、目にしたこと、経験したこと。

 それらは見えない針となって、心身に打ち込まれているらしい。

 顔をしかめているユリカに、ドラは心配そうな、北戸は不思議そうな視線をそれぞれ向けてきた。

 ユリカは短く強く息を吐くと、平静をよそおって北戸の話を受ける。


「えぇと、確か全部で五人分あった……とか何とか」

「そう、それそれ。キミらが見つけた二体の他に、床下から石灰塗せっかいまみれで見つかったのが三体。で、女装してた男の他は全部若い女性の白骨死体、ってとこまでが報道された内容」


 そこで話を切ってクリームソーダを飲む北戸に、ドラがうながす感じで言う。


「その先も、北戸さんは掴んでるんですか」

「あぁ、一応。信憑性しんぴょうせいはまぁ、七割弱くらいで聞いて欲しいんだけど」

「微妙な数字ですね」

「ソースが友達の友達、なんだわ。まぁそいつが地元の新聞社で記者やってて、学校時代の後輩だった警官から仕入れたって情報」


 とはいえ、身元がわかっている人間が発信源ならある程度は信用できそうだ、と思いつつユリカは北戸の話に耳をかたむける。


「身元が不明ってのは相変わらずなんだが、問題は女性の死体の年齢。それがどれも、最大限高めに見積もっても十代前半らしくて。これは連続少女誘拐殺人か、と関係者は慌てたらしいんだが、死体を調べてみるとどうにも様子がおかしい」

「実は工場は墓地だった土地に建っていた、とか?」


 ドラの言葉に、北戸はゆっくり首を左右に振った。


「いや、全員の死亡推定年代はおおむねね二十年以内なんだ。なのに、該当する行方不明者が存在しないから、現場が混乱しているらしい」

「あり得るんですか、それって。子供がいなくなっても親が捜索願を出さない、みたいな状況があったとしても、近所の人とか学校関係とかは黙ってないんじゃ……」


 ユリカが疑問を呈すると、北戸は小さくうなって腕組みをする。


「まさにそこ。その不可解さが多分、この事件の鍵だと思うんだけど、現状だと情報の正確性もアレだし、どこまで行っても仮説にしかならない。大体、子供だけじゃなくって、女装男の身元もわからないんだから、まぁお手上げだわな」

「ネットだと、その男が犯人の大量殺人事件、って説が有力みたいですが」


 ドラの言葉に眉根を寄せた北戸は、パソコンの画面に視線を落としながら応じる。


「まぁ、わかりやすいからね。そういうオチがつくと」

「事件を語るのに、わかりやすさ関係あるのかな……」

「そりゃあるって。むしろ、どうして関係ないと思えるの」


 半ば独り言のようなユリカの発言に、北戸は細い目をもっと細めて反論し、不自然な緑色のソーダを口にした後で話を続ける。


「大量殺人だの猟奇殺人だのが起きると、マスコミが犯人の過去や趣味を根掘り葉掘りして、是が非でも異常性を見つけようとするじゃない。アレはさ、その方がニュースとしてインパクト強いってのもあるんだけど、それ以上に視聴者のニーズに応じてるって意味合いが強いんだわ」

「常識をはずれた犯罪は、社会のそとにいる怪物が起こす……みたいな?」


 ドラが言うと、北戸は「そうそう、それそれ」と何度も頷く。


「ぶっちゃけまぁ、そういうこと。得体の知れないものへの恐怖に説明を用意しつつ、いつ誰がどこで起こしても不思議じゃない出来事ではなく、特別な理由や条件があって発生したイレギュラーな事態であり、自分とは関係ない世界の話だと安心したいんだ」

「そんなの、小学生の『バリア』宣言ばりに意味なくないですか」


 呆れ気味なユリカの感想に、北戸は力のない笑いを浮かべる。


「そう言われると、そうなんだけど……不安を直視し続けるのもしんどいから、精神安定のための誤魔化しもまぁ、必要になってくる。非日常な事件は遠い場所でしか起こらず、死ぬのはいつも他人ばかり、って自分をだましといた方が、何かと気楽だろ」


 わからなくもないけど、それでいいのか――

 異議申し立てをしたくなるユリカだが、北戸に言っても仕方がないと気付いて、不味まずいコーヒーで苦々しさを飲み込んだ。


「じゃあそろそろ……当事者からちょくで話を聞かせてもらおうか」


 北戸の求めに応じて、あの日に工場で起きた出来事について、ユリカとドラは詳細に語った。

 質問に応じて記憶を掘り起こすと、現場に居合わせたのに断片的にしか状況を把握できていない、と気付いてユリカは少なからず戸惑とまどう。

 二人の説明が一段落した後、再び北戸からの報告になったのだが――


 TVの行方不明者捜索番組に登場したのに、その後の続報が全くない少女。

 犯罪行為を繰り返していながら、何故か警察沙汰にならない不良集団。

 あの工場には書類上の所有者とは別の権利者がいて、それは旧華族や大企業の創業者一族と関係ある人物、との話。


 そういった事件に関係ありそうな情報には辿り着いたものの、少女は家族までが行方不明になっていて、現地ではワケありの夜逃げとしてタブー扱いに。

 不良集団についてはロクな証言が得られず、聞き込みを続けている内にわざとらしい監視がついたので、身の危険を察して調査を断念。

 工場の権利者に関してはも噂や憶測おくそくの域を出ない情報しか集まらず、僅かに匂わせる記事を発表してみたら、その翌日には告訴をチラつかせた連絡が。



「――と、まぁ明らかに隠蔽いんぺいされてるニオイが強烈なんだわ」


 一通りの説明を終え、徒労感を噛み締めるように北戸は長い溜息を吐く。

 ユリカとしても、核心に迫る前に遮断しゃだんされている印象が否めない。

 腕組みしながら聞いていたドラが、人相を悪くしながら訊く。


「闇が深い、って感じですか」

「まぁ、何だかんだ底は浅そうなんだけど……これ以上首を突っ込むと、頭をもがれそうな予感もあって、ちょっと」


 冗談めかして言いながら北戸は首筋をで、ドラからフッと目を逸らす。

 出版社に所属する記者でも、有名ジャーナリストでもない、何の後ろ盾もないライターには荷が重い――そんな忸怩じくじたる思いがユリカにも読み取れた。

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