第12話 月光

 それは、カイとガリーが剣の都ギルツにたどり着いた日の夜の話。


 月光に照らされているのは、上半身を失い、心臓も両断された嵌合獣キマイラの蛇身。

 完全に生命活動を停止し、体組織は急速に崩壊していくものの、いまだ熱を発し続けている。生体活動により維持されていた論理恒常性ホメオスタシスが崩れ、統合を失った体内の呪詛がその体を貪っているためだ。


 人類未制圧域ダンジョンのより深くであれば、その身も呪いも、同じような魔物が喰らうのであろうが、ここはまだ森の中腹。この近辺に棲む魔物たちは、呪いの密度で圧倒的に敵わないこの嵌合獣のむくろに近づけないでいた。


 いまだ指向性を持たず、わだかまっているだけの呪詛だが、しばらくすれば周囲に飛散し、この域にはありえない魔獣を数体は生み出すことになるだろう。




 ふと、蛇身を照らす光に、一点の影が差した。その陰の正体はみるみる近づき、そして……蛇身を穿った。


 一瞬の轟音とともに、爆風が一帯に広まる。


 土煙が晴れると、そこに元あった心臓あたりは消し飛び、陥没した大地とそれに突き刺さる一本の剣があった。

 刀身の半ばまで埋没したその剣は、今しがた嵌合獣を爆撃した直後であるというのに、内に秘められた魔力を稲妻に変え、わずかに放電している。


「なんだ。この魔物、すでに切られたあとだったか」


 「タンッ」と軽やかな音とともに、剣の柄頭の上に一人の男が現れた。白と緑を基調とした隊服を身にまとった男だ。その隊服の上に羽織られたマントには、剣都ギルツの紋章が刺繍されている。

 一度周囲を睥睨する男。ある程度の安全を確認すると、自分の作ったクレーターへと降り立ち、愛剣を引き抜く。

 スッと、自分が剣を投擲した都市のほうへ視線を向ける。


「……先に済まそう」


 およそ上半分が失われた蛇身に対峙し、剣を構える。純白の刀身は男の魔力供給を受け、その身を紫電の色に染めていく。


 ところで、呪いを消滅させるにはいくつかの方法がある。一つは正攻法。呪いの『世界に上書きする力』を使い、その呪いの目的を果たさせることで、正しく消費していくもの。

 そしてもう一つ。望まれない呪いや、そもそも一貫した方向性を失った呪詛は、その力を維持できないほどに霧散させるのが定石である。


 男がとった方法は後者。

 裂帛の気合とともに振り下ろされた剣閃からはしる魔力は、迸る雷撃に変換され、嵌合獣の蛇の半身をほとんど消し飛ばした。

 雷撃が直撃した大地はえぐれ、草原を囲っていた木々の一角は、跡形もなく焼失した。


「こんなものか」


 男は眉ひとつ動かさず、自分の一閃をそう断じた。しかしその威力は、実際に嵌合獣に対峙した『火鼠』のそれをはるかに凌ぐほどだった。

 

「……!」


 咄嗟に上を見上げる男。思わず汗が流れる。この汗は剣都一の実力といわれる彼の、その全力をたった今振るったためか、それとも、この上空より飛来する気配のためか。


「……あ~に~う~えッ?」


 大きな放物線を描いて飛来した存在が頭上を越え、ズボッっと暗い森の中へ突入した。耳を澄まさなくても、木々をへし折りながら減速し、地面に衝突する音が聞こえる。


「いったぁ!」

「……痛いのか?」

「い、いたくない!ギルツの近衛このえはケガなどしないからな!」

「そうか」


 森の奥から聞こえる少女の声に安堵した男は、飛来した彼女の死角で起動させていた治癒術式を霧散させる。少女がこういうことをされると嫌がる性格であることを、男は知っていたから。


「さぁ、兄上。われの任務はなんだ?」


 闇の中から、柔らかい金髪の少女が現れた。隊服の腰ほどまでの髪は緩いパーマがかかっている。母親譲りのいい髪質だと、男はいつも思う。


「すまんな。今、終わったところだ」

「ぬう、兄上と行くといつもそうだ。いつだって仕事を先に終わらせてしまわれる」


 ……それは男にも自覚のあるものだったが、黙殺して少女の頭をなでる。


「ん~、じゃなくて!……兄上は、いっつも我をこども扱いしすぎだ!」

「そうか。……ところで任務にはないが、一応この辺りを調べてから帰ろうと思う。ついてくるか?」

「もちろんじゃ!」


 ついてくる少女の気配を感じながら、男は思案する。

 今回出現した魔物は嵌合獣キマイラだと聞いていた。しかし、自分が剣を投擲した時には、こと切れた蛇の半身しかなかった。

 いったいなぜ。


「わかってるとは思うが、今回は特に細かく調べてくれ。」

「まかせろ兄さま!」



 探索を始める二人を照らす月光はそのままに、夜の闇は深くなっていく。

 結果一晩が経っても、男の慎重な調査もむなしく、嵌合獣の残りの残骸が見つかることはなかった。





MEMO

兄さま

 癖のないサラサラの髪は、女性に羨ましがられることも多い。


少女

 静電気が苦手。

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銀槌と灰色の剣 ~最強の呪刀使いは、獣に還る夢を見る~ ササキノ @kino_chan

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