災い転じて……
那智 風太郎
Invader
人類に魔の手が忍び寄っていた。
生命を育む惑星を求め、宇宙の彼方から巨大な宇宙船でやってきたその者たちはしし座流星群を隠れ蓑に今まさに地球へと接近し、侵略の時をカウントダウンをしていた。
「いい星だな。気圧、気温ともに適正。ふんだんな水と清潔な空気、そして豊かな大地がある。また低レベルだがそれなりに文明を発達させている知的生命体がいるようだ。無人偵察機による事前調査によれば体格や体液組成などが我々と酷似しているし、これならば征服した後のインフラ整備はある程度なら既存のものを使えるだろう。おあつらえ向きだ」
総司令官は含み笑いの後、部下に指示を出した。
「まずはあの人間とかいう下等生物を一匹捕らえてくるのだ。生態を調べた上で奴隷として使えるかを判断する。無益ならば食用にしてやろう、フハハ……」
数時間後、一人の人間が総司令官の前に引き連れられた。
「ほう、これが人間か。まじかで見るといよいよ間抜けなツラをしておるな。貴様、名があるなら名乗ってみよ」
「ウッ、ウッ、ウガァァ……」
「ふん、言葉も喋れぬか。下等にも程があるな」
総司令官は超合金の縄で縛られたその青黒い皮膚の人間を蔑み、それから顔をしかめて鼻を摘んだ。
「それにしてもこの人間とやら酷い臭いがするな。これでは食用にも向かんだろう」
「ウガッ、ウギィ……」
人間が拘束から逃れようと身悶えるたびに膿のような体液がそこらじゅうに飛び散る。その様子に司令官は微かに怖気を覚えて部下に指示を出した。
「ええい、もう良い。早くラボに連れて行け。そして直ちに塩基配列を解析して駆除薬を作れ。侵略開始予定は五日後だ。それまでに薬剤を散布して人間とやらをこの星から全て駆逐しろ。ただし他の動植物生態系には一切影響を与えぬように、以上」
**********
五日後。
「閣下、もうダメでございます」
床に転がった参謀長官が息も絶え絶えに声を漏らした。
「な、なぜだ。どうしてこうなった」
総司令官は愕然とした表情でその部下を見遣る。
「お、おそらくはあの人間という生物が持っていた病原菌のせいでございましょう。まずはラボの研究員が奴に咬まれ、数時間後にはアレと同じように凶暴化して他の数人に咬みついたとのことでした。その者たちがさらに同様の症状となり瞬く間に被害者が増え、あとは鼠算式に宇宙船全体に拡散し……ごらんの通り。すでにこの部屋にいる我ら以外に正気を保っているものは皆無です。そして私も先ほど咬まれましたゆえ……」
顔を上げて見渡すとガラス張りの司令官室の外には皮膚を青黒く変色させた同胞たちが奇妙で凶暴なうめき声を上げながら群がっている。
「くそ、ここまできてなんたることだ。助かる方法はないのか」
歯噛みした総司令官に参謀長官は虫の息で答えた。
「残念ながら……。しかし幸いながら AI ラボの製薬プログラミングは実行されており、すでに駆除薬は完成している模様。ボタンを押せば船内とこの忌々しい星全域に散布されるようになっております。これから私が出ていきますので、その後どうかご決断を」
総司令官がため息まじりに呟く。
「……船内はもう良い」
「しかし閣下だけでも」
「実は私もさっきな……」
そう言って彼は右腕の袖を捲って見せた。
そこには生々しい咬み傷。
参謀長官が目を伏せ、嗚咽を漏らす。
「しかし我らの威信に懸けてこのままでは済まさぬぞ。この命と引き換えに人間とやらを全て滅ぼしてやる」
鬼の形相でギリギリと奥歯を噛み締めた総司令官の指先が、赤い光が灯るボタンを押した。
**********
「……こ、これはいったいどうしたことだ。地上を埋め尽くしていたゾンビが一夜にして死に絶えたぞ」
「おお、これこそ神の御心なり。我ら人類を滅亡の淵からお救いくださったのだ」
生き残ったわずかな人間たちは大地に跪き、そして空へ向けて拝礼した。
災い転じて…… 那智 風太郎 @edage1999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます