満月にひとり

アキノナツ

満月にひとり


夕暮れ時、山道をひとりとぼとぼ登っていく。歩みを止める事なく、躊躇なく横道へ逸れて行く。

なんの躊躇いもなくズンズンと進む歩み、更に獣道へ。


山の日の入りは早い。


急激に暗闇みに支配される山。木々がより一層闇を深くするが、歩む男の歩調は緩む事なく前へ。

枝の折れる音と草木が掻き分けられる音が静かに木々の中を広がる。


ガサァッ


視界が広がる。


空はすっかり夜が支配していた。


月明かり。


満月が近い。


今日はもっともこの星に近づく日。

大きな丸い月。

白く蒼く輝く…。


大して荷物の入っていないリュックを下ろす。大きく口を開いて、徐に脱いだ服を入れていく。


眼下に広がる黒い山肌がどこまでも続いている。光は月光のみ。


全てを脱ぎ去り、口を閉じたリュックを掴み背負うとしゃがみこんだ。

クラウチングスタートのようにケツを上げるとブルっと震える。


全身が銀の毛に覆われる。変化は穏やかに、急速に、起きて、行動は早かった。

後ろ足に体重が乗ったと見るやトンっと跳んだ。


月光に輝く毛流れ。

太い尾がさわりと揺れる。


駆ける。


空を。宙を。

木々の上を。間を。障害物など無いが如く駆ける。


岩肌が剥き出しの一角に到着すると器用にリュックを下ろし、頂きに鎮座する。


アゥウウウウウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥ……


長く細く力強く…風に乗って、どこまでも響き渡って征く。

伝われ、届け…。

今宵はいい満月ぞ。


仲間が消えて幾月日、儀式のように我はここで哭く。届け。我はここぞ。誰れぞ…。我は…。


………


遠くに微かに……


風がそよと耳に届ける微かな望み…


血が躍る。


息を詰め、スクッと立ち上がり、耳を立て僅かな音を探る……。

掴め、縋れ、我はここぞ…其方は…。


風が木々を揺らし木の葉が擦れ合い密やかな音が一帯を支配する。


ジャリッ…


獣の脚で器用にリュックを背負って、大きな月の夜空に跳んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

満月にひとり アキノナツ @akinonatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ