信じてもらうために ~秘密の場所へ~

「商会長さん、あの――」


「ジェンマでいい。何か秘密でも打ち明けてくれるのかい? 特に下で見た塩と砂糖、それから胡椒についてだ。容器についても気になっている」

「容器、ですか?」


「ああ、あそこまで透き通った綺麗なガラスは見たことがない。中身の質も極上と言っていい。あんなものをどこで手に入れたんだい?」

「スキルで手に入れました」


「スキル? じゃあ、何かい? お前はあれらをいくらでも取り出せるのかい?」

「そういうわけではありません。あれは神様たちがくれたものです」


「……神様、ねえ」


 神様と言ってからのジェンマさんの様子がおかしい。

 どこか悲し気で、神様を信じていないようだ。


名無しの住人:……仕方ないよね。孤児の時に弟を亡くしたんだもの。神様を恨んでるかもしれない。

名無しの住人:あれも外伝の回想シーンだったね。あれは私も泣いた。

名無しの住人:姉のジェンマに介抱されてたけど、結局病死したんだよね……。


『でも、ジェンマ会長は当時のアルドーレ商会長にその直後に拾われて、弟のガンマを弔ってもらえたんだよね』

『そこは神様の導きなのかも。そういえば、サブイベントで【形見の十字架】ってのがあったね。主人公がお墓から手に入れる隠しアイテムなんだけど、それがただ景色がいいだけの隠しダンジョンの鍵なんだよね。あれはジェンマ会長の弟さんのものだったなのかも……』


 神様たちの話を聞いて思ったのは、弟さんはその秘密の景色をジェンマさんに見せたかったんじゃないだろうか?

 なら、ジェンマさんをそこへ連れて行って神様の存在を信じてもらおう。


「ミルティ様、メルティ様。教えてください、そのダンジョンの場所を」


『場所はここから東にあるお化け大木よ。大木の下にある岩に十字架をはめる場所があるわ』

『本来はデートイベントに使う場所なんだけど、裏側を知ってしまうとあのイベントスチルたちも色褪せちゃうわね……』


「アンタ、急にどうしたんだい?」

「ジェンマさん。弟さんが見せたかった場所に、貴女を連れていきたいと思います」


「どうして、アタイの弟のことを……」

「神様たちが教えてくれました。お墓に形見を置いてるんですよね? ガンマさんが最後に残したものを見たくないですか?」


「……わかった。でも、弟の名前を持ち出したんだ。嘘だったら、ただじゃ済まさないよ」


 それからのジェンマさんの行動は早かった。

 僕とソフィア死亡偽装の指示を出し、荷物はカーラさんに任せて、少数の護衛だけを連れて、僕らは身軽にガンマさんの墓のある場所に向かった。




 やや小高い丘の上にお墓はあった。周囲には色とりどりの花たちが咲いている。

 これらはガンマさんが少しでも安らかに眠れるようにと、ジェンマさんが花の種をこの周辺一帯にばらまいたそうだ。


 ガンマさんのお墓には簡素な木製の十字架が供えられていた。

 僕たちは軽く黙とうをして、ジェンマさんは「借りていくよ、ガンマ」と言って十字架を手に取った。

 ジェンマさんは少しだけ手のひらの十字架を見つめて、何かを思い出すように遠くを見ていた。


 きっと僕たちにはわからない、ガンマさんとの思い出に浸っているんだろう。

 少ししてジェンマさんは「行くよ」とだけ言って歩き始める。

 僕たちはその後ろを小走りに追いかけた。




 お化け大木のもとにやってきた。

 ここまでの道中は商会の護衛に囲まれながら、馬車で強行軍だ。

 何度も馬を休ませて、馬が休んでいる間に僕たちは仮眠を取り続けた。

 ジェンマさんは馬車の中では必要な時以外はずっと黙って、手のひらの中の十字架をなでていた。


 さて、大木の下の岩に十字架をはめる場所があるんだよね?

 僕たちはさっそく鍵穴となる場所を探し始める。

 岩が苔むしているから苦労したけど、なんとか十字架をはめる場所らしき窪みを発見することができた。


「ジェンマさん、ここに十字架をはめてみてください」

「……わかった」


 ジェンマさんが十字架を窪みにはめると、ズズズっと大きく穴が開き、岩の下へと続く下り階段が現れた。

 大人が三人は通れるほどの大きさの穴で、穴からは湿った空気が流れてくる。

 ジェンマさんの護衛がランタンを手に取り、穴の中を照らして降りていく。


 僕たちも後に続こうとするが、ジェンマさんが動かない。

 ジェンマさんに視線を向けると、この光景に驚いていたようだ。

 そして、彼女は意を決したように足を進める。


 階段を下りてたどり着いた場所は、大きな光る水晶があちこちに生えている空気の澄んだ地底湖だった。

 水晶が光っているため、地底湖のあるこの場所は薄明るい。

 ミルティ様たちがこの場所を説明してくれるので、それをジェンマさんに伝える。


「この場所は神様たちにとっても神聖な場所らしく、【黄泉へと続く地底湖】と呼ぶそうです。亡くなった魂が稀にここを訪れるため、その名がついたみたいです」


「そう、亡くなった魂が……」

「ジェンマさん……」


「何も言うな。ガンマがアタイに見せたかった景色はとても綺麗だ。さすがアタイの弟だよ。金になりそうな水晶があるのに、この場を荒らす気には全くならないね」


 僕たちは湖の手前まで来た。後ろからではジェンマさんの表情は見えない。

 静かに湖面を見つめて、僕は黙とうを捧げた。ソフィアも両手を組んで祈る仕草をみせている。


 ジェンマさんが振り向いて、もう帰ろうと言おうとしたとき、突然水晶が共鳴するように甲高く音が鳴り始めた。

 すぐに音は止んだが、今度は湖面が光り始める。


 護衛たちが慌てているが、ジェンマさんは湖面の上に集まり始める光を見つめて、その光が少年の形をとった姿に彼女は驚いていた。

 ジェンマさんの口から「ガンマ……」と、小さく呟く声が聞こえた。

 彼がジェンマさんの弟さんなのかと、呆然と僕らは見上げていた。


『ねえちゃん、元気にしてた?』


「ああ……」

『ぼくが見つけたここは綺麗でしょ? 依頼の最中に偶然ここを見つけたんだ』


「……お前は、いつも、いつもいつも無茶なことばかりしていたな」

『ぼくだってねえちゃんの助けになりたかったんだ。最後は迷惑しかかけてなかったけど……』


「迷惑なわけあるか! たった一人の弟だぞ! お前を重荷に思ったことなんて一度もない!」

『そっか、よかった。それが聞けて、ぼくはもう、満足だよ……』


 ガンマさんが満足そうに笑ったら、彼の足元から光が散り始めて、姿が薄くなっていく。まるで、思い残すことがなくなったかのように。

 消え行くガンマさんのもとに湖に入ろうとするジェンマさんを護衛たちが止める。


「止めるな! ガンマ、ガンマああああ!」


『ねえちゃん、ぼくたちが再会できたのは神様のおかげみたいだよ? だから、彼らに協力してあげてね』

「ガンマ、ガンマ……」


『もう、ねえちゃんは泣き虫だなあ。しょうがない、これをあげるよ』


 ガンマさんが手を振ると、近くでパキンと水晶が割れる音が鳴り、ジェンマさんの手元に降りてくる。

 その水晶は優しく温かい光を放ち、まるでジェンマさんを守護するかのように点滅を繰り返している。


『ぼくの代わりにそれがねえちゃんを守ってくれるよ。加工してアクセサリーにでもしてよ。僕だと思ってそれを大事にしてね?』


「ガンマ……。わかった、大事にする。ずっと、ずっと大事にする!」

『いつか、ねえちゃんに子どもが出来たらさ。またここに来て、子どもを見せに来てよ。返事は出来ないけど、ちゃんと見守っているからさ』


「うん、うん……」

『大丈夫かなあ? ねえちゃんはおっちょこちょいだからなあ。小さな御使い様に異界の神様たち、しばらくはねえちゃんのことを気にかけてあげてくれるかい?』


「僕のこと?」

『うん。お願い、ちょっとねえちゃんが心配だからね』


「わかった」

『それじゃあ、ねえちゃん。バイバイ!』


 彼は朗らかに笑って、手を振って消えていく。

 また水晶が共鳴するように、高い音がなった。

 音が消えて、湖面に集まった光が散ったころにはガンマさんはいなくなった。


 ジェンマさんのすすり泣く声だけがやけに響いて聞こえた。

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