脱出 ~頼もしいコメントの神様たち~

――これは君の物語だ。

――君の選択で、君は不幸にも幸せにもなる。

――でも、絶対に不幸にはさせない。

――私たちがあなたを導くから。

――だから、踏み出して。


「行こう、ソフィア!」

「はい、お兄様!」


――やり返してやるんだ。ざまあしてやるのは私たちの方なんだから!


 僕たちは住んでいた敷地を出るために走り出した。

 不思議と心が軽い。自然と笑みが浮かぶ。

 僕には神様がついている。

 だから、大丈夫。なんだって出来るはずだ。




 走り続けて、なんとか街までは出て来られた。

 僕は無計画に飛び出したことに不安になりながら神様に問いかける。


「それで、女神様? これからどうしたらいいんでしょうか?」


『えっと、どうしたらいいんだろう? お姉ちゃん!』

『まずはどこか落ち着ける場所に移動しましょ、せめて風が吹かない場所に』


「わかりました」


 もう夜も遅い。

 今着ている服は見た目は目立たないけど、触れば高級品だとバレてしまう。

 このままだと、人さらいにあってしまう。この領地は治安も悪いと聞いている。

 とりあえず、宿屋らしき店舗の軒下に入る。これでひとまずは安心だ。


【実績解除:屋敷を出る。報酬としてスキル≪言語理解≫を付与します】

【実績解除:街に到着する。これより≪配信≫を開始します】


「え?」


『どうしたの、リノくん?』

「なにか、実績解除って、頭に声が届いて『≪配信≫を開始します』って……」


『本当に!? お姉ちゃん、検索!』

『任せて! ……あったよ! 【異世界で逃避行中】だって! URL張るね!』

『ナイス、お姉ちゃん! 二人を映すカメラがどこかにあるはずだよ、リノくん』


「かめら、ですか? あ、なにか球体みたいのがふよふよと浮いてます」

「お兄様、私にはなにも見えませんわ?」


「ソフィアには見えないのかな? ほら、今ソフィアの目の前にあるよ?」

「……やはり、私には何も見えません」


「そっか……」


『ソフィアちゃんのご尊顔どアップきたああああ!』

『はいはい、可愛いは正義よね。それより、コメント出来るわよ』


ミルティ:こんばんは

メルティ:本当だ!? こんばんは!!


「これがこめんと、ですか? わざわざ鑑定しなくても文字が読める。さっきの実績解除で≪言語理解≫の力が働いているのかな?」


名無しの住人:こんばんは。異世界で逃避行ってどういうこと?

名無しの住人:ネタ乙。

名無しの住人:セットすっげえ凝ってる。何かの撮影か、これ?

名無しの住人:え? なにこれ!? リノくんじゃん!

名無しの住人:知っているのか、名無し!?

名無しの住人:この子は乙女ゲーム『私と星の物語』のキャラなのよ!

名無しの住人:すごい! 再現度たっか! ここまで似た子役をよく見つけたわね!


 突然スキルウィンドウが開き、勢いよく文字が流れていく。

 こ、これは何なんだろう?


「ミルティ様、メルティ様。こ、これはどういうことなんでしょう」


『これはあなたたちの行動を見ている人たちが反応を返しているのよ』

「常に見られているのですか!?」


『うん、たぶん……』

「ええ!?」


名無しの住人:誰かと会話してるのか?

名無しの住人:そうみたい。

名無しの住人:すでに投げ銭できるのか。でも、なんかショッピングサイトに飛ぶんだけど?

名無しの住人:え? そこまで再現してるの!?

名無しの住人:マジか。でも、ゲームと違って品ぞろえ悪いわね?


『あ、リノくん。説明した方がいいかもしれないわ。私が言う言葉をカメラに向かって言ってくれる?』


「はい、わかりました」


 僕はメルティ様に言われるがままにカメラと呼ばれる球体に向かって話し出す。

 内容はこうだ。


・視聴者が増えることでスキル≪配信≫のレベルが上がって、ショッピングサイトの品ぞろえもよくなったりするかもしれないこと。

・レベルが上がれば、他にもできることが増えるかもしれないこと。

・追加ディスクを持つ者は僕たちと会話ができる可能性があること。

・僕たちの人生を見守ってほしいということ。


名無しの住人:あの追加ディスクにそんな機能あった?

名無しの住人:ちょっとディスクの中身確認してくる!

名無しの住人:リノくんにはこれから悲惨な運命が待っているものね……

名無しの住人:あれ? でも、なんでこんな夜中に街にいるの?

名無しの住人:視聴者が増えれば、レベルが上がるのね? ちょっとオタ仲間に連絡するわ。

名無しの住人:これからどうするのか決まっているの?


 女神様たちが言うコメントは、脈絡もなく次々と話が飛んでいく。

 とにかく、今はこの神様たちにも現状の説明をしよう。


「あ、はい。今は家を妹共に飛び出して、女神様の助言を受けてこれからアルドーレ商会に入ろうと思っているのですが、肝心の商会がどこでやっているのかがわからなくて、とりあえず宿屋の軒下で風よけしているところです」


 僕がそう説明するとまたすごい勢いでコメントが上から下へと流れていく。


名無しの住人:え? 女神様って? 直接リノくんと会話してるの!?

名無しの住人:ずるいわ! でも、いいわね、そのポジション!

名無しの住人:ディスクの中身見たけど、ただゲームのインストールしかメニューがなかったわ。当たりハズレでもあるのかしら?

名無しの住人:状況はわかったわ。今の時期はわかる?


 勢いよく流れるコメントのその中でも、季節を聞いてきたコメントを呟く。

 どうやら妹のソフィアにはこのコメントは見えていないみたいだから、説明する。


「今は十の月の二十五ですわ、お兄様」

「ありがとう、ソフィア」


 僕の代わりに答えてくれた妹の頭をなでてあげる。

 嬉しそうにはにかんでくれる妹が可愛い。


名無しの住人:幼女かわわ……

名無しの住人:なでられて喜ぶソフィアちゃんの笑顔尊い。

名無しの住人:その時期ならたぶん宿屋にアルドーレ商会の商会長が宿に泊まっているはずだわ。

名無しの住人:ああ、たしか外伝の小説で侯爵夫人に無駄に呼び出されて、宿でイライラしてるっていう描写があったわね。

名無しの住人:なら、無駄じゃなかったと思わせるようにすればいいのよ!

名無しの住人:ショッピングサイトで塩と砂糖、それに胡椒も送っておいたわ。

名無しの住人:これで二人に逃げられた侯爵夫人にざまあができるわね!


 受け取りボックスを見ると、塩の小瓶と砂糖の小瓶、胡椒の小瓶が百個ずつ入っていた。

 これが今の持てる唯一の交渉の品であり、武器だ。

 コメントの神様たちのよると、宿の食堂部分で商会長が酒を飲んでいるらしいので、この宿に入るしかないようだ。




 機嫌の悪い商会長と商談をすることになるみたいだから、気合を入れないとだな。

 僕はソフィアを連れて、宿に入る。

 すぐに女将さんが泊りかと聞いてくるが待ち合わせをしていると告げて、怪訝な顔をする女将さんを無視して食堂に入らせてもらった。


 食堂ではみんな酒を飲んでいるが、奥にいるひときわ目立つ服装の女性が仲間に怒鳴っているのが見える。

 たぶん彼女が商会長と呼ばれる人だと思う。コメントの神様たちもあれがそうだと教えてくれたので、確認が出来て安心した。

 彼女のテーブルに近づくと、すぐに睨まれたが怯んではいられない。

 ここが正念場だ。今までメルティ様に鍛えられた言葉遣いで話しかける。


「失礼。アルドーレ商会の商会長だとお見受けします」


「なんだい? アタシは今機嫌が悪いんだ。くだらない話ならここにいる護衛達で痛い目にあってもらうよ」

「いえ、商談をしたいと思いまして。こんな辺鄙な場所まで来て、何も得られなかったのであれば、あなた方は損ですからね」


「ほお? 随分と自信満々に言うじゃないか。そこまで言うんだ。それなりのものじゃないと許さないよ」

「ええ。こちらを見てもらえますか?」


 懐から取り出したように見せて、三つの小瓶をひとつずつテーブルの上に置く。

 小瓶を訝し気に見ていた彼女も、最後の小瓶を見て顔つきが変わった。

 そして、落ち着き払った顔で忠告してくる。


「アンタ、ちょっと不用心じゃないかい? 商談なんて言いながら、目の前にこんな極上の胡椒を出したら、奪われて終わるだけだよ?」


「あなたはそんなことをしないと思ってますから。それに僕たちに悪さする気はないでしょう?」

「はあ、とりあえずそれをしまいな。話は部屋で聞く」


「いいのですか、会長?」

「ああ、またとない商談が転がり込んできたんだ。アタシの勘がこれを逃すなって言っているよ」


「わかりましたわ」


 後半は秘書のような人と話していたが、彼女は何か女将さんと話している。

 僕たちは商会長に連れられて、二階の一番奥の部屋に移動した。

 これから僕たちの未来がかかった商談をする。気合を入れなきゃな。

 不安そうにするソフィアの手を握り、商談の席に着くことにした。

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