安全確保 ~偽装・変装喜んで~

 僕は緊張を表に出さないように必死に表情を引き締めようとしていた。

 だが、その程度のことは熟練の商人の前では無意味だったようだ。


「なんて顔をしてんだい。別にアンタたちを食い物にしようなんて考えちゃいないよ。その危なっかしいお前たちをどうにか保護しようと方向で考えているよ」


「……そうなんですか?」

「まだ警戒しているようだね。私は元孤児だ。私を拾ってくれて、育ててくれたこの商会に報いるため、アンタたちみたいな訳アリは積極的に保護しているのさ」


名無しの住人:そうそう、アルドーレ商会の会長は元孤児で悪さをしていたところを、当時のアルドーレ商会の会長が更生させたのよ。

名無しの住人:あの外伝はいい話だったわね。そのときの会長を貴族に殺されたから、ゲームで出てきたときには貴族の横暴を許さないっていう一面もあるのよね。

名無しの住人:とりあえず、よくわからんが自己紹介したらどうだ?


 流れるコメントを横目にチラリと見ながら、僕は彼女に自己紹介することにした。


「わかりました。自己紹介が遅れました、僕はリノ・フォン・フェリーチェと申します。こっちは妹のソフィア・フォン・フェリーチェです」


「ほお? フェリーチェ侯爵家の子どもか。だが、あそこには男児がいたとは聞いたことがないね」

「それは――」


「お兄様は隠された子どもですから。知らないのも仕方のないことですわ」

「ソフィア!?」


 突然僕より前に出て、毅然とした態度で僕のことを会長に話し始めたソフィア。

 生まれながらのスキルのことがわからず、使用人以下の下男としての扱いを受けていた嫡男。

 使えないとばかりに、変態子爵のもとに慰み者として送られるところを逃げてきたことも話した。


 そして、ソフィアは商売で成功しているゴドリー伯爵家に嫁がされるところだったらしい。

 ゴドリー伯爵家は儲けのためならどんなこともするという噂のある商会の後ろ盾になっているそうだ。きっとソフィアは金遣いの荒い義母のせいで、父親に売られたのだろう。


「私のことはいいのです、お願いします。お兄様だけでも、アルドーレ商会で保護していただけませんか?」


「そうだねえ。たしかに妹のお前を抱え込むのは危険だ。保護した後に存在が侯爵家に気付かれて、誘拐だとかなんだと騒がれるとこちらが困る。お前は邪魔だ。野盗にでも殺されたことにする」

「……殺されたことに、する?」


 その言い回しを疑問に思って口にすると、商会長は口角をあげてニヤリと笑った。

 彼女から聞かされた話では、この辺り一帯は夜になるととても治安が悪いそうだ。

 そこに逃げ出した子ども二人は野盗に襲われ、遺体は無残な姿だったためその場で焼却して埋めたことにして、遺髪だけを切り取り届けに来たと侯爵家に行くみたい。


「何か侯爵家の者だと一目でわかる目印のような物は持っていないかい?」


「……それならこちらを」

「紋章入りの短剣か。それと、髪も切らせてもらうが割り切ってもらえるね?」


「それで、お兄様と一緒にいられるのであれば、髪などいくらでもどうぞ」

「気前のいいお嬢ちゃんだ。カーラ、下の奴らにちょっと仕事を頼んでくれ」


「かしこまりました、ジェンマ会長」


 彼女に頼まれた優しそうな秘書さんはカーラさんって言うのか、面倒見のいい商会長はジェンマさんと、名前をちゃんと憶えないとな。

 とにかく、これで身の安全は保障されたかな?


「何を安心しているんだい? お前の存在も隠さないといけないんだよ? そっちも方法を考えないと、お前は妹を連れ出して殺したという大罪を背負って生きることになる。髪色を変えたりしたいが、今は染色剤を持ち合わせていないんだ……」


 ジェンマさんの顔が曇る。どうやって、変装しようかな?

 僕は悩みながらコメントの神様たちに目を向ける。


名無しの住人:変装なら髪色を染めればいいんじゃないかな?

名無しの住人:それと、安定の伊達メガネだな!

名無しの住人:ショップサイトを見たら、ちょうど更新されたみたいよ!

名無しの住人:レベルが上がったのか? なんか都合よく変装セットが置いてあるのウケる。

名無しの住人:とりあえず、送れるものは送ったわ! もうちょっと品ぞろえがいいといいんだけどねえ、伊達メガネがダサいよ……。

名無しの住人:そこは……うん、割り切らないとね。


 僕は受け取りボックスに入っているアイテムリストを見て、これなら大丈夫そうだと息を吐く。

 でも、ジェンマさんになんて言えばいいのかな? どこまで話していいか迷う。この人を信じていいとは思うんだけど、話した内容まで信じてくれるかはわからない。僕のことを見る目が変わるのは困る。

 神様たちは自分のお金(?)を使って、僕に必要なものを送ってくれる。それに頼りきりになったり、神様たちを利用されたりするのはよくないと思う。


 どうしよう……。


名無しの住人:なんで困った顔してるんだ? さっきまで安心してたのに。

名無しの住人:ジェンマ会長にどこまで話すかで迷ってるんじゃない? 変装の用意は出来たけど、それはどうしたんだって聞かれたら困るもの。

名無しの住人:あー、それはそうか……。


 コメントの神様たちもどうすればいいか困ってるみたいだ。

 僕がジェンマ会長にどう伝えればいいか悩んでいると、女神様たちが声をかけてくれた。


『大丈夫よ、リノくん。その人は信じていいと思う。ありのままに話してみて』

『リノくんならどこに行ってもやっていけるわ。ううん、私が養ってあげる!』


『ちょっと、お姉ちゃん! ペットじゃないんだからね! 向こうは命のやり取りも発生する危ないところなんだから、物資だけじゃ守り切れないこともあるのを忘れないでね!』

『ご、ごめんなさい……』


 しっかり者のメルティ様に叱られているちょっぴり残念なミルティ様。

 うーん、お金は大事にして欲しいなあ。女神様がどんなお仕事しているのかはわからないけど。


 でも、女神様のお墨付きをもらえたのだ。

 ジェンマ会長を信じて、ありのままに話してみよう。

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