総論

 日本全国、どこにいようと地震に襲われる可能性がある。


 それを忘れぬよう、心掛けて生きねばならない。


 そして、技術も確実に進歩している。


 契機となったのは『阪神大震災』だ。


 あれから耐震構造に磨きがかかり、あれの前と後では雲泥の差が出ている。


 何より、意識改革という点でも見逃せない。


 戦後教育、特に“特定の思想”が幅を利かせる学校教育において、自衛隊は常日頃から悪玉にされてきた。


 それがガラッと変わったのが、『阪神大震災』以降だ。


 自衛隊の救護活動が脚光を浴び、各自治体も積極的に活用するようになった。


 特に関西圏では防災訓練の際も、“自衛隊お断り”な自治体も珍しくなかったが、それが改まったのも地震以降の話だ。


 『東日本大震災』においても自衛隊の活躍は目覚ましく、感謝の声は絶えない。


 一部の人々が「軍靴の音が~」と叫んでいるが、自分はいつぞ軍靴の音を聞いた事がない。


 地元基地の祭りに参加して、自衛官とは何度も話しているが、彼らの言うところの粗暴な振る舞いは見た事がない。


 その軍靴の音とはなんであるのか、彼らに本気で問い質したくなる。


 『鳥取中部地震』でのアラームの珍事もご愛嬌だ。


 なにしろ、かつてはなかった技術であり、そうした“あれば便利な道具”の数々が送り出されてきている証拠でもある。


 自分の経験した3つの地震、人々の意識と技術は変わってきている。


 変わっていない、変われない連中が悪目立ちする時代がやって来たとも言える。


 成長を怠れば衰退に転じるんは世の倣いだ。


 なればこそ、肝に銘じておかねばならない。


 危機一髪な状況の事を忘れるな、と。


 今ある技術の中で、かつてあれば助かったものがも多い。


 今の耐震構造が『阪神大震災』の前にあれば、どれほど多くの人が助かった事だろうか。


 津波の脅威を知り、津波速報や意識改革が成されていれば、『東日本大震災』における被害もまた、変わっていた事だろう。


 それらの経験があればこそ、『鳥取中部地震』も初動が早かったのだ。


 落ちた梨も、美味しくいただかせていただきました。


 あるんですよ、そうした際の“災害企画”という、傷物の農作物であろうとも出荷できるやり方がね。


 危機的状況を乗り越え、心も、体も、技術も向上させていこう。


 日本には数多の大自然の驚異がある。


 地震を始め、水害、台風、大雪、度が過ぎれば大事になるものばかりだ。


 同時に立ち向かう心構えと、技術と、結束がある。


 日本もまだまだ捨てたものじゃないですよ。


 幾度となく甚大な被害をもたらす災害を受けながら、何度も何度も立ち上がって来たのですから。


 誰かが倒れたら、それを引っ張り起こす人がいてくれるのですから。


 あなたもまた、手の届く範囲でいいから、隣の人が倒れたら、引っ張り起こしてあげましょう。


 そして、いつかは、危機一髪な状況を生み出さなくれ済むような社会を作ろう。


 日々の精進、そして、互助の精神、努々忘れなきように。

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3つの地震の記憶 夢神 蒼茫 @neginegigunsou

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